第十六話
……逃げた。
私は逃げ出してしまった。
告白をしたまま……返事も聞かずにシャルル様の前から逃げ出した。
最低だ。
そうして逃げ帰ったゲストルーム。
部屋のほぼ中央に置かれた少し大きめなベッドに突っ伏した私。
自分の晒してしまった醜態が……恥ずかしくて、恥ずかしくて……泣いてしまった。
泣き疲れてそのまま眠れるはずもなく、気付いたら朝になってしまっていた。
……今日もミレーヌの代理としての公務があるというのに……私の顔や瞼はパンパンに浮腫んでしまっていた。
顔だけが取り柄のローズの顔がとても酷い事になっている。
このままお化け屋敷のお化けにでもなれそうである。
こんな顔じゃ誰にも会いたくないし……とても会える状況ではない。
自分の邸であればエルザが何とかしてくれただろうが、ここにはエルザはいない。
このゲストルームにも侍女さんはいるが……こんな顔を晒すのは流石に抵抗がある。
代理として失格だ…………。
シャルル様に合わせる顔もない。
あーあ……。今度こそ本当に呆れられただろうな……。
自嘲気味に微笑んだその時。
トントン。
誰かがゲストルームの扉をノックした。
一瞬だけ『まさか、シャルル様?』と身構えた私だったが、『入るわよ』ドアの外側から聞こえたのは私が良く知っている女性の声で……。
私の返事も待たずに部屋の中に入ってきたのは、なんとミレーヌだった。
「ミ……レーヌ?」
私は部屋に入った来た彼女をポカンと見上げた。
ミレーヌがここに来れないから、私が来たはずなのに……何故彼女がここにいるのだろうか?
「……酷い顔ね」
眉を寄せ、困った様な顔で笑うミレーヌ。
これは……夢?
「夢じゃないわよ?」
頬をつねりかけていた私の顔に温かい物が押し付けられた。
……ホットタオル?
「カージナス様に話は聞いたわ。……こうなっているだろうと思って持って来たの。しばらく顔に乗せときなさい」
ミレーヌに言われた私はそのまま素直に従う事にした。
これで顔の浮腫みが多少はなんとかなるだろう。
「どうしてここに?」
顔面に乗せたホットタオルを両手で押さえながら、私はミレーヌに尋ねた。
ミレーヌが今ここにいてくれる事はとても嬉しいし、心強い。
だけど……意味が分からない。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るの?」
「今回の視察はカージナス様と私がお膳立てした事なのよ」
「……え?」
「ローズとシャルル様をもっと仲良くさせてあげたかったのよ」
「私と……シャルル様?あれ……ミレーヌも知って……ってそうか。知ってるよね」
私は苦笑いを浮かべた。
カージナス様がミレーヌに言わないはずもないし彼女の聡さがあれば、私のおかしな言動から察知する事だって可能だ。
「でも、私に用事があった事は確かなのよ。そこは嘘じゃないの」
「そうなの?ミレーヌがそう言うなら私は信じるけど」
「良かった……!早めに用事が済んだから合流しちゃったのだけど……来て良かったかしら?」
「勿論!……私、色々とやらかしちゃったから……ね」
小さく溜息を吐きながら笑うと、ふわっと柔らかい物に身体が包み込まれた。
「……ミレーヌ?」
ミレーヌが私を抱き締めてきたのだ。
その温もりに癒やされた私は、昨日の事をミレーヌに説明した……。
**
「そうなのね。ねえ……治るって言ったら治したいと思う?」
「え……?」
「シャルル様がいる時にお酒を飲むとローズが色々と失敗しちゃう事よ」
「……それ、治るの?」
「ええ。多分だけど原因が分かったの」
「本当!?」
私は顔に乗せていたホットタオルをむしり取ると、そんな私の行動に驚いたのか、ミレーヌがキョトンとした顔をしていた。
「治るの?……というか病気だったの?」
「病気ではないわ」
「違うの?では……どうして?」
「うん。いつもの可愛いローズに戻ったわね」
私の頬を撫でながら微笑むミレーヌ。
百合っ気はない私だが……カージナス様の気持ちが少し分かった。
うん。やっぱりミレーヌは可愛い。
というか見た目の派手さとのギャップって……萌え要素がバリバリじゃないか。
「ローズ?聞いていた?」
「……ごめんなさい。聞いていなかった」
「もう!カージナス様みたいな顔になっていたわよ?」
……それは嫌だ。一緒にはされたくない。
「だからね、ミランダ様にお会いしてくると良いわよ」
ミランダ様……?
「ミランダ様って……四番目の婚約者候補の『ミランダ・バン』侯爵令嬢の事?」
「そうよ。他にいるかしら?」
……私の知り合いの中にはいないけど……ミランダ様?
今の私の頭の中は『?』マークが大半を占めている。
三番目の婚約者候補者のアイリス様を飛び越えて四番目?
って……そういう話ではない。
どうしてここでミランダ様の名前が出てくるの?
聡明でとても頭の良いミランダ様だが……どうして彼女に私の事が分かるのだろうか?
口に出していない私の疑問を何故か正しく理解してくれたミレーヌがニッコリと笑った。
「ミランダ様は魔法使いなのよ」
……と。




