第七話
カージナス様とミランダ様のダンスが終盤を迎える頃。
「……すみませんでした」
隣に立つシャルル様が呟いた。
……え?
シャルル様から謝られるだなんて少しも考えていなかった私は、シャルル様からの突然の謝罪に驚きながらポカンとシャルル様を見上げた。
「そんな泣きそうな顔をしないで下さい」
シャルル様は眉間にシワを寄せ、こちらをジッと見ている。
「嫉妬……したんです」
嫉妬? シャルル様が?
……私に?
「多分ですが……あなたが考えていることは違うと思います」
苦笑いを浮かべるシャルル様。
……え?それって……まさか。
「それは……」
ゴクンと唾を飲み込んだ私は思い切って訪ねてみようと思った。『カージナス様に嫉妬したのですか?』と。
両手をギュッと握り締め、シャルル様を見つめた。
その時…。
「ローズ!」
横から名前を呼ばれた。
……ううっ。こんな大事な時に……!
恨めしい気持ちを持ったまま声の方に視線を向けると、そこにはにこやかに笑う彼女がいた。
「ミレーヌ!」
ミレーヌの名前を呼んでからハッと気付く。
階級が上のミレーヌを社交の場で呼び捨てにしてしまった……と。
「あ、ごめんなさい。ミレーヌ様」
「良いのよ。私とあなたの仲じゃないの」
ミレーヌは気にした様子もなくにこやかな笑みを浮かべている。
良いのかな……?
上目遣いにミレーヌを見ると、彼女は片目を瞑りウインクしながら手をヒラヒラと振った。
……ミレーヌが良いというなら良いことにしよう。
「それより、どうしたの?」
「え?だって、カージナス殿下がローズが私と一緒にいてくれるって言ってたから」
キョトンとした顔で小首を傾げるミレーヌ。
……。
シャルル様からの突然の謝罪の辺りから、私の中の時間の流れが止まってしまっていたようだ。
既に会場の中は歓談の場と化していた。
……やってしまった。
私がミレーヌの元に迎えに行かなかったから、彼女から私を探しに来てくれたのだろう。
「……ごめんなさい」
「別に良いのよ。お友達を探すことが楽しいって分かったんだもの」
シュンと眉を落とす私にミレーヌはフフッと微笑んだ。
悪役令嬢顔のミレーヌだが、とて優しい良い子なのだ。天使のようだ。
そのことを改めて実感し、胸がジーンとした。
「それより……お話し中だったのかしら?邪魔してごめんなさい」
ミレーヌは私の耳元に顔を寄せ、コソコソっと言った。
……!!
先程のことを思い出した私の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
澄ました顔で何気なさを装いながらパタパタと扇で仰ぐを見たミレーヌは、珍しくニヤリと悪役令嬢のような笑みを浮かべた。
そして、私の隣に立つシャルル様へと視線を向けた。
「ご機嫌よう。オルフォード様。お久し振りですわね」
「お久し振りです。ミレーヌ様」
ニッコリ笑うミレーヌに、シャーロット様は深く頭を下げた。
「オルフォード様はローズと知り合いだったのね?随分と打ち解けていらっしゃるように見えたけど」
「ミレーヌ様、こそローズ様とお知り合いだったのですね」
「ええ。お友達なのよ」
「……そうでしたか」
『お友達』。このワードにシャルル様が微かに反応したのに気付いた。
やはりシャルル様は知らなかったか。
どうしてカージナス様はシャルル様に話していなかったのだろうか?私は小さく首を傾げた。
「ねえ。ここで立ち話もなんだから……あちらへ行きましょう?せっかく陛下達が美味しい料理を用意して下さっているのだもの」
ミレーヌが私の腕を掴み、グイグイと私を引きずるようにして中央の豪華な料理の並ぶテーブルへ向かった。
その後ろをシャルル様とミレーヌ付きの騎士が苦笑いをしながら付いてくるのが見えた。
*****
宝石のような色とりどりの果物に、食べやすい大きさのお肉や、クラッカーにチーズ等が乗ったカナッペ、薔薇がデコレーションされたケーキやチョコレート等々。
目にも鮮やかなテーブルの前で私は内心唸っていた。
……お酒が飲みたい、と。
どれもこれもお酒に合う立派なおつまみなのだ。
お肉やカナッペが合うのは勿論だが、チョコやケーキも外せない。生クリームやミルクガナッシュの甘さと一緒に口の中で弾けるシャンパーニュの爽やかな香り……。
ゴクン……。
ハッ!いけない。いけない……。
記憶をなくした前回の失敗があるから今回はジュースで我慢をしているのだ。
シャルル様の前で二度もお酒で失敗したくない。
だけど……皆が気にせずにお酒を飲んでいるのが羨ましくて仕方ない。
ミレーヌの話に相槌を打ちながら、時々返事を返すものの……つい、上の空になってしまう。
どうしても頭を過るのはお酒のこと。
飲みたかったな……。
溜息を吐きながら、チビチビとグラスのジュースを飲む。
それでなくとも王宮で出されるお酒なんて一流の名酒ばかりなのに……。
ミレーヌもシャルル様も……そして、ミレーヌ付きの騎士も涼しい顔で飲み物を口にしている。
なのに、私だけが飲めないなんてー!!
チラッとミレーヌの横に立つ騎士に視線を向けると、彼はこちらを見てニッコリと笑っていた。
私……何か見られるようなことした……?
首を傾げる。
彼は確か……「アレン・ターナー」。二十一歳。
カージナス様の乳母の息子でカージナス様とは兄弟のように育った。今は剣の腕と信頼を買われてカージナス様専属の護衛騎士となっているはずだ。
その騎士をミレーヌに付けた時点で、カージナス様の気持ちがどこにあるかなんて分かるはずなのだが……王族の結婚となるとそれも関係ないのか。
そんなアレンに見られていると、何故かカージナス様に見られている気分になり……落ち着かない。
そわそわしていると、気を効かせた給仕の男性が私の持っていたグラスを冷えた飲み物入りのグラスに交換してくれた。
「ありがとうございます」
私はにこりと笑ってグラスを受け取った。
そして何も考えずに……そのままグラスを煽った。
「あ、ローズ様……!」
何かに気付いたシャルル様の制止は間に合わなかった。
ゴクン。
私は口元を押さえて固まった。
私……今、何を飲んだ?
パチパチと弾ける喉越し、爽やかな果実の香り。
このうっとりしてしまうほどに美味しいこの飲み物は…………オルフォード領のシャンパーニュだ!!
飲まないつもりだったのに……一気に煽ってしまった。
ジワジワと酔いが回ってくるのを感じる。
どうしよう……。
段々と頭がボーッとしてきた。
でも……ふわふわして気持ち良い。
私の異変に気付いたミレーヌとアレンに向かって『大丈夫』という意味を込めて微笑むと、二人は驚いた様に瞳を丸くしそのまま動きを止めた。
シャルル様はほんのりと頬を染め、酷く困ったような顔で私を見ていた。