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第三十五話

「……すまない。本来ならばこれは君が知るはずのなかったことなのだが――」


そう切り出したカージナス様は、隣国ブランからローズへ、婚約の打診があったことを説明してくれた。


私の耳に入る前に秘密裏に断わられ、再度婚約の打診が起こらないように、念のために私をカージナス様の婚約者候補へ加えた。そうすれば、少なくともカージナス様の婚約者が正式に決まるまで、候補者は誰とも婚約することができないからだ。


「そうでしたか」

カージナス様からの説明を聞いた私は、小さく頷いた。


ブランとはまた違う国に嫁いでいる姉がいるせいか、他国からの婚約の打診があったことに対して驚きこそあれ、私は冷静に状況を理解していた。


上位貴族の侯爵家の令嬢として生まれた以上、『家の為』、『国の為』と言われれば、どんな婚約も受けるのが務めであると、私達はそう育てられている。


もし、その当時に私が婚約の打診を知らされていて、それが国益の為であったなら、サイガ王子との婚約を二つ返事で了承していただろう。断る理由がないし、当前のことだからだ。


好きな相手と結婚できる令嬢がまれなのだ。好きな相手でなくとも少しずつ好きになれば良い。そうすれば、私達は幸せになれる。



――と、貴族としての建前はここまでにしておく。


前世を日本人として自由に生きていた私としては、貴族社会は面倒でしかない。

走るな、下品に笑うな、淑女らしく等と求められるものは多い。

だからこそ面倒な縁談を断ってもらえて良かったと心から思う。

何度も言っているので省略するが……サイガとの結婚は私の望むところではないからだ。

スローライフできないもん。


そんな私が妥協する結婚が、婿養子なのだ。

隣国ブランならば、サイガではなく弟である第二王子リュートの方が良い。

年下ではあるが、ステファニー侯爵家への婿入りをしてくれる可能性が高いし、リュートはサイガと違って素直な良い子なのだ。

ルカ様もだが、兄が腹黒だと下の弟は素直になるのだろうか?



「今日の夜会にサイガが出席する予定なんてなかったんだ」

カージナス様は、気まずそうな笑みを浮かべた。


――カージナス様が、私を例外扱いしてくれる理由は何だろう?

一貴族令嬢に対してカージナス様がどうしてここまでしてくれるのか……その理由の方が分からないのだ。


カージナス様との協力関係(主従関係?)は最近のことだし、腹黒王子のカージナス様なら、政治の駒として嬉々して私をサイガに嫁がせそうなのに……。


「……一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何だい?」

「カージナス様は、どうしてここまで私に気を使って下さるのでしょうか?」


幾ら考えても答えが出ないなら、いっそのことはっきりと聞いてみようと思ったのだが……


「……ああ、うん。まあ、聡い君なら疑問に思うだろうね」

カージナス様は更に困ったような笑みを浮かべた。


聡いとか、聡くないの問題ではない気がする。普通の令嬢ならば誰もが疑問に思うはずだ。


想い人であるミレーヌや、ミランダのような特別な魔法使いを国外に出したくないという理由で断るのは分かるのだが。


「正直に言えば、君の為というよりも……私個人の私的な理由からだ」


……私的な理由?

益々、理由が分からなくなった。


「今すぐにその質問に答えることはできないが……その時が来たら話したいと思っている」

困った顔でそう言われたら、カージナス様が相手でも問い詰めにくい。

これが計算なのか素なのか分からないから腹黒は困る……。


「……分かりました」

「ありがとう。ローズ」

ジト目で了承した私に向かって、カージナス様は苦笑いを浮かべた。


いつか話してくれるというなら、私には待つしかない。

はっきりさせたかったのに、うやむやになったせいで、心がモヤモヤする。

結局のところ、一歩も進まずに後退しただけな気が……


「それで、これからのことはどうするの?」

今まで黙って話を聞いていたアイリスが、口元に指を当てながら首を傾げた。


「…………」

「ローズ、聞いてる?大事なのは《《これから》》よね?」

アイリスはチラリとサイガの方へ視線を向けた。


……できればこのまま、無かったことにしたかったけど――


アイリスに釣られるようにしてサイガの方を見ると、またしても蕩けるような笑みを浮かべるサイガと目が合った。


……そうはいかないよねぇ。


「婚約の打診を断られたはずの隣国の王子様が直々に、この国にいらっしゃったということは、断られたことが不服だからではないのかしら。だからきっと直接乗り込んでいらしたのよ」

「アイリス!何を言い出すのよ!」

「……何よぉ。誰も言わないけど、これが一番大切なことじゃないの?」

窘めるようなミランダの声が不服だったアイリスは頬を膨らませた。


「カージナス殿下は、サイガ様とローズを婚約させたくないのよ?書簡のやり取りならどうとでもなるかもしれないけど、ここに直接来ちゃった王子様をどうやって説得して、穏便にお帰りいただくのかなんて、気になって当たり前でしょう?それでなくとも公にプロポーズしてるのよ?カージナス様の手腕が問われるわね!」


カージナス様が目の前にいるというのに、好奇心いっぱいの瞳を隠さずに堂々と言ってのけるアイリス。


……流石はアイリス。心臓が強い。


「君は意外とはっきりと物言うのだな」

カージナス様は気分を害した様子もなく、楽しそうな笑みを浮かべている。


何となく黒いものがチラチラ見え隠れしてる気がするが……自分で蒔いた種は、自分でどうにかしてね?

あれは新しい玩具を見つけた顔だったからね!?私は知らないよ!?


「ええ!私は当事者ではありませ……もがっ。むぐぐっ……!」

「……あなたはもう黙ってなさい」

アイリスの口元はミランダによって塞がれ、最後まで言葉になることはなかった。


恐らくミランダは、カージナス様の不穏なオーラを察したのだろう……。


「しかし、殿下……アイリスの言葉ではありませんが、どうなさるおつもりですの?」

ミランダの言葉に合わせるように、私もカージナス様を見た。


本来ならば、サイガと私がこうして出会う予定はなかった。

だが……会ってしまった。

何の連絡もなく訪問して来たのだとしても、隣国の王子を邪険に扱うことはできない。

賓客としてそれ相応の待遇をしなければならないのだ。


「取り敢えず、今日のところは適当に相手してやってくれないか。私はサイガと君を婚約させるつもりはない。それだけは安心して欲しい。頼む」

「ちょ……!カージナス様!」

カージナス様はホールの端とはいえ、公の場で私に頭を下げようとしたのだ。


慌てて押し止めたのでセーフだったが……誰かに見られたらどうするのだ。

こっちの方がハラハラする……。


カージナス様はずるい。

自国の王子に頭を下げられたら家臣は逆らえないじゃないか。


「……頑張ります」

私は深い、深い溜め息を吐きながら頷いた。

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