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世界が終わる『恋の呪い』  作者: 薄 ノロ
3/7

違和感のある日常

本日二つ目です。

 同日 十六時


 先ほどの動悸から回復した緋色は買い物に出ていた。


(暑い、もうすぐ七月ですしね)


 緋色が住むアパートは家賃が安いだけあって立地はよくない。駅までは徒歩で三十分。近くのコンビニにいくのにも十分以上はかかる。


 ピロピロリン♪


(ん?)


 緑色のメッセージアプリが普及してからはめっきりその存在が希薄になったメールから着信音が鳴る。ポップアップを見ると『母』と書いてあった。

 ちょうど信号に捕まったのでメール画面を開く。そこには簡潔に用件だけ書いてあった。


『今年の誕生日は帰ってくるの?』

(あぁ、そういえば来週でしたっけ)


 七月一日が緋色の誕生日だ。去年は藍斗(あいと)ら友人たちが突然押しかけてきたから、たぶん今年も同じことになるだろう、そう思った緋色は簡潔に『友人たちが祝ってくれると思う』とだけ返信した。


 そのタイミングで信号が変わったので、また歩き出す。が、咄嗟に止まる。信号ギリギリで真っ赤な外車が突っ込んできたからだ。


(危ないな。またですか…………また? 最近多いですね)


 緋色は最近、妙に既視感を覚えることが増えた。さっきのだって前に体験したわけではないのだが、どこかで見た気がしてしょうがない。


(何なんでしょうね。まぁ、いいですけど)


 緋色は大した気にした風もなく、また歩き出す。なんとなく見た空は、雲の配置まで見たことがあるような気がした。



 Ⅱ



 時は戻り、六月二十四日 六時


「イィィヤァァァ!!!」

「うるさいぞグズ」


 冷房の効いたとあるマンションのリビング。据え置きにも携帯にもなるゲーム機を片手に大絶叫する少女に、寝起きと分かる少年が睨みつける。


「あ、おはよう藍斗」

「おはよう。なに発狂してんだ萌黄」


 寝起きでボサボサの髪に切れ長の藍色の目。その目はまだ眠そうに垂れている。全体的に冷たい印象のある顔立ちの少年だが、萌黄に向けられている視線には親愛の情が見える。


「だって~!!せっかく上げたレートが!!さっき!!!」

「あぁ、そういや今日は六月二十四日か」

「ホント!このループやだ!!」


 眩いばかりの金髪を振り乱して、萌黄は大きい瞳を潤ましている。おでこが広く童顔で背が低く、見た目はまんま中学生。そしてソファーの上で駄々をこねる姿は小学生そのものだ。

 その手元の画面ではイカを擬人化させた少女が踊っている。


「ねぇ藍斗!さっさとあの魔女を助けにいこうよ!!じゃないといつまで経ってもアタシのレートが上がんない!!」

「朝から叫ぶなよ鬱陶しい。前の週でアイツが気づきかけてたからな。きっと……」


 ピコーン♪


 その音にさっきまで涙目だった萌黄は、パッと表情を明るくしてソファーの背もたれから顔を出す。


「なんてきたの?」


 通知を確認する藍斗の顔が怪しく歪む。その顔に萌黄の表情は引きつる。


「うぇ、藍斗が悪い顔してる~」

「るせぇぞアホ。それより良かったな、ようやくレートが上がるぞ」

「ホントッ!?」

「あぁ、()()()()()()()()()()()()()()()

「~!! やった~~♪」


 物騒な内容に似つかわしくない飛びっきりの笑顔を振りまいて飛び跳ねる萌黄。その髪にはいつの間にか綺麗な水仙の花がついていた。


「あ、藍斗~おなか減った~」

「はぁ……わかったから風呂入ってこい」

「うん♪」



 Ⅲ



 ???


 神秘の光が天蓋のステンドグラスを通り、荘厳な神々しさに満たされた聖堂の中は重い雰囲気に満たされていた。


「……由々しき事態だ」


 普段は長椅子が置かれており、多くの信者が司祭の説法を聞いたり祭壇に祀られている美しく慈愛に満ちた女神の御神体に祈りを捧げたりする場所だが、今は長椅子が撤去されて真ん中に大きなラウンドテーブルが置かれている。

 その周囲を背もたれの長さがまちまちの精巧な作りの椅子が囲んでいる。重い空気の中、最初に声を発したのは一番長い背もたれに座っている人物だ。


「どうしたものか」「ついに五人目まで殺されるとは」「やはり新たな手を打つべきでは」「我らが神がお与えになった世界に干渉しようというのか!!」「しかし……!!」


 最初の人物の声を皮切りに思い思いに声が飛び交う。その議論の形を伴わない状況は現在おこっている問題の大きさ、深刻さを物語っている。


枢機卿(カーディナル)! 何か打つ手はないのですか!?」


 その言葉で最初に声を発した人物に視線が集まる。その者は周りが静かになるのを待ち、極めて静かに優しく語りだす。


「我らが主神テレナレク様が『円環』をおつくりになられてから千年。テレナレク様はその環の中で我らに何一つ不安のない平穏と変わらずの安寧をお与えになりました。我らは教えに従い、この世界の管理と維持を行ってきました。この世界を皆の協力と不断の努力、そして変わらぬ信仰心と我らが神の奇跡で守ってきました。それらを私は心から誇りに思っています」


 そこで枢機卿は一つ大きく瞑目して間を置く。その表情には苦渋が満ちていた。


「しかし、現在の状況は我々人の子には対処できないと神は仰せになられました」


 その言葉に、その場の者たちは深く(こうべ)を垂れた。自分たちの不甲斐なさに涙を流すものもいた。


「だからこそ、私がテレナレク様より遣わされたのです」


 その声は、まさしく天上の声だった。清廉潔白な神気を纏い、御神体の前に一人の天使が降臨していた。


「あ、貴方様は……!」

「あなた方の信仰心、いたく感動しました。その心だけで我が主は満足しております。ですから、涙を流すのはもうおやめなさい」


 天使は瑠璃色の双眸を細め、顔に慈愛を浮かべて語り掛ける。天蓋より降り注ぐ光が彼女に集中する。


「我らは祝福されております。ここから先は私にお任せください」

「おぉ……!」

「全ては果てなき理想郷のために」

「「「果てなき理想郷のために」」」


 こうして、大きな瞳に大義を宿し、煌めく金糸の髪を持つ天使グランディーネは地上に舞い降りた。

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