第三十三話
確かに、マリアンナに言ったよ?
『新しい恋をゲットしてくるわ!』って。
しかし、それは建前というか……マリアンナの気持ちを和ませようとして出た話であって、本当にその気があったのか?と聞かれると、微妙なところである。
それにまだ私は……………………って、駄目だ。
ふと浮かんだあの人の姿を頭を振って追い出す。
あくまでも私の今の立場は、この国の第一王子であるカージナス様の《《婚約者候補の一人》》なのだ。
その看板を背負ってこの場にいる以上、カージナス様に恥をかかせてはいけないし、損になることもしてはいけない。
『カージナス様の為』は、イコールで『私の為』でもある。
例え、カージナス様の正式な婚約者になれなくても、私の評価としてプラスとして残るので、後々のお婿さん選びにも有利に働くのだ。カージナス様と結婚する気がない私にとってはこれこそ大事なことだ。
……なのにどうして私は、こんな公開告白を受けているのだろうか?
そもそも私とサイガは今日が初対面のはずだ。過去の記憶を辿ってもそれらしい記憶はない。……一目惚れにしては不自然だし、そもそも目が合った時点で、サイガは既に私のことを知っていた様子だった。
さっさと断ってしまいたいが……。
相手が相手なだけに対処が難しく、私は目の前で跪く相手をただただ困惑の眼差しを向けることしかできないし、掴まれた手を無下に払うこともできない。
この人を相手にフラグを立てた覚えはないんだけどな……。
仮に、知らない内にフラグを立てていたとしても、フラグの回収が早すぎるわっ!
カージナス様の方へ視線をさ迷わせると、カージナス様は私に向かって大きく頷いて見せた。
助けてくれるのかと思いきや……。
カージナス様は、親指を立てながら良い笑顔を浮かべただけだった。
「きゃっ!素敵!」
背後のアイリスが喜ぶような笑顔で。
この場においてもマイペースなアイリスが羨ましい。こんな風に私も他人事のように楽しめたなら良かったのに……。
当事者としては、カージナス様に対する、やり場のない怒りが沸々と沸いてくるけどね?!
『幸運を祈る!』――じゃない。
……この裏切り者ー!!
私はギリリと歯を噛み締めた。
カージナス様に見捨てられた今。
この状況を自分でどうにか乗り越えなくてはならない。
『仮にも今の私の立場はあなたの婚約者候補なのですよね!?こんね無責任なことをするなら最初から候補に選ばないでいただけますか?!』
――と、喉まで出かかった言葉は、どうにかこうにか奥歯で噛んで飲み込んだ。
飲み込みたくもない物を飲み込んだせいか、胸がモヤモヤする……。
私はあなたの大好きなミレーヌではないですけれど、助けてくれたって良いじゃないですか!
……裏切り者!!(二度目)。
やり場のない怒りの堂々巡りだ。
「……求婚して頂いたことは大変光栄なことではありますが……今の私は、我が国の第一王子であるカージナス殿下の婚約者候補という立場なのです。そんな私が殿下の求婚をお受けする訳には――」
「大丈夫!何とかするから!」
少しでも健気に見えるように、断ることに対しての申し訳なさを全面にアピールしながら、断り文句を口にしたというのに……その言葉は、サイガに途中で遮られた。
サイガは私の両手を掴みながらニコニコと笑っているが……そうじゃない!!
この場において一番最善の対応をするはずだったのに、遮りやが……コホン。
ええと……サイガはこの始末をどうしてくれるのか。
「……恐れ入りますが、私と殿下は――」
「大丈夫!君は何も心配しなくて良いよ!安心して嫁いでおいで?」
だ・か・ら!私の言葉を遮るな!!
ついでに、未婚の女性に軽々しく触れてくれるな。
私、この世界の言葉話しているよね!?
……どうして通じないかな?
泣きたくなってきた。
褐色の肌に淡い金色の髪と琥珀色の瞳。
外見は私の知る『マイプリ』のサイガそのものだ。
ゲームの中のサイガは、天真爛漫で空気も読めない、何も考えていない能天気さを《《装おっていた》》が、実は……カージナスのようにお腹が真っ黒な人物であった。
隣国の第一王子であるサイガの命を狙う者は多く、サイガはいつも選択や駆け引きを迫られてこれまで生きてきた。
生きるためには知識や情報が必要不可欠で、心休まる時はなかった。
サイガは、自分に寄り添い、心から支えてくれる相手を求めている。
サイガに選ばれると、ヒロインも命が狙われるようになる。命がけでヒロインを守るサイガには少しだけキュンとしたが……現実的に命を狙われるのは勘弁して欲しい。
前世の記憶を取り戻してからまだ一年も経っていないのに、命を狙われる立場にはなりたくないし、そもそも自国の王子とでさえ結婚したくないのに、隣国の王子との結婚なんて更に考えられない。
何度も言うが、私が求めているのは、次男以下のステファニー侯爵家に婿入りしてくれる男性なのだから。
実家で旦那様のお手伝いをしながら、ゆっくり過ごせるなんて最高じゃないか。
好きな人と一緒なら尚更――――って、はあ……。駄目だ。
今はそんな場合ではないのに。少しでも気を抜くとネガティブな思考に切り替わる。
目の前の相手をどうにかする為に、もっと気持ちを引き締めなければ。
目の前のサイガが、ゲームの中の彼と同じならば、カージナスよりもやや手強い腹黒だ。
必要ならば、誰かを殺すことも厭わない。
カージナス様の時のように、弱味を握られないようにしなければ私の未来は――――
「ローズ嬢は失恋をしたのだろう?ならば新しい恋の相手が必要だと思うのだが?」
サイガはニッコリと笑った後に、私の手の甲にチュッと唇を落とした。
「…………え?」
サイガからの思いもよらない爆弾発言により、私の身体は硬直した。




