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第一話 危機! 命がけのダンジョン探索


 見据える目に、いつになく光があった。

 冒険者ギルドのベテラン受付嬢は「カケルさんのこんな瞳を見たのはいつ以来だろう」と、一瞬職務を忘れて考える。


「今回は依頼を受けないでダンジョンに行く。帰還の予定日も不明だ」


「珍しいですね、カケルさん。いつもは採取系の依頼を受けて『三日か四日で帰ってくる』と事前申請してくださるのに。ほかの冒険者もそうしてくれれば早めに気づいて助かった命もあるのですが」


 いつもとは違う表情、いつもとは違う行動。

 カケルが初めて冒険者ギルドを訪れた時から担当してきた受付嬢は、嫌な予感を抑えて平静な表情を作っていた。

 妊娠出産のために一時休職したものの、受付嬢は冒険者ギルドで二十年近く働いてきたベテランだ。

 将来を嘱望された新人冒険者が、婚約を申し込む直前に中堅冒険者が、難敵相手の依頼を受ける上級冒険者が、いまのカケルのような表情をしているのを何度も見てきた。


「カケルさん。どういうつもりですか?」


「別に問題ねえだろ? ああ、いつもやってる遺品の回収もたぶんできねえから、そこも期待しないでくれ」


「それは構いませんが……カケルさん?」


 カケルがまだ少年だった頃からずっと見てきた受付嬢は、じっとカケルを見つめる。

 死ぬ気じゃありませんよね、話してくれるまで行かせませんよと、目に口ほどに物を言わせて

 二十年近く。

 赤子も大人になるほどの時間で、カケルが元の世界で過ごした期間よりも長い時間だ。


 カケルも、受付嬢が言わんとすることを察したのだろう。


「今回のダンジョンアタックで、最後にする」


 ひさしぶりに正面から受付嬢の目を見て、カケルが言い切った。

 わかっていたのだろう、受付嬢はカケルから目を逸らさない。

 カケルは立ち上がり、カウンターに、ベテラン受付嬢に背を向けた。


「カケルさん!」


「前に、新人冒険者向けの講師役をしないかって声かけてくれたことがあったな。いまも有効なら、詳しい話を聞かせてくれ。俺が帰ってきたら」


 カケルは振り返らずに歩き出した。

 ゴツゴツと、木の床に靴底が当たる音が鳴る。


「はい。どうか、無事に戻ってきてください。いつもみたいに、二つ名の『生き恥』の通りに」


 祈るように手を組んで、わずかに震える声で、ベテラン受付嬢がカケルに告げた。

 カケルは背を向けたままひらひらと片手を振って、木製のスイングドアを押す。

 ギイっと蝶番が軋み、冒険者ギルドを出て行った。


 カケルが冒険者ギルドを出て行ったあとも、ベテラン受付嬢は手を組んだまま、ずっと入り口を見つめていた。

 いつもと違う様子のカケルが、いつもと同じくひょっこり戻ってくることを願って、祈るように。


 カケルの、引退間際のEランク冒険者の、最後のダンジョンアタックがはじまる。




「くっ! マトモなダンジョンアタックはしんどすぎる! すげえなほかの冒険者!」


 ダンジョン『不死の樹海』は地下に洞窟、地上には樹海が広がっている。

 複雑に入り組んだ洞窟は未踏の地域も多く、冒険者はそれぞれが用意した地図を頼りに、あるいは新たに地図を作り(マッピングし)ながらダンジョンを進んでいく。


 カケルが冒険者ギルドを出てから、すでに三日が過ぎた。

 「異界に繋がる」という根拠の薄い噂話を頼りに、カケルは自身でも未踏のエリアを探索していた。

 見知らぬ地を探索するとなれば、できるだけモンスターと戦わないように注意しても、逃げられない時や不意の遭遇戦はある。


 カケルはいま、モンスターと戦っていた。

 罠や毒を使わず正面から一対一で戦うのは数年ぶりのことだ。


「だいたいトカゲが二足歩行って! 地面から離れて体温どうなってんだよ!」


 ボヤきながら、闘争心を奮い立たせるように叫びながら、カケルは()()()()()()の爪を小盾で受け流す。

 カケルの右手には小ぶりのメイスでもダガーでもなく、皮袋が握られていた。

 隙を見てカケルは皮袋を振り回し、リザードマンの体に水をかける。

 カケルが持つ数少ない高価なマジックアイテム〈造水の水袋〉である。

 生み出される水は一日あたり10L(リットル)にも満たないタイプで、高級品にはより多くの水を生み出すタイプもあるが、Eランク冒険者の稼ぎでは手が届かない。

 最後のダンジョンアタックと決めたからこそ、カケルは虎の子の〈造水の水袋〉を持ち出してきたのだ。

 ちなみに普段は定宿に貸し出して宿泊費の足しにしている。涙ぐましい節約術であった。


「よし、濡れたな! くらえ変温動物! 〈そよ風(ブリーズ)〉!」


 爪を、尻尾を振りまわすリザードマンの攻撃をかわして、カケルは魔法を使った。

 唯一使える風魔法〈そよ風〉である。

 カケルの魔力はそこそこあったが、使えるようになったのは〈そよ風〉の魔法一つだった。

 それでも二十年前に初めて魔法が発動した時は、カケルは「期待の若手」と呼ばれて大喜びしたものだ。


 薄暗い洞窟に風が吹き、水で濡れたリザードマン(変温動物)に当たる。

 〈そよ風〉は攻撃に使える魔法ではなく、せいぜい葉を揺らして注意をそらしたり、火を熾す補助にしたり、臭気を散らすのに使える程度だ。


 だが、カケルが何度も〈そよ風〉を当てると、リザードマンは目に見えて動きが遅くなってきた。

 蒸発する水が、リザードマンの体温を奪ったのだ。


 Eランク冒険者のカケルの戦闘力は「それなり」程度でしかない。

 普通の高校生でしかなかったカケルが二十二年も冒険者を続けてこられたのは、知識と臆病さと用意周到な準備のおかげである。

 『生き恥』などという不名誉な二つ名をつけられたのは伊達ではない。


「これなら当たるだろ。うりゃッ!」


 緩慢な動きになったリザードマンに向けて、カケルが小ぶりなメイスを振り下ろす。

 どふっと鈍い音を立ててリザードマンにダメージを与える。

 何度も何度も、力の限りにメイスを振り下ろす。


「勝ったか……はあ、やっぱり正面から戦うのは避けてえなあ」


 ようやく、カケルは勝利を手にする。

 倒れたリザードマンが死んだことを確認して、壁際にずるずると座り込む。

 慣れない「格上との近接戦闘」に疲れたのか、カケルの表情は暗かった。

 それでもキョロキョロと周囲の警戒は怠らない。

 ただ。


 いつの間にか、カケルの口元にはいつもの薄笑いが浮かんでいた。

 冒険者ギルドを出て、ダンジョン『不死の樹海』の未踏エリアに挑戦して三日。


 いまだに、「異界に繋がる」ヒントはない。




「こりゃあ水場か。なるほど、リザードマンが住処にするわけだ」


 リザードマンとは不意の遭遇戦だった。

 Eランクのカケルにとってリザードマンは格上で、先に発見していたら、戦闘を回避したか罠を張って戦ったことだろう。

 地図もモンスターの生息情報もない未踏エリアゆえの出来事である。


 時間をかけながらもリザードマンを倒し、小休止を挟んで探索を再開したカケルが見つけたのは、小さな地底湖だった。

 マジックアイテムのカンテラで水面を照らす。

 水は透明で、すり鉢状の浅い底まで見えた。

 どこから水が来ているのか、カンテラの明かりに照らされた範囲ではわからない。


「湧き水か、上から滴り落ちてるのか。まあ〈造水の水袋〉を持ってきたし、どっちにしろこの水を飲んでみる気はないけど」


 カンテラを動かして湖の左手の岸を照らす。

 リザードマンのねぐらだったのだろう、そこには動物の骨らしきものや木の枝が転がっていた。

 まわりを警戒しながら、ゆっくりと近づいていく。

 受付嬢には「遺品を回収するつもりはない」と言ったのに、冒険者の遺品がないか確かめようと思ったのだろう。

 ここ十五年続けてきたことで、もはやカケルの習い性である。


 カンテラの明かりがリザードマンのねぐらを照らし————


 ピシリと、小さな音がした。


 カケルが足を止める。

 しきりに首を振って周囲を見まわし、ほうぼうに明かりを向けるも異常は発見できない。


 だが、音はピシピシと続いている。

 次第に音が大きくなっていく。


 小さな地底湖のフチを見たカケルの顔は、さっと青ざめた。


 水位がどんどん下がっていく。

 あわせて湖のフチも後退していく。


「ヤバいッ! 崩落の音か! くっそ、こんなところで!」


 ビシビキッと音が大きくなり、ついに、バキッと割れて、一気に崩れた。


 カケルの目の前にあった景色が消える。


「ああああああ、最後のダンジョンアタックだってのに! こんな最期なんて認めねえ、『生き恥』を舐めんなよ!」


 崩落の直前に、カケルはマントを体に巻きつけて、自らの腕で頭を抱え込んだ。

 生き残る可能性を少しでもあげる足掻きである。


 すぐに、浮遊感がカケルを襲った。


 地下の洞窟と地上の森林で構成されたダンジョン『不死の樹海』。

 洞窟の崩落は珍しいが、まれに起きることだ。


 最後のダンジョンアタックで巻き込まれたカケルは、運がよかったのか悪かったのか。


「おおおおおおお!」


 悲鳴は、いまも続いている。



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