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第三話

『お父様の事情は分かりました。でも、私は何もしませんよ?それでも良いのですか?』

私は確かに昨日、お父様にそう言った。


ヒロインになるのも悪役令嬢になるのもご免だからだ。


「お嬢様!!カージナス殿下がいらっしゃいました!」


カージナス様がローズを訪ねて来るストーリーなんてゲームにはなかったはずだ。

……なのに、どうしてこうなった。



*******



「急に訪ねたりして悪かったね」

メルロー第一王子カージナス様は、言葉とは裏腹に全く悪びれた様子もない瞳で私を見ている。


「いえ……。殿下のご来訪を嫌がる者がどこにいるでしょうか」

私はサラッとその視線を受け流し、模範的な態度で対応をする。

勿論、本音は『()()()()』だ。



急遽、中庭に用意したお茶の席。私とカージナス様はテーブルを挟んだ状態で対話をしている。


「婚約候補に上がった方々とは、自分からきちんと話をしたくてね」

カージナス様はゆったりと椅子にもたれ掛かり、私に向かって柔らかい笑みを向けてきた。


「……ご厚意ありがとうございます。カージナス殿…」

「『殿下』はいらない。カージナスで良い」


有無を言わさない圧力を感じた。

私はそっと溜め息を逃がし、その圧力に逆らうような真似はせずに素直に従うことにした。

この状態の彼に逆らえないことはゲームで学んで分かっている。


素直に従う私を楽しそうに見ていたカージナス様は、私から視線を外して周りの景色へと視線を巡らせた。


「ステファニーは良い所だ。自然は溢れているし、領民は温厚。とても豊かだね」


決してそんな世間話をしに来たわけではないだろうに……。

一体、この腹黒は何を考えているのだろうか?


「……カージナス様。失礼を承知で言わせて頂きますが……何故、ミレーヌ様がいらっしゃるのに私を候補に推薦したのですか?カージナス様はミレーヌ様のことがお好きですよね?」

「ふふっ。頭の良い子は好きだよ」

カージナス様は口元を綻ばせているが、その瞳は私を試すように冷静だ。


「ありがとうございます」

「ありがたみが全く籠ってないね」

クスクス笑うカージナス様に合わせ、私は黙って微笑んだ。


ここで否定する行為はただの無意味である。

カージナス様は私の気持ちをお見通しのようだからだ。


「僕はね。君にとても興味があるんだ。……ああ、そんな嫌な顔しなくても恋愛感情ではないよ」


勿論、私は自分の感情を表には出していない。令嬢スマイルを浮かべているだけだ。

だから、これはカージナス様が私の気持ちを推測した発言であり、引っ掛けだ。


……流石は計算高い腹黒。


私は更に気を引き締めることにした。

ここで弱味でも握られたらおしまいだ。

こき使われるだけ使われて……捨てられる。そんな予感がする。

こうしてお茶を飲んでいる僅かな間でも、カージナス様の瞳は私の一挙一動を伺っているのだから。



……厄介なのに目を付けられた。


私はこの人に目を付けられるような()()をしただろうか……。

今日まで会話もしたことがないというのに、だ。


「僕はローズ嬢に警戒されるようなことをしたかな?」

「警戒だなんて……。カージナス様が目の前にいらっしゃるのに緊張しない令嬢なんておりませんわ」

そう言いながら、恥ずかしそうな顔を作って瞳を伏せてみる。


この化かし合いをいつまで続けるのだろう……。

ウンザリし始めた時。


「『シャルル』」

突如、カージナス様が彼の人の名を告げた。


「……え?」

思いがけない人の名前を言われた私は、目の前にカージナス様がいることも忘れて呆けてしまった。

そんな私を珍しい物を見る様な瞳で見ていたカージナス様は、ニッと口角を上げた。


「一年前のデビュタントの時に、ローズ嬢……ローズ、君はシャルルにプロポーズをしたらしいね?」

「……っ!? カージナス様、それをどこで……?」


『ローズ』と気安く呼び捨てにされたことに反論するのも忘れて、私は話しの続きを促した。


「さあ……どうだったかな? 忘れてしまったよ」

心から楽しそうな笑顔を浮かべるカージナス様。


私から令嬢スマイルを剥がせたことにご満悦なようだ。


やられた……。

私は唇を噛み締めた。


『シャルル』『プロポーズ』この二つのワードで見事に釣られてしまった。


使い捨て決定か……。


私はツンとカージナス様からの視線から逃れるようにそっぽを向いた。

子供っぽいとでも何でも言えば良い。


「へー。脈ありか……」


ぶすくれていた今の私には、カージナス様の声は聞こえていなかった。


「ローズ」


ツーン。


一度目の呼び掛けは無視した。


「ローズ?」


ツー……

二度目の無視は……不敬になるだろうか……?


私は恐る恐るカージナス様の方を見た。


しかし、意外にも気分を害した様子もなくニコニコと笑っていた。


そう……腹黒い笑みでニコニコ(ニヤニヤ)と。


ああ……。この笑顔も()()()()()|。

間違いなく何かを企んでいる時の顔である。


一体、私は何をさせられるのか……。


「ローズ。僕は君にお願いがあるんだ」


ほら来た。

どうせ汚れ仕事か何かだろう。


「……何でしょうか」

私は無愛想に答える。


今更この人に愛想を振りまく必要はない。


「君にはミレーヌと仲良くして欲しいんだ」


ほら来た!!

って……あれ?


「どういうことですか?」

眉間にシワを寄せ、訝しさ全開という表情を隠さないまま、カージナス様に尋ねた。


「言葉通りだよ。ミレーヌには同い年の友達が少ないんだ。その友達に君がなってくれたら嬉しいなって」

「……何を企んでいるのですか?」

「企むって………酷いな。そうだな……でも、僕のいうことを聞いてくれるなら、君の望みを叶えてあげるよ」

カージナス様は椅子から立ち上がると、私の方に向かって歩いて来た。


そうして、私の耳元に顔を寄せ……

「『シャルル』。彼を君のお婿さんにしてあげる」

囁いた。


「……っ!!」

耳元を押さえながら立ち上がった私はカージナス様を睨み付けながら、距離を取った。


「うん。やっぱりローズ、君は良いね。僕に向けるその嫌悪感や無関心な表情は最高だ」

パチパチと手を叩き、拍手を私に向けてくる。


「デビュタントの時、僕と踊らなかったのは君だけだった。それが君を選んだ理由だよ?」


何だ……その理由は。 変態か!

ゲームのカージナス様は腹黒いながらも、もっとまともだったはずなのに……。

圧倒的な敗北感が沸いてくる。


「今日はもう帰るよ。ミレーヌの件、前向きに考えておいてね?」

カージナス様はクルリと踵を返しながら手を振った。



『もう二度と来るな!!』


そう込み上げてくる叫びを喉元で抑え付け、見送りのために頭を深く下げた。

……唇を強く噛み締めながら。



**


「……今日のローズはどうしたんだ?」


ディナーの席でシャンパーニュにも手を付けず、ニコリとも笑わない私を見たお父様は、強面な顔に『心配』の文字を貼り付けながらお母様に尋ねている。


「今日はカージナス殿下が訪ねていらして……それからああなんですのよ」

お母様は苦笑いを浮かべながらチラッと私の方を見る。


「……ああ。なるほどな」


お父様は何かを察したらしい。

意外にもお父様は空気の読める男性だったのだ。素敵だ。


お父様とお母様の声はちゃんと聞こえているし、心配してくれているのにも気付いているけど……今日は駄目なのだ。

大好きなお酒にも手が伸びない。


カチャッと静かにテーブルの上にフォークとナイフを置く。

お腹も空いてないのだ。


「ご馳走様でした……」

「ろ、ローズ!ちょっと待ちなさい!」

部屋に戻ろうと立ち上がった私をお父様が呼び止めた。


「……ドンペリニヨンを貰ったのだが、一緒にどうだ?」


座ってるお父様の脇から、スッと執事のシリウスが歩み出た。

その手にはドンペリニヨンが握られていた。


そ、それはエルサームの幻のドンペリニヨン!? しかもピンクだ!

かなりの貴重品でなかなか手に入らない一品だ。


「是非、頂きますわ!!」

私は急いで席に座り直した。


我ながら現金だとは思うが……これを飲まずには死ねない!!


シリウスがグラスに注いでくれるのをワクワクとした気持ちで待つ。


グラスの中の上品なピンク色は、まだ見ているだけだというのに私の頬を染め上げて行く。


「ローズ様。どうぞ」

「ありがとう。シリウス」

グラスを受け取った私は、そっとグラスを揺らしながら注がれたドンペリニョンを視覚でも楽しんだ。

グラスが揺れる度に、豊潤なフルーツの様な香りが鼻を擽り、パチパチと消えては生まれる小さな泡が美しい。



コクン。

一口目から分かるこの美味しさ……。


あっという間にグラスが空になってしまう。


これがエルサームのドンペリニョンの味……噂に劣らない素晴らしい味だった。



「お前の機嫌が治って良かった」

お父様はグラスを片手に嬉しそうに私を眺めている。


『お父様、ありがとうございます』そう言いかけて……私は口をつぐんだ。

何故ならば……。


「カージナス様に感謝だな。ローズの機嫌を治してしまうほどのこんなに良いお酒を下さるとは」

ご機嫌になったお父様がこんなことを言い出したからだ。


な・ん・だ・っ・て!?


「あ、あなた……!」

「ん?どうした。お前も遠慮しないで飲みなさい。殿下のお心遣いなのだから」

慌てるお母様と、室内の空気が冷え切っていくことに気付かないお父様。


前言撤回。お父様は空気を読めてなんていなかった。

素敵だなんて思うんじゃなかった。


怒りで瞳がスーッと細くなっていくのを感じた。



「……私、お父様とは三日間お話しません」

「ろ、ローズ!?」

悲痛な叫びを上げるお父様を無視して、二杯目のドンペリニヨンの入ったグラスを傾けた。


お酒に罪はない。

そうして私はお父様の分まで飲み尽くしてやった。

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