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第八話

シャルルside➀


僕が『ローズ・ステファニー』と初めて出会ったのは幼い頃だった。

オルフォード領に視察に来た父親に連れられたローズが、興味津々といった顔で果樹園を見て回っていたのを今もハッキリと覚えている。



あれから十数年。


同じ年頃の男女が集められ、両陛下の前で挨拶をすることで大人の仲間入りができるという、昔ながらの儀式であるデビュタントの日に僕は彼女と再会をした。


その年は第一王子であるカージナス殿下が参加する年として、例年以上の緊張と興奮が会場中を包み込んでいた。

そんな中、僕は緊張もせずマイペースに楽しんでいた。

カージナス殿下とお近づきになれるチャンスがあるのに、辺境の地にいる三男坊に声を掛けてくる令嬢なんて普通はいない。メリットがないからだ。

僕よりも背が高く、地位も名誉もある男なんて山のようにいるのだ。


父や兄からは『無理に結婚しなくとも、領地の補佐をしてくれたら良い』と言われているために、この場で焦って婿入り先を探す必要もなかった。恐らく、父達は亡くなった母親の面影のある僕を手離したくないだけだろうが……。


ダンスが始まると、会場の雰囲気は急に熱気を孕んだ物へと変わった。数多(あまた)の令嬢達がカージナス殿下を取り囲み、次から次へとダンスの申し込みを始めたのだ。

そんな令嬢達の波はいつしか数百メートルの長蛇の列へと変わった。

デビュタントが終了するまでに踊り終わる列の長さではないし、そもそもこんなには踊り続けることなんてまずできない。それでも彼女達は、国母になれるかもしれないという希望を捨てきれずに並ぶのだろう。


殿下には既に想い人がいるのに可哀想に……。


大変なのはカージナス殿下で僕には何の関係ない。

そう他人事に考えながら壁際でボーッとしていると、カージナス殿下の列に並ぶのを諦めた令嬢や順番待ちの暇潰しをしているような令嬢が、いつの間にか僕の前に列を作り始めた。


……本命が駄目なら誰でも良いの?


自分勝手な令嬢達にウンザリしかけた時……。


……!!

目の前の列の中に彼女の姿を見つけた。


幼い頃から妖精のように愛らしかったローズだが、白銀色の髪は長く伸び……まるで絹糸のようだ。アメジスト色の綺麗な大きな瞳は潤んでいて……美し過ぎて目が離せない。


『鈴蘭の君』。この二つ名に相応しい令嬢へと成長を遂げたローズが僕の目の前にいたのだ。


正直いうと、ローズより先に並んでいた令嬢達へどんな応対をしたのか覚えていない。

酷い応対はしていないと……思う。

それだけローズのことしか考えていなかった。

ローズ嬢の気が変わって僕から離れていかない内に早く彼女と話したかったのだ。



二人の会話を誰にも邪魔されたくなくてダンスに誘うと、ローズは微笑んで受け入れてくれた。

見つめ合い、微笑み合う……。僕の辿々しい話にも楽しそうに相槌を打ってくれるローズは、まるで天使のように愛らしかった。


このまま時が止まれば良いのに……。

ダンスが終了し、もどかしい気持ちでいる時。


『是非、私のお婿さんになって下さい!』

突然、ローズからプロポーズされた。


え……?

僕は笑顔のまま固まった。


ステファニー侯爵家の長女が他国に嫁いでしまったために、ローズが婿を取って家を継がなければならなくなった事情は知っていたが……まさか彼女が僕を選んでくれるとは夢にも思わなかった。


打算かもしれない。消去法なのかもしれない。

ローズはオルフォード領のシャンパーニュが気に入ったとさっき教えてくれたから、それで僕を選んだのかもしれない。


でも……例え僕を選んだ理由がそれでも構わない。


幼い僕はあの時、ローズに一目惚れをした。

今まで初恋をこじらせ続けていた僕の手に届く所に、愛しい君が降りてきてくれたのに手放せるわけがない。

先にローズを手に入れて、それからじっくりと心を手に入れれば良いだけの話だ。


だから……。


「シャーロット様……駄目ですか?」

返事を待ちきれなかったローズは、とろんと潤んだ瞳で僕を見上げながら、コテンと小首を傾げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()


いつの間に?!


近くに控えていた給仕に尋ねると、ローズは四杯目のシャンパーニュを飲み干した所だと分かった。


上気した頬に潤んだ瞳……蕩けるような微笑みを浮かべるローズ。

酔った彼女はぞくりとするほどに美しかった。


……年頃の男には刺激が強過ぎる。

このまま押し倒してしまいたくなる。


沸き上がる欲望を理性で押さえ付けながら、ふと周りを見渡せば……皆が一様にローズに熱い視線を送っていることに気付いた。


まずい!このままではローズの身が危ない!

僕はキョトンとするローズの顔を隠すようにしながら、会場の外へと連れ出した。


「お嬢様?!」

心配して駆け寄って来た従者にローズが酷く酔っていることを伝え、ローズの顔は見せないようにしながら馬車に押し込んだ。

従者には『邸に着くまで何があっても絶対に馬車の扉は開けない様に』と強く強く念を押して……。



こうしてローズは守られたのだった。



******


デビュタントから一年。

僕はただこの月日を無駄に過ごしてきたわけではない。

父や兄を説得して、ローズに求婚し、婿入りする段取りまでつけていたのだ。


それなのに……。

ローズは、カージナス殿下によって婚約者候補に名前を上げられてしまったのだ。

一年後に正式な婚約者が決まるまでローズとの進展は何も見込めない。


……僕は自分の失敗を未だに後悔している。

カージナス殿下にローズのことを話さなかったら、絶対にローズは候補になんて選ばれていなかった。


殿下なりに僕を心配してお節介を焼いてくれてるんだということは理解している。

だけど、他にやりようがあったのではないだろうか?


カージナス殿下にその気がなくても、ローズが婚約者に選ばれてしまったら……僕は殿下を一生恨み続ける自信がある。



カージナス殿下と踊るローズを見つめながら、そっと溜息を吐いた。


一年前にローズの色香を目の当たりにし、欲望を抱いてしまった罪悪感からローズとは上手く話せないでいる。


自分と一緒の時は、あんな顔で笑ったりしない。あんな風に恥ずかしそうにしない。あんな風に怒ってみせない。あんな風に…………好意を向けられたりしない。


もっと早く行動していれば愛しいローズの隣にいたのは自分かもしれない。そうと思うと、殿下が恨めしくて仕方ない。


ダンスの最中に何故か、チラチラとこちらを何度も伺う素振りをするローズ。

カージナス殿下に何かを吹き込まれているのだろうが、こちらを見てくれるのは嬉しかった。


……心は嫉妬で荒れ狂っているけれど。


身勝手な嫉妬をローズにぶつけてしまう度量の低さには自分でも引いた。

こんな機会ではあるが、ローズの隣に僕の居場所を作ってくれた殿下に感謝をしなかった罰が当たったのか…………。



一年前のあの時と同じことが起きたのだ。

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