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第十四話

「……えっ?」

右の頬に触れた柔らかいものは、清潔感のある真っ白いハンカチだった。


「果汁が飛んだのか……汚れてしまってますね」

シャルル様はニコリと微笑むと、私の右頬……カージナス様にキスされた辺りをゴシゴシと擦りはじめた。


……シャルル様?


呆然としながらシャルル様の顔を見上げると……

「あ、もしかして痛いですか?」

シャルル様が慌て出した。


「い、いえ!大丈夫です」

「それなら良かった」

ホッと溜息を吐きながらはにかむシャルル様。


きっとシャルル様は、私のことを気遣ってくれたのだと……思う。

「ありがとうございます。ハンカチは洗ってお返ししますね」

そんなシャルル様の心遣いが嬉しかった私は、彼からハンカチを受け取って微笑んだ。

「そんな……別に洗わなくても」

「いえ、洗わせて下さい」

私がそうしたいのだ。

微笑みながら、シャルル様のハンカチを握り締めた。



「……殿下。大変失礼ですが……もしかして、うちの坊ちゃんは……」

「ああそうだ。全く……さっさと奪えば良いものを」

「……それは無理というものでしょう?」

「まあな。その位の気持ちを見せろという意味だ」


カージナス様とロイさんが苦笑いを浮かべていることに、見つめ合っていた私達は気付かなかった。



***


「悪かった。ふざけすぎた私が悪かった。だから、そろそろ機嫌を直してくれないか?」

「カ、カージナス様!?頭を上げて下さい!!」


訪れたワイナリーのゲストルームで一泊することになった私達一向は、ディナーにお呼ばれをしていた。

これはその時のことである。


昼間のカージナス様の暴挙に憤ったのは事実だが、一侯爵の娘ごときが公衆の面前で王族に頭を下げさせるなんて大問題である。


因みに、ミレーヌは別だ。

王族に連なる公爵家の姫なのもあるが……。

カージナス様は、ミレーヌが可愛すぎて()()いたずらしてしまうのだそうだ。

怒ったミレーヌを宥めるために、嬉しそうに頭を下げているという話をよく聞く。

ドMか!! いや、カージナス様は究極のドSだ。

好きな子は泣かせたいタイプだ。


「では……詫びの品を受け取ってくれるか?」

「うっ……」

カージナス様の言う詫びの品は、このワイナリーで一番人気のシャンパーニュである。

それもなんと十二本もだ。

これを受け取ってしまったら、頬チューを許したということになってしまう。

頭を下げられるのは困るが、簡単に許したくない……というのが本音だ。


現在、試飲をさせて頂いているのだが……オルフォード領の特産シャンパーニュに劣らぬ味である。

濃い葡萄の甘味と酸味。それらを弾ける炭酸が爽やかにまとめてくれている。

幾ら飲んでも飽きない美味しさがある。

このシャンパーニュを飲んでも分かる。オルフォード辺境伯がワイナリーの事業に特別な拘りと情熱を持っていることを。


……良いな。

勿論、色々と大変なことはあるだろうけど、大好きなシャンパーニュやワインの製造に全ての時間を費やして生きてみたい……。

そこにシャルル様がいてくれたら………。


試飲のはずのグラスの中のシャンパーニュが一向に減らない。

減る度にカージナス様が自らお代わりを注いでくれるものだから、飲まないわけにもいかず……あっという間に酔ってしまう。


「詫びの品は邸に届けさせる」

「……はい」

スッカリでき上がってしまった私は、ボーッとする頭のままで大きく頷いた。酔った勢いで了承してしまった……と少しだけ心に引っ掛かったが、最早、私に思考能力は残っていない。


ふわふわとした酩酊感の心地良さ。

この状態でベッドにダイブできたら……どんなに至福か……!

想像するだけでうっとりしてしまう。



「……ローズはかなり酔っているみたいだな」

「カージナス様のせいですよ」

ニコニコと微笑みを浮かべながら頭を左右に振っているローズを見ながら、カージナスは苦笑いを浮かべていた。


「止めなかっただろ?」

「止めさせなかったのは殿下でしょうに……」

シャルルは溜息を吐いた。

酔っているローズを誰にも見せたくないと思うのに……嬉しそうにお酒を飲んでいるローズを止めたくないと思う自分もいる。


「これはなかなか……だな」

クッと笑いながらシャンパーニュを飲むカージナスをシャルルは訝し気に見る。


「普段は聖女のように清らかなのに、酒が入ると妖艶で危うい魅力を醸し出す。この変わり様に本気で魅了される者が出てくるぞ?」

「……何が言いたいのですか?」

会話の相手が王子だと言うのに、言葉に険が混じってしまう。


「いや?そろそろ本気を出せよ。というアドバイスだ」

「……またそれですか」

言われなくても、できることなら……このまま拐ってしまいたい。

誰の目にも触れさせず、自分の側だけで笑っていて欲しい。

日に日にローズに対する気持ちは大きくなっている。


……あの時、ローズの頬に口付けたカージナスを殺してしまいたいと思うほどに。

ローズの様子を見るからに初めての行為だったはずだ。

それを……。


「睨むなよ」

「気のせいでは?」

カージナスに心の内が見透かされているのは分かっているが、シャルルは敢えて何事もないという風に微笑んだ。

「まあ、ローズと一緒に外の風に当たって来ると良いさ」

「……二人でですか?」

「何か問題あるのか?私が『良い』と言っているのに」

カージナスはニッと口元を歪ませた。


この顔は有無を言わさないという顔だ……シャルルは長年の付き合いでそれを理解している。


大きな溜息を吐いたシャーロットは、カージナスの言う通りにローズを庭園へ誘い出すことにした。

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