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第五話

……気まずい。

私はそっと上目遣いにシャルル様を伺い見た。


こうしてシャルル様と対面するのは、一年前のデビュタント以来である。

顔は笑っているのに、出会った時からずっと私と目を合わせてくれないのだ。


酔っ払った勢いでプロポーズしたのが駄目だったの?!

……って、確実にそれが原因じゃないか!


あぁぁぁ………。

きっと、私は嫌われてしまったんだろう。

……悲しくて涙が出そうだ。


俯いて涙を堪えていた私は、私を見下ろすシャルル様の視線に気付かなかった。



******


ミレーヌの来訪から三日後。



突然、ステファニー侯爵家へ『王宮まで来い』とのカージナス様からの手紙(よびだし)が届いた。


仮病でも使おうか……?なんて私の軽い考えは見抜かれていて、しっかりと手紙には『何があっても()()』と書かれていた。


……パワハラだ。パワハラ!

これでは恐くて逃げられないじゃないか。


カージナス様からの呼び出しなんて厄介事の予感しかしない。

それに、ミレーヌ以外の他の候補者がどう動いているか分からない状況での王宮への呼び出しなんて……。


ああ……面倒くさい。

理不尽な状況にムッとふて腐れながら、私は王宮に向かう馬車の中で揺られていた。


因みに、この馬車は王宮のもので、私が逃げないようにと()()()()遣わされたものである。

馬車が王宮に着くと、そこには既に二名の騎士が待機しており、その二人に挟み込まれるようにして、カージナス様の私室まで誘導された。


……ここまで来たら逃げられないって!!


カージナス様の私室に着くまでの道すがら、王宮の侍女さん達のする噂話はしっかりと私の耳に届いていた。


聞こえないフリをしていたけど……。

小声で話してるつもりでも意外と聞こえるものだよ?


『あれが二番目の婚約者候補のローズ様ね』

『カージナス殿下が王宮へ直接招かれたそうよ!』

『じゃあ、ミレーヌ様ではなくローズ様が本命だったのね』

『そうそう。ローズ様のことは殿下のご指名だったそうだから……』



『違う!!』

そう大きな声で不定をしたい。

なんだったら叫んでも良い!←おい。


……私達の関係は決してそんな甘い物ではないのに……。


不本意だが、この世界では瞬く間に噂が広まる。

今回の王宮への来訪は今日中に、国内の貴族達の知る所となるだろう……。


まだ王宮に来ただけなのに既にそれだけで疲れてしまった。




「やあ。良く来たね」

書類の詰まれた机の間から、カージナス様がひょっこりと顔を出した。


出たな。諸悪の根源め……。


「こんにちは。カージナス様」

満面の笑みを浮かべるカージナスに、ジトっとした目を向けてから私は淑女の礼の姿勢を取った。

勿論わざとである。


「ああ。堅苦しい挨拶はいらないから、そこに座って少し待っててよ」


失礼な私の態度に気分を害した様子もなく、カージナス様は笑顔のままで『自由にしてて』そう付け加えると、自分の手元の書類へ視線を戻した。



……はぁ。

この人相手にイライラしても始まらない。

そんなことは分かっているが、この持て余した気持ちはどこにぶつけたら良い?


大きな溜め息を吐いた私は、指定されたソファーに座ってカージナス様の作業が終わるのを大人しく待つことにした。


()()がカージナス様の私室か……。

辺りを見渡せば、ゲームの中で見なれた部屋と同じで、たくさんの本が並んでいた。

それはこの国の物に限らず、他国語で書かれた分厚い本や可愛らしい絵本までと多岐に渡る。

無節操な本好き。腹黒さは増しても、カージナス様の活字中毒の設定は変わっていないらしい。

政治に必要な参考書や文献が書かれた歴史書、恋愛小説や絵本に至るまで何でもござれなのだ。


ふと、こういうゲームと同じ状況が垣間見えた時に『ああ。ここはマイプリの世界なんだ』と思い出す。



視線を目の前のテーブルに向ければ、ここにも書類が積み重なっていた。

どれだけ多忙なんだ。この王子は……。

…こんな書類だらけの所に私を座らせて大丈夫なのだろうか?

私に見られたらまずい書類とか………ないな。だって、カージナス様だもの。

寧ろ、私に見せたい書類を一番上に置いている可能性が高い。


ならばと、一番上に乗っていた書類に手を伸ばして……すぐに自らの直感を後悔した。



【婚約者候補者のお披露目を兼ねての舞踏会開催計画書】


……これだ。

間違いなくこのために私は呼ばれたのだ。

ミレーヌ様をステファニー侯爵家に行くように焚き付けたのも、舞踏会(この)のためだろう。


書類から視線を外し、チラッとカージナス様を見ると満足そうな笑みを浮かべた瞳とぶつかった。


「だからローズは大好きだよ」


……カージナス様に好かれても私は全く嬉しくない。


カージナス様は、ははっと軽快に笑いながら立ち上がると、そのままこちらへ歩いて来て、私の向かい側のソファーに腰を下ろした。そのまま背もたれに身体を預けながらゆったりと脚を組む。

両手は膝の上に重ねて置かれている。


その一連の動作だけを見れば、まるでおとぎ話の『王子様』のように見える。

……ただし、お腹が真っ黒だが。


「ローズ。君にご褒美をあげようと思ったんだ」

「ご褒美……ですか?」


無駄にキラキラとした笑顔を撒き散らしているカージナス様に私は警戒を強めた。この笑顔には裏がある。


「そう。君はきちんと役目を果たしてくれたからね。だから……」


『役目』とはミレーヌとのことだろう。

積極的に関わるつもりのなかったミレーヌと仲良くなれたことは嬉しいが、カージナス様に良いように操られ……結果、望み通りの展開になっていることが腹立たしい。


しかし、ご褒美にドンペリニヨンをくれるというなら私も大人として素直に貰ってあげても……

「君のエスコートはシャルルにしたから」

「………………はい?」


返事をするまでに軽く十秒はかかった。


……この腹黒王子は今、何と言った?



「だから、舞踏会での君のエスコートはシャルルにしたから」

「……舞踏会は婚約者候補のお披露目のためですよね?私達をカージナス様以外の男性にエスコートさせるのですか?」

「うん。僕は四人もいないからね。踊る時は皆と一人ずつ踊るようにするけど、いつも四人の令嬢と固まって行動するわけにはいかないだろう?」


ま、まあ。そうか。


「そんなに僕にエスコートして欲しかったの?ローズ?」

前傾姿勢になり、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるカージナス様。


腹黒王子の素が出てますよー?


「いえ。私的にはカージナス様ではなくて良かったと思ってます」

「本人を目の前にしてハッキリ言うねぇ」

「ただ……」

「ん?ただ?」

「ミレーヌは良いのですか?カージナス様がエスコートしなくても……」

私がそう言うと、カージナス様がキョトンとしながら首を傾げた。


「ああ……。そういう意味か」

そして、すぐに瞳を細めたいつもの(腹黒い)笑みに戻り、前傾姿勢になっていた身体をまたゆったりとソファーに預けた。


「心配しなくてもミレーヌには、僕の一番信頼している部下を付けるから大丈夫だよ」

一ミリも笑っていない瞳が、私を射抜く。



……怖い、怖い、怖い。


既にその部下に嫉妬してるじゃないか!! 全然大丈夫じゃない!



「まあ、僕のことよりも君は自分のことを気にしたら良いよ」

カージナス様がふふっと笑う。


「私のこと……ですか?」

「そう。この機会にシャルルをしっかり掴まえておいで」


……はい!?




****


……と、話は冒頭に戻る。


現在はお披露目舞踏会の真っ最中である。


会場の中心では、カージナス様とミレーヌが楽しそうに踊っている。

主流のオフショルダーの赤色のドレスは、ミレーヌのハッキリとした顔立ちに良く似合っている。いつものことながら……出る所は出て、折れそうに細いウエストには会場中の男女が溜め息を漏らすほどだ。


私はそっと自分の胸に手を当ててみる。

ささやかな膨らみしかないその部分に、溜め息を吐きたくなる。

ローズは顔は良い。顔だけともいう。このツルペタな幼児体型……。

ミレーヌのような完璧な身体だったら、シャルル様も見惚れてくれたかもしれないのに……。


今回の舞踏会のドレスは四人共ベースは同じデザインになっている。

ミレーヌは赤で飾りのないシンプルなデザインだ。

緑色の瞳の小さく可憐なマスール侯爵令嬢のアイリス様のドレスはエメラルドグリーンで胸元に花の刺繍が施されている。

焦げ茶色の瞳の聡明なバン侯爵令嬢のミランダ様のドレスは元気が出そうな黄色のドレスだ。


そして、私は薄紫色の総レースのドレスを着ている。


三者三様ならぬ四者四様。

それぞれが一番似合うデザインとなっていた。

更に、この四人をエスコートする男性達には、エスコートをしている令嬢が一目で分かるようにと、それぞれのカラーのポケットチーフが差し込まれていた。


つまり、シャルル様のポケットには、私と同じ薄紫色のチーフが入っている。

シャルル様からすれば何の意味もない物かもしれないが……私にとってはそうじゃない。

この瞬間だけは、シャルル様が私だけのパートナーでいてくれる証に他ならないからだ。



シャルル様と気まずい状況のまま、曲の最高潮の盛り上がりを迎え、ダンスが終盤に差しかかかったことを教えてくれる。

ミレーヌが終わったら、次は二番目候補の私の番だ。

四回連続で踊らなくてはならないカージナス様は大変だろうが、頑張れ。

私を指名しなければ三人で済んだのだ。自業自得だ。


そんなことを考えながらジーっと二人のダンスを見ていると、隣に立っているシャーロット様がボソッと呟いた。


「……羨ましいですか?」

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