第十三話
「ようこそお越し下さいました」
そう頭を下げながら私達を出迎えてくれたのはシャルル様だった。
どうしてシャルル様がここに?
カージナス様とシャルル様との間で揺れそうになる瞳を堪えるのが大変だった。
そんな私の動揺なんてお見通しなカージナス様は、私に寄り添いながら説明をし始めた。
「ここはオルフォード家が管理しているワイナリーの一つだ。領地内だけでなく、他領地にも何個か持っているんだ」
あのー……こんなにくっ付かなくても良くないですか?
私はミレーヌの代行であり、ただの婚約者候補に過ぎないのですが……。
馬車の中とは違って勝手ができない状況が歯がゆい。
「そうなのですか。私はオルフォード領のシャンパーニュがとても大好きなので、是非ここのことも教えて下さいね」
引きつりそうになる顔をどうにか宥めながら笑顔を作る。
……シャルル様と会う時はいつもこんなのだ。
普通に会って、普通に会話をしたり、普通に食事をしたりしたい。
無理なのは分かってるけど……夢見る位は自由だよね?
カージナス様、シャルル様、ワイナリー責任者のロイさんを先頭に視察が開始された。
私はその後ろをニコニコと笑顔を浮かべながら着いて行く。
果たして私はこの場に必要なのだろうか……?
この世界の女性は、お淑やかで控え目であることが好まれる。
政治に口を出すなんて以ての外。
男尊女卑とまでは言わないが、明らかに女性の社会的地位は低い。
言い方を変えれば、女性の知識が男性に劣っていると思っているのだ。
男女平等の日本で生まれた記憶がある私からすれば、こんな世界は滑稽でしかない。
まあ、日本も平等とは言えないことがまだまだあるのだが……。
男性には男性の。女性には女性の素晴らしい感性がある。
それぞれが意見を出し合いながら議論を進めれば、より良い世界を作ることができるだろうに。
それをしない、考えられないなんて……勿体ない。
その点だけいえば、カージナス様は優秀なのだろう。
カージナス様は『女だから』とか『女のくせに』とは言わない。
優秀な人材は優秀な人材として丁重に扱ってくれる。
どうやら私もその分類に含めてもらえているらしい。弱みを握られているけれども……。
カージナス様は、王太子妃として望んでいるミレーヌに対しても対等であろうとしているのだ。
ミレーヌはこの世界に生きる女性として、とても羨ましいと思う。お互いを尊重し合える相手と巡り会えたのだから。
そんなカージナス様とミレーヌが私ならば側妃でも良いと言う。
冗談なのは分かっているが……日本人的感覚を持っている私としては、その方が幸せになれるのかもしれないと……ほんの少しだけ考えてしまった。勿論そんなつもりは全くないが。
だって私はその人の唯一になりたいから。
シャルル様はどうなのだろうか?
私は前を歩くシャルル様をチラッと盗み見た。
私の知る限り、シャルル様は男女差別をするような人ではない。
彼はきっと愛した女性を尊重し、大事にしてくれる人だ。
そんなシャルル様に愛される女性が羨ましくて仕方がない……。
そんな風に色々なことを考えながら歩いていたせいか、先頭を歩いていた三人が立ち止まっていたことに気付くのが少しだけ遅れてしまった。
わっ……!
カージナス様の背中に突っ込む寸前の所を、シャルル様が遮ってくれた。
「……すみません。ありがとうございます」
恥ずかしい……。
赤らむ頬を押さえながらお礼を言うと、シャーロット様は「いえ」と素っ気ない返事だけをして、カージナス様の横に戻ってしまった。
「前を歩く私に見惚れていたのかな?」
「いえ、すみません……」
「そこは嘘でも『はい』って答えて欲しい所なんだけどなぁ」
恐縮する私に向かって、意地の悪い笑みを浮かべるカージナス様。
『そんなのは冗談でもお断りだ!!』
馬車の中ならそう言えるのに……。
少しだけ頬を膨らませると
「そんな可愛い顔で拗ねられたらキスしたくなるよ?」
カージナス様はわざわざ私の耳元でそう囁いた。
はあああ!?
ドスの利いた声を上げながら睨み付けそうになる自分を必死で押さえる。
『寝言は寝てから言え!!』である。
カージナス様は規格外の美形であるが、私は全くときめかない。
寧ろ……イラッとする。
そんな私の気持ちはお見通しのカージナス様は悪ノリをするかのように更に続ける。
「ほら。あーん」
目の前にあったみずみずしい紫色の果実を摘んで、私の唇に押し当ててきた。
「んっ!」
軽いノリとは逆に無理矢理に口の中に果実を押し込まれた私は、非難の声を上げることもできず……咀嚼するという選択をするしかなかった。
「カージナス様……むぐっ!」
そうして次から次へと口の中に果実を押し込まれてしまう……。
美味しいよ!?美味しいけど……!!
「美味しかった?」
「……はい。とても」
不本意だが果実に罪はない。私は若干頬を膨らませながらも素直に答えた。
「それは良かった」
フッと笑ったカージナス様が近付いてきたと思った瞬間……。
フニッ。
右の頬に柔らかい何かが触れた。
…………ま・さ・か!?
「おや、私が初めてだったか。それは何よりだな」
ふふっと笑うカージナス様。
な、な、な……っ!!!
嫁入り前の娘に何てことをするのだ……!!!
私は呆然としながら右頬を押さえた。
初めてだったのに……。
こんな風にふざけながら好きでもない人にされる予定なんかなかった。
ジワリと涙が滲んでくる。
……しかもシャルル様の前なのに。
本当ならば、喜ぶ演技をした方が良いのは頭では分かっている。
私はミレーヌの代理であり、第一王子の婚約者候補なのだから……。
しかし、感情がついてこないのだ。
唇を噛み締めながら俯くと……。
「……ローズ様。失礼します」
ふと私の頭上に影が降りた。
いつの間にかまたシャルル様が私に近付いて来ていたのだ。
「え……?」
思わず顔を上げると……先程のカージナス様の時とは違う、優しい香りのする柔らかい物が右頬に触れていた。




