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第二話 休息! 命がけの生活を送る冒険者たちの日常


 口に残るハーブの風味に、くたびれた冒険者は満足そうな笑みを浮かべた。

 ふたたびスープに木匙を突っ込んで、今度は肉の欠片をすくい取る。


「今日はずいぶん豪勢だなあ」


 ポツリと呟いて、何の肉ともしれない肉の欠片を口に入れた。

 よく煮込まれているのか、ひと噛みするだけでほろりと崩れる。


「カケルは三日ぶりのマトモな食事でしょ? お母さんが気合いを入れてくれたんだから」


「ははっ、そりゃありがてえ」


 独り言を聞いていたのか、宿屋の食堂をくるくる動きまわっていた従業員はカケルに笑顔を向けた。


 ダンジョン『不死の樹海』から戻って冒険者ギルドに報告をして、カケルは定宿に戻ってきた。

 装備を解いて手入れをし、体を水で拭って汚れを落としたあとには、とっぷりと日が暮れていた。

 そろそろいい時間かと独りごちて、カケルは食堂に向かった。

 栄養補給のためのモソモソした保存食ではない、ひさしぶりの食事である。


「それと、これは私のおごり。無事に帰ってきたお祝いね」


「いつもすまないねえ」


「ふふ。それは言わない約束でしょ、だったっけ?」


 女性従業員は、持っていた陶製のジョッキをゴトッとテーブルに置いた。

 なみなみと注がれたエールが揺れる。


 カケルと女性従業員、二人にとってはいつものやりとりらしい。

 カケルは木皿の上の腸詰めを手づかみしてかじり、ゴクゴクとエールを口にする。

 ぷはーっと大きな息を吐いて笑顔を浮かべた。


「ああ、疲れた体に染み渡る。やっぱりこれがなくちゃなあ」


「ジジくさいこと言っちゃって!ってカケルは四十になったんだっけ」


「そうそう、だからジジくさいこと言っても問題ねえな」


「そっか、もうそんなに経つのね」


 遠い目をする女性従業員は二十代半ばだ。

 カケルと初めて出会った時は看板幼女だったのが、いまでは立派な看板娘だ。いや、看板娘と呼ぶには少々とうが立っている。()()()()()()


「あんなにちっちゃかったポピーナちゃんもこんなに立派に育って、もうすぐ結婚だなんて……おっさんはうれしいよ」


「はいはい、お祝い楽しみにしてるからね?」


 わざとらしく目尻を拭うカケルの肩をばんばん叩いて、女性従業員は離れていった。

 カケルが二十数年も定宿にしている宿屋兼食事処は、今日も忙しいらしい。


 カケルが暮らす宿屋はそれほど大きくない。

 客室は八つだけで、しかもそのうち一つはこの二十数年ずっと埋まっている。

 一階にある宿屋の受付と食堂はいわゆる土間で、地面がむき出しだ。

 女将と娘の二人で切り盛りする小さな宿である。


 食べ慣れたスープと腸詰め、黒パンをかじりながら、カケルはなんとはなしに耳をそばだてる。

 この宿屋に泊まるのは街の外から来たばかりの冒険者や、ダンジョンの素材を仕入れにきた商人が多い。

 ダンジョン『不死の樹海』がある限り、この宿屋の客が減ることはないだろう。

 いまも、見慣れぬ冒険者たちや商人たちが、飲み食いしながら会話に興じていた。


「冒険者ギルドでダンジョンに出るモンスターの情報を聞いてきたんだろ? どうだった?」

「森に狼系、洞窟にはアンデッド。それに虫系モンスターがどっちにも出るらしい」

「チッ、バラバラか。傾向がまとまってくれりゃ対策が立てやすいってのに」

「それに……浅層を越えると、リザードマンの上位種や亜竜が出ることもあるって」

「マジかよ! よっしゃ、これで俺たちもドラゴンスレイヤーだ!」

「ばっか、亜竜を殺ったぐらいじゃドラゴンスレイヤーとは呼ばれねえって。きっちりドラゴンを倒さないとな!」


 この街に到着したばかりの冒険者一行は、ダンジョン『不死の樹海』目当てのようだ。

 事前にモンスターの情報を集めるあたり、多くの冒険者よりもしっかりしている。

 だが、成功を疑わないあたりは冒険者らしいと言えるだろう。


 カケルはどこか懐かしそうに、目を細めて彼らを見る。

 ジョッキに目を落として、ぐびぐびとエールを飲み干した。


「そういえば、王都のさる歴史家が、こちらのダンジョンの最奥にはドラゴンが封じられているという説を主張していましたねえ」

「おや、王都からお越しですか? 古都ではこのダンジョンは『超古代文明の遺跡が眠っている』という説を聞きましたが」

「ほうほう、それは興味深い。果たしてどちらが真実なのでしょうなあ」

「ドラゴンの素材、超古代文明のマジックアイテム……どちらでも良いのではありませんか?」

「おおっと、それは確かに! 我々は商人でしたな!」


 冒険者たちの話につられたのか、商人の一団はダンジョン『不死の樹海』の来歴について、おたがい聞いた話を披露している。

 もっとも語った商人さえ信じていないし、そもそも真実など気にしていないようだ。

 だが、夢を語るあたりは、現実を見る商人らしくないと言えるだろう。


 二十数年も暮らしていればその噂を知っているのか、カケルは興味なさそうに、看板娘にエールのおかわりを頼んだ。

 すぐに陶製のジョッキにエールが注がれる。


 と、宿屋の木戸が開いた。


 どかどかと入ってきたのは、カケルも見た顔だった。


「あら、お帰りなさい。初ダンジョンはどうでしたか?」


「いやあ、狼系モンスターの群れに襲われてさ、ほんと死ぬかと思ったよ」


 『不死の樹海』でダークウルフに囲まれていた冒険者である。

 カケルは先頭の男に目をやり、その背後を覗き込む。

 四人。

 カケルの狼誘香が効いたのか『鉄壁の戦乙女』の救援が間に合ったのか、いずれにせよ、冒険者たちは犠牲を出すことなく助かったようだ。


「オオカミたちが仲間割れをはじめなかったら危なかったわね!」

「ごめんなさい、私がもっと早く魔法を発動できれば」

「いや、前衛の俺たちが少しずつでも倒せればもっと」

「それを言うなら索敵を任された俺が、オオカミの接近に気付いてれば」


 四人の冒険者は開いていたテーブルにどっかりと座り込み、さっそく反省会がはじまった。

 出迎えた女性従業員はエールの注文を受けて離れていく。

 カケルは新顔冒険者の様子を見て、ぐびりとエールを飲み込んだ。


 ダークウルフの群れを撃退する実力はなく、勝てなくても助けに行く英雄(ヒーロー)のような意志もない。

 それでも、彼らが助かったのは、カケルのおかげとも言えるだろう。

 各々が反省を口にして頭を抱える四人の冒険者たちは、あずかり知らぬことだったが。


「はい、エールお待たせしましたー」


「はい、やめやめ! いまは助かったことを喜びましょ!」

「助けられた、だけどな!」

「ダークウルフの牙も爪も防ぎ切って、俺たちを守りながら一撃で倒していく。あれが街最強の冒険者か……」

「『鉄壁の戦乙女』さん! 強くてすごくて凛々しかったです!」


 カケルがいなければ、あるいは『鉄壁の戦乙女』がいなければ、今日死ぬところだった。

 にもかかわらず、四人の冒険者は切り替えて、運ばれてきたエールを飲んで明るく騒ぐ。

 カケルは小さく首を振って「新顔のクセにもう冒険者してるな」などとボヤいていた。

 二十数年を冒険者として暮らしてきたカケルの方がはるかにベテランなのだが、そこは万年Eランク冒険者である。


「コロナちゃん、活躍してるみたいだね」


 冒険者や商人たちの歓談をしり目に一人静かにエールをすするカケルに、女性従業員がニヤニヤ笑って話しかける。

 カケルは皮肉げな半笑いを浮かべた。


「はっ、俺だって『期待の若手』って言われてたんだぞ。物覚えがよくって真面目で、コイツは伸びてくだろうって」


「はいはい、もう二十年前の話でしょ。あら、ジョッキが空じゃない。おかわりいる?」


「はあ。いや、今日はこの辺でやめとくわ。ごちそうさん」


 宿屋兼食事処は、宿泊客以外にも料理を提供している。

 日が暮れた食事処には徐々に人が入り、これ以上食堂に客が来れば相席となる。

 騒がしい冒険者から、噂話に興じる商人から、突きつけられたSランク冒険者と己の実力差から逃れるように、カケルは席を立つ。

 古馴染みの女性従業員にじゃらっと硬貨を渡して、カケルは三階の部屋へ続く階段へ向かった。

 後ろから声がかかる。


「カケル! その……それで、アレはちゃんと引き受けてくれるのよね?」


 幼女の頃から知る宿屋の女性従業員は、間もなく近所の朴訥な青年と結婚する。

 早くに父親を亡くした看板娘にとって、二十数年も同じ宿に泊まっていたカケルは、最も身近にいた年上の男性だった。


 階段を登るカケルは、後ろを振り返らずひらひらと手を振る。


「もう、カケルったら……ちゃんと引率してよね。私の結婚式に、お父さんの代わりに」


 階段の下で元看板幼女が呟いた声を、カケルは聞こえなかったふりをして階段を登りきり、部屋に戻った。

 かつての看板少女が、少女らしい淡い恋心を抱いてるのを気づかないふりしていた頃のように。


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