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彼岸の聖者  作者: 空波宥氷
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憎悪の萌芽

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。


・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。


・李徳深(リー トクシン

中華街で茶屋を営む、情報通の男。

茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。

友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。

何かと友香の面倒を見ている。

9


「……表の話ってどういうことかしら?」



 立ち上がりかけたまま、シンを真剣な表情で見つめる友香。



「さっき人権団体が反政府の立場にあるって言ったな?」

「ええ、その根幹には政府の宗教政策があるって」

「それだけじゃないんだ。奴らが反政府かつ宗教徒の立場にいる本質はそれじゃない」



 シンから目を逸らさず、友香が座り直す。



「詳しく聴かせてもらえるかしら?」

「不老不死だ」

「不老不死?」


「言い換えればサイボーグ技術。まだその目的は達成されていないがな。奴らは、浄土にせよ、天国にせよ宗教において人は死によって始めて幸福になりうると主張している」


「なるほど、つまり、彼らにとって不老不死を目指したサイボーグ技術の発展は、宗教に対する冒涜に値する敵である、と」


「ただ、それも表向きの話。理由は宗教とは別にある」


「当時、政府は宗教教育とは別にもう一つの法案を成立させようとしていた。名目は、サイボーグ技術の医療及び軍事目的における適用範囲の拡大」



 シンは言葉を続ける。



「具体的な内容は、出力上限の大幅な引き上げ。製造過程で使用禁止とされていた素材、5品目の合法化。とまぁ、そんなところだ」


「で、それがこの事件とどう結びつくの?」


「その時代、医療現場におけるサイボーグに対しての偏見は酷いものだった。改造人間だの、無限の命による資源の搾取だの……その法案を通せば国民感情を刺激することは必至だった」


「まさか……」


「そのまさかだ。この法案を可決する際、偶然にも発生していた事件の騒ぎを大きくすることで隠れ蓑に使ったんだ」



 友香の嫌な予感は的中した。

 面を食らいつつ質問を投げかける。



「……なぜその推測に至ったのか説明してちょうだい」


「警察は人質が殺されてもなお、粘り強く交渉を続けていた。しかし、結果的に強行突入することになった。何故か。これはあくまで噂だが、ある人物の指示があったからだそうだ。その人物というのが当時の大蔵大臣、大石伸照だ」


「大蔵相?警察相ならまだわかるけど」


「サイボーグ拡張法案は大蔵省を中心に、保健省、国防省が結託して推していた法案だった。まぁ、大蔵省と警察省の間でなんらかの取り引きはあっただろうがな。事件の数日後に警察大臣をはじめ、要職の首が挿げ変わっている」


「ちょっと待って。たしか、横浜平和教会を宗教教育の場としたのも政府よね?ということは……」


「ああ、横浜平和教会は国にいいように利用され捨てられた。そう取られてもおかしくはないな。だから、萌芽の家は凄まじい憎悪の上に成り立っていると言える。宗教思想との関連がタブー視されるまでにな」



「人体実験の挙句、不老不死を実現させるために多くの萌芽を踏み潰した国家。なるほど、反政府ビジネスのために利用しない方がおかしいわ」



「かなり悪意のある解釈だがな。ただ、多くの命が失われたのも事実。萌芽の家のようなプロパガンダに利用する連中の横で、国家に対する憎悪を心の底で芽吹かせている人間もいるかもしれない」


「可能性は2人、か」



 友香がボソリと呟いた。



「ああ、さすが察しがいいな。そう、この事件の生存者だ」



 この事件にはたった2人であるが、生存者がいた。

 孤児院にいた子供たち。当時10歳程度の子供たちである。



「その2人は今どこに?」

「ひとりは病院」

「病院?」


「ああ、その生存者は脳に損傷を負ったらしく、事件を生きながらえながらも未だに目を覚まさないのが現状だ。だから、正確に言えば可能性は今のところひとり」


「その、もうひとりの生存者は?」


「広告塔をしている。萌芽の家のな」



 友香、目を見開く。



「男の名前は、セラ・フミト。武装グループに襲撃された際、ベッドの下に隠れて難を逃れたそうだ。まぁ、玉砕に巻き込まれて重症を負ったそうだがな」


「それで、奇跡的に一命を取り留めたわけね」


「後の詳しいことはデータで送っておく…ってお前のデバイスは通話機能しかついてなかったな」


「ええ、でも大丈夫よ。今見せてくれたらここで覚えるから」



 友香は立ち上がり、シンの元へ歩み寄る。

 彼の背後にまわり、覗き込む形になった。



「いい加減買い換えたらどうだ?」



 デバイスを起動させつつ、肩を掴む友香に提案する。

 彼が使用するのは腕時計タイプのものだった。画面映像が、腕時計の側面から照射される。



「メンテナンスすれば充分に使えるし、その予定は無いわ。それにこれは、もはや私の身体の一部。そうポンポン自分の身体を取っ替え引っ替えしたくはないわ」



 友香は、シンの腕時計から放たれる映像から目を逸らさず異を唱える。

 空間には、萌芽の家のホームページが映し出されていた。



「愛着があると……お前は、自分の肉体には愛着があるか?」

「ええ、もちろん。お母さんからもらった大切な身体だもの。あるうちは、大事に使いたいものだわ」

「そうか、それを聞いて安心した」

「あら、どういう意味かしら?」

「いや、なんでもない」



 笑みを浮かべる友香につられ、思わずシンもクスクスと笑う。



「じゃあ今度こそ本当に行くわね。色々教えてくれてありがとう」

「ああ、気をつけてな」



 扉が閉まり、鈴がカランカランと音を立てた。ひとりになった店は、水を打ったように静まり返える。

 少しの物寂しさを感じる店内で、彼は願った。




 どうか、彼女が無事に帰ってくることを。




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