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第三十七話

「お口の中が、パラダイスやぁぁ~……」

右手に細身のグラスを持っている私は、空いているもう片方の左手で頬を押さえた。


「ローズ、言葉が崩れているわよ?」

横のミランダから冷静なツッコミが入る。


完熟したマンゴーのようなトロリとした濃厚な甘さなのにもかかわらず、しつこくない後味。まるで生の果実をそのまま食しているかのような不思議な果実酒だった。


これが……幻の【モン・ブラン】!

くーーー!

幸せやぁぁ~。この余韻をいつまでも味わっていたい。幸せやぁぁ~。

素敵だ。最高すぎる~!!


「残念だけど聞いてないみたいよ?ミランダ」

「ええ、そうみたいね」

「物凄くだらしない顔しているけど……大丈夫なのかしら、これ」

「……正直、ギリギリね」


こんな二人の会話は私には届いていない。



果実酒の色が不思議でまた面白い。

こんなにも濃厚な味がしているのに、無色透明というのが、私の好奇心を刺激する。

元の果実の色は何色なのだろうか?


グラスの中に僅かに残ったモン・ブランを一気に呷った。


「くくっ。ここまで喜んでもらえるとは思わなかった」

サイガは口元を押さえながら笑っている。


「殿下。希少なモンブランを味わわせていただき、誠にありがとうございます!」

グラスから目を離した私は、サイガに向かってペコリと頭を下げる。


「用意した甲斐があったよ」

「はい!幸せです!」

「そうか、そうか。それは良かった」

「はい!ありがたき幸せです!!」


敬礼をしそうな勢いで答えた私の反応が、どうやらサイガの笑いのツボにはまったらしい。


「くくっ。やっぱり君は《《良い》》な」

サイガは再び口元を押さえながら笑い出した。



「お馬鹿な子ね。気に入られてどうするの?」

ポンとアイリスの手が私の肩に乗る。


……え?


「素直なのがローズの良いところなのだけどね……ちょっと迂闊だわ」

反対の肩には同じようにミランダの手も乗せられた。


……ええ!?

素直にお礼を言っただけなのに!?


「お嬢様方。失礼いたします」

スッと私達の前に歩み出たヨシュアさんは、新しいグラスが四つ乗ったトレーを持っていた。

私とミランダ、アイリスの順に新しくグラスと空になったグラスを交換していく。


「……これは?」

グラスの中には、薄いピンク色の液体が入っていた。


「こちらはモン・ブランを使用したカクテルになります」


モ、モン・ブランを使用したカクテルだと!?


「へえー、そんなのもあるのね」

「綺麗な色だわ」

アイリスとミランダは渡されたグラスの中身を見た後に、すぐにカクテルを口にした。


「んっ!さっぱりして飲みやすいわ」

「そうね!さっきのも良いけど、私はこっちの方が好きだわ!」

アイリスとミランダは嬉しそうに顔を綻ばせながらヨシュアに感想を言っている。


――一方の私はといえば、カクテルの入ったグラスに釘付けになった。


……何をどうしたらこんな色になるのだろうか?


「モン・ブランの果実に酸味のある果物の果汁を混ぜると、見た目の色が薄いピンク色に変わるのですよ」

私の思考を読み取ったかの様に、ヨシュアさんが言った。


ヨシュアさんは、サイガが有能だと言うだけのある人物のようだ。

護衛兼世話役。文武両道で、頭が良く、気配りができるのだと先ほど紹介された。


「なるほど。モン・ブランはそんな性質を持っているのですね」


まるで『マロウブルー』というハーブティーのようだと思った。

マロウブルーは、深い青色からピンク色に変わる様子が、朝日の昇る前の美しい空色の変化に似ていることから『夜明けのハーブティー』とも呼ばれて愛されているお茶だ。


注ぐ水やお湯の温度によって色が変わってしまうので、同じ色を再現するのは難しく、レモンを入れると薄ピンク色に変化する。


モン・ブランは透明で、マロウブルーのようにブルーではないが、同じような性質を持っているのかもしれない。


「『性質』か。ローズ嬢は面白い考え方をするな」

「……おかしいですか?」

私は首を傾げた。


「いや、おかしくはない。ただ、言い方が学者達のようだと思ったんだ。……それよりも早く飲んだ方が良いぞ」

サイガはチラリと私の持っているカクテルを見た。


……そうだ。

有能なヨシュアさんのことだから、最高の状態コンディションで用意してくれたはず。温くなる前に飲まないと意味がない!


「いただきます!」

せっかく用意してもらったのに、幻のお酒で作った貴重なカクテルを無駄にしてしまうところだった。


薄ピンク色に染まったカクテルはどんな味がするのだろうか。

ドキドキしながらグラスを口元で傾けた。


「……っ!」

瞳を見開いた私は、口元に手を当てながらサイガを見た。


「うまいだろう?」

サイガはニッと口角を上げて笑った。

今までの腹黒さを感じない少年のような笑みに、思わずドキッとした。


こんな風に自然に笑うこともできるんじゃないか、と。


思いがけずに動揺してしまった私は、心を落ち着かせる為に、グラスに残っていたカクテルを全て飲み込んだ。


……うん。やっぱり美味しい。

しかし、それにしても不思議だ。


濃厚なマンゴーのような味だったのに、酸味のある果実を加えただけで、色だけでなく、フレッシュなオレンジジュースのような味にまで変化してしまうとは……。


「すごいですね!流石は幻のお酒!!」

「ああ。だが、これだけじゃないぞ」


サイガはヨシュアさんが持っていたトレーの上から、誰も手をつけていなかったカクテルを取った。


それを私に差し出してきたのだが……様子が違う。


「色が……戻っている?」


私が飲むまでは薄ピンク色だったのに、無色透明に戻ってしまっていた。


「飲んでみると良い」

サイガに言われるがままに口にした私は


「……味が……戻ってる!?」

再び驚きに瞳を見開くことになった。


「戻ってるって、どういうこと!?」

私からグラスを奪ったアイリスは、そのままグラスを口元で傾けた。

そして、私と同じように瞳を見開いた。


「…………本当だわ。ほら!ミランダも!」

呆然と呟いたアイリスは、まだ少しだけ中身が残っているグラスをミランダに渡した。


「え、ええ。分かったわ」

グラスを半ば無理やりに渡されたミランダもグラスを傾けると、そのまま瞳を見開いて固まった。


私達の反応に満足しているのか、サイガはずっと笑っている。


どんな理由かは分からないが、変化した色と味は時間が経つと戻ってしまう。だから、サイガは私に早く飲むように促したのだろう。


「殿下、どうして色や味が戻ってしまったのでしょうか?」

「それは秘密だ。嫁に来てくれるなら教えるけどな」

サイガは含みのある笑みを浮かべている。


……知りたい。

だけど、サイガの元には嫁ぎたくはない。

サイガの元に行けば、モン・ブランだって飲み放題なのかもしれない。

でも……。


「……では、教えて貰わなくて良いです」

「それは婚約の申し出を断るという意味か?」


サイガは瞳を細めながら首を傾げた。


あ、しまった。

今日は曖昧なままにして誤魔化しておいて、後日、サイガが帰国してから断る予定だったのだ。


やってしまったとは思ったが……


「……はい。私はカージナス殿下の婚約候補ですので、大変申し訳ありませんが……サイガ殿下のお申し出は、お断りさせていただきます」


お酒の勢いが、私の正直な気持ちを後押ししてしまった。

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