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世界が終わる『恋の呪い』  作者: 薄 ノロ
1/7

一週間の始まり

喜劇になるか悲劇になるかはまだわからないですが、お読みいただいた皆様に少しでもお楽しみいただければ幸いです。

それでは開演です。ごゆるりと、ゆったりご覧ください。

六月二十四日 十二時


(頭痛い……)


 安いアパートの一室。そんな部屋に見やった安いベッドの上でぼさっとした頭の青年が目を覚ました。

 窓から差し込む朝日と二日酔いの頭痛に、細い目をさらに細めて青年は起きだす。


(今日は何限からでしたっけ?)


 働かない頭の潤滑油を求めて、洗面台へよろよろと歩き出す。男性の中でも高い身長は猫背のせいで見る影もないが、無駄に長い手足はそのスタイルの良さを示している。が、それも幽鬼のようにブラブラと揺れ、その本体もゆらゆらと揺れながら歩いている様はさながらゾンビのようだ。

 時折うめきながら牛歩にも劣る歩みでようやく洗面台へたどり着いた青年。ずきずきと痛む頭を抱え、今日は自主休講ですね、なんて考えながら顔を洗う。しかし、潤滑油を得た頭は今日が日曜日であることを思い出す。


(はぁ、やっぱりお酒というものは好きになれませんね)


 誕生日を来週に控えた六月二十四日。代り映えのしない竹内緋色の一週間はこうして始まった。


 六月二十四日、十三時。

 ローテーブルの上には静かに珈琲の湯気が昇り、狭いアパートの一室にはページをめくる音だけが時折なっている。穴の開いたクッションに座った緋色は、休日にやることもなかったので、実家から持ってきたシリーズ小説を読んでいた。

 その小説は緋色のお気に入りで、何度も読み返している。灰色狼と春来る死神の恋の物語、と言えばファンタジーに聞こえるが中身は中世を舞台にした推理小説だ。そしてこの物語のホームズと言うべき少女が緋色のお気に入りの理由である。

 妖精の鱗粉を集めたような細く滑らかな金髪、その瞳は知識の泉をたたえた澄んだ碧。ゴシックロリータに身を包んだ美しくも賢い、灰色狼と呼ばれた紫煙を燻らす少女。図書館の妖精。


(ホントにこんな子に出会えたらなぁ。出会えても近づかないですけど)


 小説の中の少女に思いをはせて姿を思い描いていた時、ふとそのイメージがぶれた。


「ッ!!?」


 突如、激しい頭痛に襲われ苦悶の声を漏らす。幸い痛みはすぐに引いたが全身から冷や汗が流れて、動悸が荒くなる。しかし、体の変調よりも頭を支配するものがあった。


「ハァ、ん、はぁ。今……のは?」


 イメージがぶれた時に見えた少女。

 炉の火のような瞳に、太陽が沈むその瞬間のような黒交じりの儚い朱髪。まさに蕾のような可憐な容姿だが、その立ち姿は熟成した艶やかさを持っていた。

 たった一瞬の白昼夢だったが、その少女の像は焼き付いて離れなかった。


「なんで、そんなに……」


 ――――――その少女は胸を引き裂くような、寂しそうな顔をしていたから。

 呆然とした緋色はしばらく動くことができなかった。

 外では、嫌に規則的に笑う子供たちの声が響いていた。



 遥か彼方を見渡しても暗闇しか見えない空間。次元と次元の狭間。または生と死の間に存在する幽世かくりょと呼ばれる場所。大いなる魔女はそこにいた。

 否、そこに封じられていた。教会に捕まり、無限の時間以外なにもない場所にその魔女はいた。コンクリートのような頑丈な四角形に顔以外を拘束され、そこに拘束魔法陣が十字の端々にあるように回っている。


「ふぁ~ぁ。よく寝た」


 まるで陽だまりの中で微睡んでいたかのように目を覚ました魔女。目は大きくクリっとし、鼻が高く、緋色の目も相まってどこか作り物めいた美しさがある。

 眠気を飛ばすように何度か首をひねる。その度に短いくせっけがフワッと揺れ、首からは傍から聞いたら少し心配するぐらいの音が鳴る。いつもよりいい音が鳴るのか、魔女はいくらかご機嫌に首を振る。


(いつもより、多く振っておりま~す!!)


 こんな変化のない世界に閉じ込められていたのだ。ささいな変化が楽しいのか、得意げな表情で首を回したり、ひねったりを繰り返す。だんだんと調子に乗ってきて、徐々にふり幅は大きくなり、縦横問わず頭を振る。

 これで最後とばかりに、まるで踊りの最後の決めポーズをとるかの如く思いっきり反動をつけて勢いよく振る。


 バキン!!!


(――――――――ッ!?!!?)


 およそ、人体からなってはいけない類の音が大音量で響く。口角は引きつり、首は降ったまま戻ってこない。あわや、斬新な自殺かと思われたが、魔女は油の切れた機械を動かすように首を元の位置に戻す。そのころには引きつった口角は元に戻ってた。

――――清まして閉じた切れ長のまなじりは、確かに濡れていたが。


『相変わらずの余裕ですね“赤の魔女”』

「あら久しぶりじゃない。百年ぶりぐらい?元気してた?」


 老若男女を何百人も鍋でかき回したような声が魔女に語り掛ける。その声は聞くものによっては神々しく、しかし魔女にとっては禍々しくて吐き気がする程の醜悪な声だ。しかし、魔女はそんなことをおくびにも出さずに挨拶を交わす。旧友に接するがごとき親しみに憎悪と嫌悪を込めて。魔力の封じられた体であらん限りの呪詛を吐く。


『ちっ、相も変わらず忌々しい魔女よ』

「あら、舌打ちなんて悲しいわ。カロテンが足りてないんじゃなくて?オヨヨ」

『それを言うならカルシウムだ』

「あ、そうだったわね足りないのはリコピンよね! 千年も同じところグルグルしてたら神様でもそろそろ老化するんじゃないの? ハッ! だからか、すぐにイライラするのって更年期障害だっていうしホントに老けたんじゃないの? 心なしか老人のような声が増えているわよ。心配だわ――」


 止まらない呪詛に業を煮やしたのか、声の主から魔力が拘束魔法陣に流れる。


「ねぇなんかにお――ッキャアアァァ!!」


 その魔力に呼応するように魔法陣から可視化されるほどの電流が流れる。そんな電流がさを晴らすように何度も何度も断続的に流される。魔女は次第に悲鳴を上げなくなっていった。いや、既に筋肉がしびれ切っており、上手く音にならないのだ。

 普通の人間が一万回は死んだぐらいで、電撃がやむ。


『少しは黙る気になったか? 汚らわしき魔女よ』


 その問いに、魔女と呼ばれた少女は微かに上を向く。その目に侮蔑と憐憫を込めて。まるで持つものが持たざる者を見るように睨みつける。


『――!! 貴様!』

「で? あなたは何をしにこんな何もない所まで来たのかしら」


 魔力を封じられた体でも『呪い』は解けない。はるか昔に最上位の神に呪われた体は、異常な回復力をしめす。


『貴様はなぜ、まだ壊れぬ?』

「暇なの? 百年周期で同じ質問をしにきて。何度聞かれたって答えは同じよ」


 そこで魔女は目を伏せる。瞼の裏に、待ち人を映すように。


「――――待っているからよ。ささやかな『恋の呪い』がかなう日を」

『そんなものは叶わぬ。叶うわけがなかろう』

「いいえ叶うわ」


 強く、強く言い切る。その言葉に、なんの魔力のない言葉に超常の存在の声が押し黙る。


「それにね、いい女っていうのは待つのが得意なのよ」

『なに――』

「ホント、恋を知らないなんて哀れね」


 それだけ言うと魔女は疲れたように顔を伏せる。


(いつまでも待っているわ。浮気なんてしてたら、殺してやるんだから)


 何かに耐えるように。先ほどの電撃よりも辛そうな顔で。


「緋色……」


 魔女は一人、寂しく笑う。

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