第35話 宝石
「なに? 商人が来た? どこの、セノニーナでもなく全く知らない商人?」
「はい」
ジャンの言葉にウィルフルは眉をひそめた。
ただでさえ最近妙なことばかり起きているというのに今度は商人か。
正直会いたくないが、関係性があるとは言えないので仕方がない。
ウィルフルは重い腰を持ち上げた。
「陛下、商人はぜひ聖妃様にも見ていただきたいものがあると……」
あからさまに不機嫌そうなのは承知の上で、ジャンはさらに彼が不機嫌になりそうなことを伝えた。
ウィルフルはシェレネを誰か他人の目に晒すことを信じられないほど嫌がるのだ。
「そうか、ならば連れてこい。あれもああいう商売なのだからな!」
吐き捨てるように彼はジャンに命令を下す。
ジャンは少し頭を下げるとシェレネを呼びに走っていった。
「陛下……商人、って……どんな方……なんでしょう……」
心配そうに呟いたシェレネに、ウィルフルは何となく後悔した。
やはり連れてこなければよかった、と。
一体誰が何を企んでいるんだ。
彼の眉間に皺がよる。
扉が開き、胡散臭い笑顔をを浮かべた商人が入ってきた。
「お初にお目にかかります国王陛下並びに聖妃様。噂には聞いておりましたが素敵な姫君でございますね!」
「そうか。それで何の用だ?」
鋭い眼光が商人を貫いた。
「おおっと。疑っておいでですか? ご安心ください。怪しいものではございませんよ」
はは、と彼よく響く声で笑い声を上げた。
そして、持っていた箱を開けて中を見せた。
「国王陛下、聖妃様に贈り物などいかがですか? 良いものが揃っているのですよ」
「どの宝石も我が妃の美しさには劣るが?」
さらりとそう返したウィルフルに商人は苦笑する。
「おやおや、聖妃様を溺愛なさっているという噂も本当だったのですね」
別に私は宝石なんて欲しくない。
きらきら輝く宝石たちを見て彼女はそう思った。
宝石は地下のもの。
つまり、冥王ハデスのもの。
なんだかハデスとコレーのものを無断で貰っているような気がして気が引けるのだ。
もちろん彼女が身につけている宝石は全てコレーとハデスから送られたものである。
そんな思いが顔に出ていたのか、商人は少し残念そうな顔をした。
「おや、聖妃様は宝飾品はお好きでは無いのですか?」
「いえ……ええ……その……」
何となく言葉に詰まる。
だが彼はすぐにもとの笑顔に戻った。
商人とはヘルメスに似るものなのか。
これがヘルメスと似ているなどと冒涜もいいところではあるが。
「今日はとっておきのものを持ってきたのですよ。きっと気に入って頂けます」
どうやら今までのものはただ見せただけだったようだ。
買うはずがないとわかっていたのだろう。
商人は後ろから小箱を出してきて彼女に差し出した。
「どうでしょう」
その宝石は、ガラスのように透き通っていた。
なんの色もついていない、透明の宝石のネックレス。
ダイヤモンドだろうか?
これほどのものは見た事がないだろう。
「お顔映えをご覧になっては? 試してみると意外に良いと思えるかもしれませんよ」
「そう……でしょう、か……」
シェレネの返事を待たず、商人は控えていたララにネックレスを渡す。
「何を勝手に……」
忌々しそうな顔つきでウィルフルは商人を見つめた。
ララは自分の主の様子を少し伺うと、仕方なくといったようにシェレネの後ろに回った。
金のチェーンが小さく音を立て彼女の首にかかる。
それを見た時、受け取った時、その場にいた誰もその宝石が何かなんて知らなかった。
興味もない。
もう少し興味を示すべきだったのかもしれない。