第77話 初めての大仕事の行方
「アレス! あいつはまた面倒なことを……!」
ぎり、とウィルフルが唇を噛み締めた。
普段は一応かわいい?甥っ子ではあるが、こういうときに真っ先に役に立たない。
「アレスはあれでも戦の神。無効にいれば利用されることは間違いないだろう……アテナがいるからまだいいが、一瞬で捻り潰してやろうと思っていたのに叶いそうもない……」
ウィルフルは戦上手ではあるが、闇の神であって戦の神ではない。
戦の神が守護したとなれば若干は不利になる。
まあ、アテナが敵にまわらない限り余裕で勝てることに違いはないのだが。
「特務師団のゼルディランとユリディス、前線第五小隊の隊長を呼べ」
そう言って彼はシェレネを抱き上げると、部屋をあとにした。
「お呼びでしょうか、陛下」
相当急いできたであろうゼルディランたちが、少し息を整えつつ頭を下げる。
こうしてみるとゼルディランが一番幼いのに、彼がこの中で一番上の地位についている。
ちょっとおもしろいなと思いながらシェレネは三人を見つめた。
「ジルダー王国の件は知っているだろう。近々令を下そうと思っていたのだが、状況が変わった」
三人が息を呑む。
「特務師団団長ゼルディラン・レスト、副団長ユリディス・ドロワーシスに命ず。特務師団を率いて交戦予定地に赴き、職務を全うせよ。前線第五小隊を連れて行くことを許可する。うまく使え」
「はい!」
ゼルディランがそのハニーブラウンの髪を揺らして力強く頷いた。
ゼルディランにとって、本格的な実践はこれが初めてだ。
近年は比較的平和だったから、それほど策を練って戦う必要のない争いごとばかりだった。
だが今回は、初回にしていきなり他国と、おそらく本気のぶつかり合いだ。
「ゼルディラン、少し」
一人だけ近くに呼ばれて、彼は思わず背筋を正す。
「こんな頭のおかしな戦争で、できるだけ犠牲を出すなよ。大体は私と近衛騎士団でなんとかなると覚えておけ」
「は、はい、わかりました!」
ここで成功すれば、かなり大きな手柄を得ることができる。
頑張らないと、とゼルディランは決意するように拳を握った。
「ゼルディラン、聞いたぞ。特務師団長として初めて大きな仕事を命じられたらしいな! で、なんで恋文なんか書いてるんだ?」
レスト公爵家の次男、兄であるオズワールズにそう話しかけられ、ゼルディランの顔が一気に真っ赤になった。
「ちょ、ちょっとオズ兄上! 恋文なんてっ、」
「え、好きな女の子に宛てた手紙なんだろ?? 恋文じゃないのか??」
心底わからないという顔をしないでほしい。
「た、たしかにす……好きな相手に宛てた手紙ですが……そ、そんな恋文なんて……」
「それを恋文っていうんだろ」
ゼルディランは負けた。
確かに、たしかに恋文かもしれない。
でも今日の内容は、そんなにいい内容ではないのだ。
「ちょっと見せろよ……あー……」
彼から奪い取った手紙を見て、オズワールズはため息を付いた。
これはまあ、恋文、うん。
「まあ。ちゃんと帰ってこいよ、俺の可愛い弟なんだから」
「うん……」
「え……」
ずっと手紙を送り合っていたゼルディラン。
今日も彼から届いた手紙を嬉しそうに開いたニーナは、その内容を見て目を見張った。
「どうかしたの? ニーナ」
どうかしたの、じゃない。
だって、そこに書かれていたのは。
「特務師団長として、ジルダー王国との戦いのため現地へ赴くことになりました……きっと大丈夫だとは思うけれど、もしかしたら最後になるかもしれない……だから……僕の無事をたまにでいいから……祈っておいてくれませんか……それで僕はきっと、頑張れるから……ニーナ、あなたのことが大好きです……」
「あ……」
読み上げたニーナに、ミーナの顔が曇る。
「ゼルディラン様、死んじゃうかもしれないってこと……?」
「特務師団の方だから大丈夫だとは思うけれど、危険がないわけじゃないわ……」
「そんな……」
そんなの嫌だ。
だってニーナは、ちょっと前ゼルディラン様に会ったばっかりなのに。
「私、毎日ゼルディラン様の無事を祈る! みんなちゃんと帰ってこれるようにしてくださいってお願いするの」
「じゃあ、私も一緒にやらせてね?」
「うん、もちろんだよお姉ちゃん!」
にっこり微笑んだミーナを見て、ニーナがとびっきりの笑顔を見せる。
ミーナは、あまり気落ちしていないようでよかったと内心ほっとした。
この戦いはひどくなるかもしれないと聞かされていて、ゼルディランはその一番先駆けで行くなんて。
まだ少年といった風貌だったのに。
ニーナが知らなくてよかった、と。
ゼルディランが戦場(予定地)に向かうそうです。せっかくニーナちゃんと会えたんだから死ぬなよ。アレス君はよく人間につかまったりしてるので何らおかしくありませんとだけお伝えしておきます。戦の神?? え?? 何のこと??
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