第四話
【My Lover Prince】
略して【マイプリ】のヒロインの一人である《ローズ・ステファニー》として転生をした私だが……。
残念ながら、転生ものでおなじみのチート的な能力は持っていない。
魔法使いが存在する世界ではあるが、彼等は血を繋ぐ一族であり、遺伝によって魔法が使えるのでその家に生まれなければ魔法が使えないのだ。
つまり……転生者とはいえ、私はただのお酒好きな侯爵令嬢に過ぎないのだ。
ただ、ローズの顔は誰が見ても『美しい』と称賛してくれるほどの美人さんで、ツルペタではあるものの、どんな服でも清楚に着こなす。これは、前世で平々凡々の容姿だった私としてはとても嬉しいことだ。
その他の魅力といえば……肩書きだろうか?
私と結婚すれば、次期『侯爵様』になれる。
実家の跡を継げない、次男以降にとって魅力的な存在ではある。
しかし、中身は至って普通なのだ。
決してカージナス様が気にする様な存在ではない。
なのに、その理由が『私だけカージナス様と踊る列に並ばなかったから』だなんて……!!
****
カージナス様が、ステファニー家を来訪してから数日後。
『ミレーヌと仲良くして欲しい』とカージナス様には言われたが……私は特に何もしていない。
家格が下の……それも二番目の婚約者候補が動いた所で、ミレーヌ様と仲良くなれるとは到底思えなかったからである。
それに、ミレーヌ様からすれば『私』という存在は、カージナス様との婚約を阻む障害でしかないだろうに……。
《ミレーヌ・アスター》
立派な蜂蜜色の縦ロールと深いブルー色の瞳。魅惑のメリハリボディを持つハッキリとした顔立ちの美人である。
通常の乙女のゲームであれば、充分に悪役令嬢になり得る外見の持ち主だがマイプリでは違う。
ミレーヌ様は絶対に悪役令嬢にはならない。ヒロインか傍観者の二択しかない。
他二人……アイリス様とミランダ様はヒロインか悪役令嬢、傍観者の三択。
ローズはヒロインか悪役令嬢かの二択。
……ミレーヌ様が羨ましい。
何が?って一番は『ざまあ』をされないことだろう。
流刑や処刑は本当に勘弁して欲しい……。
私はカージナス様と結婚はしたくないし、『ざまあ』もされたくない。だからこそ、何もしないという選択を取ろうとした。なのに、カージナス様に先手を取られた。
しかもお父様のせいで、ドンペリニヨンも飲んでしまったから更に逃げられなくなった。
お父様……恨みますよ。
そんなお父様とは本当にキッチリと三日間話さなかった。
この位で許してあげた私は寛大な心の持ち主だと思う。うん。
……それでなくとも、今のカージナス様はミレーヌ様を選んでいるのだ。
ゲームとしての強制力があるとすれば、私は『悪役令嬢』としてのルートを歩み出していることになる。
私はミレーヌ様に嫌がらせをするつもりは全くないし、寧ろ応援したいというのに……。
はあ……。
何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
気分転換になれば……と、バルコニーでのお茶をしていた私だが、こんなにも真っ青で綺麗な空を見ていても気分が晴れる所か不安が増すだけだった。
今が夜ならシャンパーニュでも飲んで気分を紛らわせることができるのに……。
流石に誰が訪ねて来るかも分からない昼間からお酒を飲むことはできない。
ガラガラガラガラ。
ふと、遠くの方から馬車の車輪の音が聞こえて来た。
バルコニーの上から玄関付近へを見下ろす。
……お父様がお戻りになったのかしら?
段々と近付いて来る馬車には、馴染みであるステファニーの家紋の六花は付いていなかった。
代わりに付いていたのは……星だ。星はアスター公爵家の家紋である。
まさか……?!
思わず立ち上がりそうになりながらも、それは行儀が悪いことだとギリギリの所で思い出す。
そのために座ったまま、ハラハラとした気持ちを堪えながら、傍らに控えていたエルザへ問いかけた。
「ねえ……エルザ。私の見間違えでなければ、アスター公爵家の馬車に見えるのだけど……」
「……ええ。お嬢様。私もそのように認識致しておりますわ」
カージナス様の次は、アスター公爵家の馬車。この数日の大物の登場にはエルザも少なからず動揺しているらしい。
……まさか、ね。
多分、きっと……公爵様だ。
お父様に何か用事があって訪ねて来たのだろう。
「お父様は邸に帰ってるの……?」
「いえ、旦那様はまだお帰りにはなっておられません」
お父様が不在なのに、公爵様が訪ねて来たりはしないだろう。
あ……!
「……お母様は?」
もしかしたら公爵婦人かもしれない。
お母様と公爵婦人は仲が良いと聞いたことがある。
だから、きっと……。
「奥様はリーナベル伯爵家のお茶会に参加なさってますよ?」
……これは現実逃避だ。
自分で自分の首を絞めているだけの行為。
そうこうしている内に、馬車が玄関の前に止まった。
中から出て来たのは……勿論。
、
「……ミレーヌ様ですわね。お嬢様」
御者に手を引かれ、ミレーヌ様が馬車から出て来た。
……ですよねぇ。
どうしてミレーヌ様が……って、原因はあの人しか考えられない。
『どうしてこうなった!』と頭を抱えて叫びたい気分だが、そんなことをしている余裕はない。
急いでミレーヌ様をお迎えしなければならない。
「エルザ、おかしい所はない?」
椅子から立ち上がり、クルッとエルザの前で一回りしてみる。
淡いピンク色のふわっとしたワンピースは訪問着ではないために多少地味ではあるが……問題ないだろう。
エルザがさっと髪を整え終えるのと同時に、シリウスがバルコニーに出て来た。
「お嬢様。ミレーヌ・アスター公爵令嬢様がお見えになられました」
「見えていたわ。すぐに向かいます」
シリウスは賓客用の部屋にミレーヌ様を通してくれていた。
流石は我が邸の有能な執事だ。
シリウスを先頭に少し足早に賓客室へと向かう。
扉の前で呼吸を整えながら気合いを入れると、絶妙なタイミングでシリウスがノックをしてくれる。
すると、中に控えていた侍女が扉を開けてくれた。
ソファーに座るミレーヌ様と目が合った瞬間に私はニコリと微笑んだ。
自動令嬢スマイルが作動したのだ。
「お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。ようこそお越し下さいました。ミレーヌ・アスター様」
頭を深く下げながら淑女の礼をする。
すると、ミレーヌ様は眉尻を下げながら申し訳なさそうな顔をしていた。
「突然、お邪魔してごめんなさい」
悪役令嬢顔のミレーヌ様がシュンとしている……!
気の強そうな見た目で優しく素直な中身……とギャップがある人なのは分かっていたが、こうして直接対面するとやはり衝撃は強かった。
「カージナス殿下から、ローズ・ステファニー様が私とお友達になって下さると聞いて……いても立ってもいられなくて、つい……訪ねてしまったの」
片手を頬に当てながら、頬を染めるミレーヌ様。
「実は私、去年のデビュタントの時からずっと……あなたとお友達になりたかったの」
「デビュタントの時……ですか?」
「ええ。ローズ・ステファニー様……」
「……私のことはどうぞ『ローズ』とお呼び下さい」
「良いの……?」
「はい」
「ありがとう……ローズ!」
嬉しそうに微笑むミレーヌ様。
「私のことも呼び捨てで良いわ!」
「いえ、それは……。私は『ミレーヌ様』と呼ばせて下さい」
未来の王妃様を呼び捨てになんて……末恐ろしい。
「えー……。でも、今は良いわ。すぐに『ミレーヌ』って呼ばせてみせるんだから!」
困った顔をして首を横に振る私に、ミレーヌ様は少し頬を膨らませながらビシッと私に向かって指差した。
**
一時間後。
「分かる!分かるわ!」
「でしょう?!分かってくれて嬉しい!ミレーヌ!」
話は盛り上がり……
気が付けば、私はミレーヌ様の宣言通りに『ミレーヌ』と彼女のことを呼んでいた。
あれー?(汗)
ミレーヌはとても聞き上手で話し上手だった。
気を許すつもりがなかった私が、あれよあれよという間に気を許してしまったのだ。
こんなにも社交的なミレーヌに友達が少ないのは不思議で仕方がない。
「どうしてこんなに素敵なミレーヌにお友達が少ないのかしら?」
ふと沸いてきた疑問をそのまま投げ掛けてみる。
すると、ミレーヌは瞳を伏せた後に寂しそうに笑った。
「……いいえ。それは買い被りすぎだわ。私はつり目だし……近寄りがたい顔だと自覚してるの」
ミレーヌはハッキリ顔の美人のために、『怖そう』とか『冷たそう』な印象は受ける。
しかし、話してみればすぐに彼女の人の良さやその他にあるたくさんの魅力にも気付くはずだ。
もっと話していたいと思われるだろうに……。
ふむ……。
「でもね、それでも仲良くしてくれる人達もいたのよ?……なのに、急によそよそしくなって皆……それっきり。きっと、いつの間にか私が不快な思いをさせていたからなんだと思うわ」
「そんなことはないと思うけど。他に思い当たる理由とかない?……例えば、カージナス様とか」
「どうしてカージナス様の名前が出てくるの?」
キョトンとした顔で首を傾げるミレーヌ。
「ああ……でも、そういえば新しいお友達ができる度に、カージナス様から紹介して欲しいと頼まれるわ」
……はい。黒決定。
ミレーヌにお友達ができないのはカージナス様のせいです。
恐らくだけど、ミレーヌに対して敵意や邪な感情を持っていないか、将来の枷に成りうる家柄でないか。その辺りを見られていたのだろう。皆が離れて行ったということは、カージナス様のお眼鏡に叶わなかった……つまり、『有害』であると認識されたからだ。
「ローズはカージナス様が紹介して下さったのだから……私から離れて行ったりしないわよね……?」
ミレーヌは両手を組み、瞳を潤ませながら上目遣いに私を見つめてくる。
……。
カージナス様がミレーヌに過保護な理由が分かった気がする。
はあ……。
私は内心で盛大な溜め息を吐いた。
「勿論。もうお友達でしょう?これからもよろしくね」
私が笑顔でそう言うとミレーヌは心の底から嬉しそうに笑った。
帰るミレーヌの馬車を見送りながら、私は遠い目をしていた。
ミレーヌは純粋過ぎるのだ。
男性には男性の。女性には女性の社交がある。
私はカージナス様が一緒にいられない時のための虫除け要員なのだろう。
ドロドロとした陰謀が渦巻く社交界からミレーヌを守らねばならないとは……。
悪役令嬢としての立場よりは良い?
寧ろ、そうならなくてラッキー?
……いやいや。これはこれで大変だ。
ミレーヌを悲しませたり、傷付けたりしたら……即バッドエンドだ。
取り敢えず……。
次にカージナス様に会った時には、後3~4本のドンペリニヨンを所望しよう。……そうしよう。
私はもう見えなくなった馬車の方向を見ながら、そう心に決めた。