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第三十六話

「ローズ嬢は本当に愛らしいな」

「……ありがとうございます」

「容姿だけでなく、賢い上に性格も良いとは!」

「いえいえ……」

「まさに神々の作りし至宝だ!」

「……う、運が良かっただけですわ(?)」

「ローズ嬢のような素晴らしい淑女を育て上げてくれたステファニー侯爵夫妻には、感謝をしてもしきれないくらいだ」

「……ええ、たくさんの愛情を注いでくれた両親には心から感謝しております」

「ご両親もローズ嬢のような素晴らしい娘がいて、さぞ誇り高いことだろう」

「……恐れ入ります」


私は愛想笑いを顔に貼り付けながら、相槌言葉の『あいうえお』を駆使した。

困った時に使える有名な会話術であるが……『う』の使い方が難しくないですか!?

王子相手に『うん』なんて相づちは打てないし、『嘘つきですね』なんて思っても言えない。


まあ、一先ずは何とか乗り切れた……よね?

嬉しそうにニコニコと笑うサイガを上目遣いに見た。


私とサイガの身長差は三十センチ程あるので、どうしても見上げる角度になるのだが、サイガは私の視線に気付くと、少し屈んで私と視線の高さを合わせようとしてくれるのだ。


くっ……!この世界のイケメンは無駄に気遣いができるのだ。

サイガのくせに……!!(?)



――カージナス様とのダンスが終わった後。


「羽の生えた妖精のように軽やかで魅力的なダンスだったよ」

サイガは拍手をしながら私の元にやって来た。


それからずっと私から一歩も離れずに甘い台詞を吐き続けているのだが……遠巻きに感じる、サイガとお近づきになりたい貴族や独身令嬢からの羨望の視線が痛い。


カージナス様の婚約者候補の立場である私と、隣国の王子であるサイガが二人きりなのは余りよろしくない為に、カージナス様は私の両脇にミランダとアイリスを付けてくれた。

傍目には、婚約者候補が三人掛かりでサイガを接待しているていに見えるだろう。

更に、私達の側には数人の護衛騎士が付いてくれているので、私達の会話は聞き取り難くなっているはずだ。

護衛騎士達はカージナス様の選りすぐりの人選なので安心できる。


先手を打たれて公開告白プロポーズされてしまったが、あれは何とか払拭させたいものだが――こちらは相当気を使っているのにかかわらず、全く人目を気にせずに甘い台詞を吐いてくるサイガには、頭が痛い。


甘い台詞も言われすぎると胃もたれがするのだと、私は身をもって学習した。


――誰だ。四六時中、愛を囁かれてみたいと思ったのは!?

………………若気の至り(昔の私)だよ!


胃の辺りを押えながら、隣のミランダやアイリスに助けを求めてみたが……ミランダには『気の毒ね』とでも言うように、心の底から同情したような眼差しで見つめられた。

同情するなら助けてよ……!


アイリスに至っては、相変わらず好奇心たっぷりの瞳をサイガに向けているので、私からの視線は無視スルーされた。


「サイガ様は右かしら……それとも左?……真後ろが定位置なんていうのも良いわね」

というボソボソっとした謎の呟きが聞こえた。

私がこんな状況だというのに、サイガの立ち位置を妄想しているとでもいうのだろうか?

はあ……。自由な人達が羨ましい。


先ほどまでサイガと対峙していたミレーヌは私達とは一緒にはおらず、カージナス様に付いて会場を巡っている。

ここにミレーヌが居てもサイガと言い争いになるだけなので、連れ出したのだろう。


ミレーヌと一緒に居られないのなら、私がこの夜会に参加する意味は無いのだが……急遽、サイガの接待担当になってしまったので帰ることは叶わない。


……ああ、帰りたい。

こんなことならカージナス様の頼み事なんて引き受けるんじゃなかった。

あの時にお詫びとして貰ったワインじゃ安すぎる。


……そうだ!今日の私の接待の対価として更なる高級ワインを請求せねば!!



「…………ローズ嬢?」

いつの間にか、サイガが正面から私の顔を覗き込むように見ていた。


「ええと……どうなさいましたか?」

急いで笑顔を取り繕う。


……しまった。気を抜いていた。

本心で何を考えているか分からないサイガの前で迂闊だった。

しかし、アイリスはともかく、ミランダが一緒にいたのだから大丈夫だよね?


微笑みを浮かべているサイガをジッと窺うと、

「やっぱり、君にはこれが必要なのかな?」

サイガの口角が上がった。


パチン。

瞳を細めて微笑んだサイガは、おもむろに指を一回鳴らした。


訳が分からずにキョトンとした私の後方から、ガラガラと何かの音が聞こえてくる。

音のする方を振り返ると、男性使用人らしき人が木の箱が乗った台車を押してこちらへ向かって来る姿が見えた。


「殿下。お待たせいたしました」

男性使用人は私達の元に辿り着くと、押していた台車を止めてからサイガに一礼をした。


「ああ、ありがとう」

サイガは男性使用人に向かって手を上げてそのまま下がらせると、代わりに執事のような黒い制服を身に付けた浅黒い肌の若い男性が、サイガの後ろから音も立てずに現れた。


「ヨシュア」

サイガがそう呼んだ男性は、流れるような手つきで箱の中から《《ある物》》を取り出し、それをサイガに手渡した。


「ローズ嬢はお酒が好きと聞いた。我がブラン王国でしか味わうことのできない逸品を用意したから、是非とも試してみて欲しい」


そう言いながらサイガが掲げた物は……


「ま、まさかそれは、モン・ブラン!?」

私の度肝を抜くほどの超高級酒だった。


「おお、ローズ嬢は知っていたか」

「も、勿論です!」

私の目は超高級酒の瓶に釘付けだ。


【モン・ブラン】は、ブランの砂漠地帯でしか育たない果実を使って作られたお酒なのだ。

昼のジリジリと焼け付くような過酷な暑さの中でしっかりと果実を熟らせ、昼とは真逆の夜の極寒の気温の中で味を引き締める。

その果実の逞しさから、ブランの国宝だとも言われるほどだ。


この超高級果実酒は、その稀少さ故にブラン国外には決して流通されないのである。

ブランに住んでいても口にできる者が限られるほどの……お酒。


どこかで聞いたことのあるような洋菓子の名前にとてもよく似ているが、全くの別物である。



「どうする?飲みたいよね?」

【モン・ブラン】の瓶を持ったサイガは、人を堕落させる悪魔のように見えた。


ゴクリ。

私は思わず唾を飲み込んだ。


サイガの言葉に頷いたら……私はもう二度と戻れないかもしれない。

断ったら、こんな機会は二度とないかもしれない。



私は……私は…………!


「飲みたいです!!」

私は悪魔に魂を売った。



「ローズ……あなた、チョロすぎるわよ」

ミランダの方からそんな声が聞こえたが、私は気にしない!


お酒との出会いは一期一会だもの!!


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