第二十九話
マイプリでルカを選択した場合、彼が十七歳になってからストーリーが始まる。
公式によると、ルカとヒロイン達には四歳という年の差があるからとの記述があった。
設定が異世界であるとはいえ、十七歳のヒロイン達と十三歳のルカとの恋愛は少々難しいだろう。大人の事情的に。
この年齢差が男女逆のパターンではよくあることは……一先ず置いておく。
ああ……。ヒロイン達の中でローズだけが唯一、ルカに選ばれることのない存在というのが解せぬ。とっても解せぬ。ぐぬぬぬぬっ。
……だって、私はルカ推しだったんだもの。……ぐすん。
『マイプリ』のルカとヒロイン達との関係はちょっと複雑だったりする。
ルカと同世代の少女達とは違い、大人の魅力と包容力のあるヒロイン達と、年の差があるルカとでは色々な障害が付いて回る。
『恋愛に年齢は関係ない!』……と言いたいところだが、第三王子ルカは『第一王子のカージナスの弟』という存在でしかなかったのだ。ルカと結婚しても王妃にはなれない。中途半端な立場。
ステファニー侯爵家ならば、ルカの婿入りはウェルカムだ。だからこそ攻略対象者から除外されたのかもしれない。……と、真実はどうであれ、そう思いたいのが乙女心である。
残念ながら……障害があった方が燃えるでしょ?的な考えにしか思えないが。
アイリスかミランダのどちらかを選んだ場合――幼い頃にヒロインに一目惚れをしたルカは、自分の置かれた現状を変える為
に奮闘する。
ハッピーエンドはめでたく結ばれるが……バッドエンドでは『あなたのことは弟のようにしか思えない』と言われて恋心は実らず、尚且つヒロインは隣国の王子に嫁いでしまうのだ。永遠に手には入らない。
しかし、ミレーヌの場合だけは少し違う。
ミレーヌのキツめな顔が……ルカは苦手なのだ。
それは、ルカが五歳の頃にミレーヌに似た面影のある侍女から、密かに虐待を受けていたからだった。躾と称してのネチネチとした虐待は、決して身体には痕を残さなかった。
それ故に国王夫妻も気付けなかったのだが……。
侍女に似ているミレーヌを目の前にすると、無意識に身体が竦んで顔が強張る。ミレーヌの浮かべる柔らかい笑顔さえも、悪意に感じてしまう。――という完全なトラウマからだった。
その侍女はカージナスの気を引けない苛立ちをルカにぶつけていたのだ。
そんな理不尽な理由で虐げられていたルカ。
ミレーヌを選んだルカは、自分の過去に向き合い一緒にトラウマを克服していく……。
因みに、ハッピーエンドは無事に結ばれるが、バッドエンドでは精神的に病んでしまったルカがミレーヌを道連れに死ぬ。
……ルカのルートはなかなかに重いのだが、年齢差も気にせずに頑張るルカが好きだった。駆け引き無しで自分の想いをストレートに伝えてくれるルカにキュンキュンしたのだ。
今まで年下が恋愛対象外だった私が、年下も大丈夫になったのはルカのお陰である。
とはいえ、リアルで恋愛が出来るかは…………別だけどね!?
――と、私の話はこの位にしておこうか。
ミレーヌが苦手ということは、この世界のルカ様も侍女から虐待を受けていたということだ。だからこそ彼女に似たミレーヌが苦手なのだろう。
ゲームの中では、八歳までの三年間そのまま誰にも気付かれなかったと言っていた。
天使のように可愛い私のルカに、何をしてくれてるのか……。どす黒い感情が胸を占める。
「ミレーヌ嬢は兄上に似ているので苦手なのです」
ルカ様は苦笑いを浮かべた。
「……え?……侍女ではなく、ですか?」
思わずポロリと口から溢れた。
「侍女……?」
瞳を丸くしながらキョトンとした顔で首を傾げるルカ様。
……あれ?
思っていた展開と、違う?
「僕の侍女がどうかしましたか?」
「い、いえ。ルカ様の侍女にミレーヌに似た方がいたと聞いた気がしたのですが……」
「ああ。『リエナ』のことですね」
愁いも翳りも見せずにルカ様が微笑む。
「リエナはとても優しくて、僕にとっては第二の母の様な存在でした」
そう言ったルカ様の顔色を窺っていたが……これまたルカ様の表情は少しも曇ることはなかった。
「リエナはバーグ子爵に見初められて、嫁いでいってしまったので、もうここにはいませんが」
「……そうだったのですね」
私は内心で酷く狼狽していた。
ゲームの設定とは違う……のかと。
ルカ様が虐待されていて欲しかったわけではないし、寧ろ、何にもされていなかったのであれば、これほどに嬉しいことはない。
何が問題かと聞かれたら、それはミレーヌのことだ――
「……ルカ様。失礼ですが、ミレーヌとカージナス様はどういったところが似ていらっしゃるのでしょうか?」
「そうですね……兄上はとても策士なのですが、ミレーヌ嬢も兄と全く同じ匂いがするのですよ」
……ミレーヌがカージナス様と同じ匂いがする?
ルカ様のこの発言は、俄には信じられないことだった。
純粋で優しくて可愛いミレーヌが、カージナス様と同じ腹黒だとルカ様は言っているのだ。
……いやいやいや、そんな馬鹿な。
そんな話があるはずがない。
だって、ミレーヌはカージナス様のせいとはいえ、友達でさえまともに作れないんだよ!?そんなミレーヌが……策士で腹黒?
「僕は第三王子という立場から、色々な思惑や感情を身近で受けてきたので、他人の善悪を把握するのには長けていると自負しています」
ここで初めてルカ様の表情に愁いが混じった。
……私の知る限り、この世界のルカ様も聡明な方だ。見た目は天使のようだし。
そんなルカ様が言う『ミレーヌ』は一体どんな人物……?
――いや、ちょっと待って。
こんな話に似たことを誰かが言っていなかった?
…………そうだ。
あれは確か、ミランダだ。
『ミレーヌ様には気を付けた方が良いわよ』
ミランダはあの時にそう言った。
…………。
そんなまさか。
私はまだ信じられそうになかった。
あの《《ミレーヌ》》がカージナス様と同じはずがないと、心が否定し続けている。
「今は僕を信じられなくても良いです。でも……あなたには傷付いて欲しくない」
ルカ様は私の右手を取ると、その甲に口付けを落とした。
「……!?」
ル、ルカが私の手、手に!?
「僕は誰よりもローズ嬢だけの味方です。何かあった時は頼って下さいね?」
そう言うとルカ様は微笑みながら、再度手の甲に口付けを落とした。
「絶対ですよ?」
「…………はい」
上目遣いに私を見るルカ様の年齢に似合わない妖艶な微笑みを前に逆らえるはずものなく、私は頬を赤く染めたまま大きく頷いた。
「良かった」
私の返事を聞いたルカ様は、安心したような明るい笑顔を浮かべた。
私のよく知る天使のような微笑みだった。
ルカ様の笑顔に思わず私の顔も綻んだ。
その後は、ルカ様との他愛もないおしゃべりで時間は過ぎて行き――これからは互いに手紙でのやり取りをすることを約束して解散となった。
ローズがルカと談笑するという、ゲームの中では有り得なかった展開……。
それは私がずっと望んでいた夢のような時間だった。
……だからこそ、この時の私は色んな意味で油断していたのだと思う――――。




