第九話
シャルルside➁
「あ、ローズ様……!」
僕の制止は間に合わず……ローズはグラスを煽り、その中身を一気に飲み干してしまった。
そして、その後すぐに口元を押さえて呆然としていた。
因みにローズが飲み干したのは、我がオルフォード領自慢のシャンパーニュである。
弾ける口当たりは軽やか且つ爽やかだが、なかなかアルコール度数が高い。
今日のローズが酒類を避けていることには気付いていた。
シャンパーニュや果実酒を己の視界に入れまいと頑張りながらも、時折こちらを羨むような視線で見ていたからだ。
ローズもデビュタントの失敗を後悔しているのかもしれない。
飲ませてあげたいと思わないでもないが……ここでは駄目だ。
ローズの酔った顔は誰にも見せたくない。
そう思っていたのに……。
「アレン先輩のせいだ」
僕は溜息を吐きながらボソッと呟いた。
その呟きが聞こえたのか、アレンは苦笑いを浮かべている。
アレンとも幼い頃から親交があり、同じ騎士団にも所属している先輩後輩でもある。
だから先程、ローズをジッと見ていたのは大方カージナス殿下の入れ知恵からだろうことが分かったが……そのせいでローズがシャンパーニュを飲んでしまったではないか……。
さて、どうするか……。
これからのことを思案する僕にも、『大丈夫』とでもいう風にローズは微笑みかけてくるのだが、状況は全然大丈夫ではない。
今すぐに人目に付かない場所へと隠してしまいたい。
酔ったローズの微笑みに当てられた僕は、熱くなる頬を自覚しながら眉間にシワを寄せた。
「ちょっと……あれはまずいんじゃないかしら?」
ミレーヌ様がローズの方を見ながらツンツンと僕の袖を引っ張る。
いつも愛想が良いローズではあるが、お酒が入ると蕩けるような笑顔になる。
上気した赤い頬は本日も男を煽る凶器にしか見えない。
「……はい。ですので、お二人共。ローズ様をあまり目立たせないように協力して頂けますか?」
「ええ。分かったわ」
「ああ。協力しよう」
ミレーヌ様は一瞬だけ瞳を大きく開いた後にニコリと意味深に微笑み、アレンは楽しそうに頷いた。
そうして、大した打合せもせずに三人でローズを隠すようなポジショニングを取った。
「あら、ローズ。顔が赤いけど酔ってしまったの?少し扇ぐと良いわよ」
ピッタリとローズに寄り添ったミレーヌ様は、自然な流れで扇を持たせるとそのまま顔を隠させた。
流石はカージナス殿下の想い人だ。機転が上手い。
アレンは正面からその長身と鍛え上げられた体格でローズを隠してくれる。
……僕にはできない技である。
騎士団に所属して筋肉は付いたが、身長はまだまだ低い。ヒールを履いたローズより少しでも高いのが救いではあるが、アレンの恵まれた身体が羨ましい。
ローズを隠せない自分の身体の線の細さが恨めしい……。
自分の身体を見下ろしながらそっと溜息を吐くと、
「シャーロット様?どうしたのですか?」
酔っているというのにローズは眉を寄せ、心配そうな眼差しを僕に向けてくれる。
守るべき相手に心配をさせてどうするんだ。
僕はグッとお腹に力を入れた。
できることならば、また邸に帰してしまうのが一番だが、婚約者候補の御披露目の場でそんな勝手な行動は取れない。
カージナス殿下の許可があれば別なのだが、殿下は人の波を忙しく動き回っているから、こちらを気付くのも……こちらへ来るのもまだ少し後になるだろう。
それまで絶対に他の男の目には触れさせない。
「……何でもありません。」
首を数回横に振ってからローズに笑いけた。
「そうですか? 私の気のせいなら良かったです」
嬉しそうに顔を綻ばせるローズ。
花のように可憐で、優しくて、少しドジな愛しい人……。
僕のモノだと公言してしまいたい。
僕だけに微笑みかけて欲しい。
僕は君が大好きだよ。愛してる。
だから……どうかその瞳に他の男を写さないで欲しい。
可愛いローズをうっかり抱き寄せたりしないように、僕は自分の両手の拳を強く握り締めた。