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彼岸の聖者  作者: 空波宥氷
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横浜平和教会籠城事件

8


「少年少女の権利拡大を求める論調が高まっていた頃だ。ある事件が起こった」





「横浜平和教会籠城事件」





 友香は眉をひそめる。



「それって確か……武装グループが教会で人質を取って立て篭もったっていうあの?」



 記憶を探る素振りを見せつつ、彼女は問いかける。



「ああ。学校で習ったか?」

「ええ、少し。国内安全保障、テロ対策の大きな転換点になった事件だって聞いてるわ」

「そうか、表ではそういう意味でしか捉えられてないんだな」

「察するにそれだけじゃないようね。詳しく聞かせてくれるかしら?」



 シンは頷き、語り出した。




「今から8年前、山下町にあった山下孤児院、もとい横浜平和教会が武装グループに襲撃された。彼らは教会に押し入ると、孤児13名、シスター2名、神父1名を人質に取り籠城を開始。提示した要求が通らなければ1時間おきに人質を1人ずつ殺していくと言ってな」


「その要求って?」


「当時、政府は義務教育において本格的な宗教思想の導入を提示、法案として可決させた。その内容は、まぁ、お前が身を以て感じているだろうから省く。武装グループはこれに反対し、凶行に及んだと声明を出している。つまり、法案の即時撤回及び、宗教思想を背景とした教育の永劫廃止。これが彼らの要求だった」


「じゃあ彼らは無宗教徒だったってこと?今や信仰、また信仰への理解なくして一個人として認められない時代よ?考えられないわ」



 現在、政府の宗教政策の効果は現れており、信仰への理解がない国民はほぼゼロとなっていた。

 その宗教教育を受けている友香が疑問に思うのは、当たり前のことだった。



「いや、それは違う。彼らは全員、先の大戦を戦った元軍人だった。それも異国の大地を踏んでいた、な。彼らはその地で、宗教が宗教を、宗教の名の下に蹂躙するさまを目の当たりにした。そしてそれが、彼らに行動を起こさせたのではないか。その事件を担当したある刑事の言葉だ。彼らのバックボーンを理解せず、無宗教徒の烙印を押すのは性急と言わざるを得ない、と」


「なるほど、確かに宗教思想がいち早く浸透したのは軍隊だったわね。戦争と宗教には密接な関わりがある、か。じゃあその教会を標的にした理由は?」


「横浜平和教会は、孤児院としての側面があった。そのため、政府が構築した宗教教育システムを試験的に導入する場に選ばれていた。教会に併設された学び舎だからな、宗教教育する場としてはこれ以上に相応しいものはないだろう。だが、襲撃犯たちからすれば、敵の象徴のようなものだったのだろうな」


「敵、か……気の毒ね」



 友香はシンから視線を外し、茉莉花茶を飲む。



「そして、結論を言えば要求に応えることは不可能。交渉は難航し、人質が3人殺された時点で警察は特殊部隊を導入。強行突入を図った。結果、武装グループは玉砕。突入した隊員1名を含め、死者12名を出す戦後最悪の事件として語られることとなった」



 話は締められたようだ。シンが茉莉花茶を口に運ぶ。






 暫しの沈黙の後、友香が口を開いた。



「なるほど、事件の背景には宗教教育があったというわけね。そしてそれが巻き込まれる形で、多くの死者を出してしまった。そのために現在では多くは語らず、テロ対策と結びつけた紹介がなされているというわけか」


「そういうことだ。あんな大きな事件を現代社会学で取り上げないのはおかしいからな」



 シンは、手にしている自らの茶器を見つめ頷く。



「たしかに。で、その事件を契機に、宗教が呼び寄せる危険から子供たちを守るという通念の下、萌芽の家のような人権団体が生まれた、と」



 友香が急須からお茶を汲みつつ話を続ける。ついでにシンの茶器にも注ぐ。彼が礼を言った。



「ああ。ただ、宗教政策は政府が推進したものだ。だから萌芽の家をはじめ、その手の人権団体は反政府の立場を取っている。テロへの関与が疑われているのも、その辺の事情があるんだろうな」


「ま、卵が先か鶏が先かって話よね。反政府運動と人権擁護に関しては。それに、反宗教教育に宗教教育を用いてるところも皮肉が効いてて笑っちゃうわ」



 肩をすくめる友香。



「敵を知ればなんとやらだ。事実、宗教政策を盾にされて警察機関は手をこまねいているだろう」

「目には目をってわけね。ま、清花なら上手くやるでしょうし、心配いらないわね」



 目を閉じ、友香は笑みを浮かべる。



「信頼しているんだな、青山を」

「当たり前じゃない。なんて言ったって私の自慢の姉なんだもの」



 友香は、さも自分のことのように誇らしげに話す。

 彼女は清花と幼い頃からの知り合いであり、姉のように慕っているのだ。

 それを理解したシンは、目を細め笑みを浮かべた。



「ふっ、そうか。そうだったな」

「それじゃあそろそろ行くわ」



 友香が椅子から立ち上がり、礼を述べる。



「色々教えてくれてありが――








「と、ここまでが表の話だ」


「え……?」



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