茶屋-峯楼館-
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
・李徳深(リー トクシン
中華街で茶屋を営む、情報通の男。
茶屋の名前は、峯楼館(ホウロウカン。
友香が幼い頃から親交があり、今では茉莉花茶を一緒に飲む仲。
何かと友香の面倒を見ている。
7
探偵事務所を出た友香は、とある茶屋の前にいた。
峯楼館。
事務所の一階部分にあるその店は、立地条件が悪いためか、あまり客が来ていないようだ。来るのは常連客ばかり。知る人ぞ知る名店、というわけでも無いが、近隣の飲食店からは贔屓にされているようだった。
大きなガラスが嵌め込まれた、飴色をした木目調の扉を開ける。友香が店へと入ると、鈴がカランカランと音を立てた。
店内は、落ち着いたアジアンテイストな内装で、ところどころに差し込まれた赤色がいいアクセントになっていた。天井からは、いくつかの赤い提灯がぶら下がっている。
右手側の壁は全て木目調の棚になっており、パック詰めされた茶葉や、白や土色の茶器が綺麗に並べられていた。また、L字になった棚の中央には、二つの長テーブルが置かれており、その上にも、値引きされた茶葉が籠に入れられていた。左手には、二人掛けの小さなテーブルが三つほど設置されている。
その奥にレジカウンターがあり、サングラスをかけた長身の男がスーツ姿で立っていた。
男は店に入ってきた友香に気がつき、顔を上げる。
「買い物か?」
「いいえ、少し訊きたいことがあって」
「残念だ。ちょうど今日、いい茉莉花茶が手に入ったんだがな」
サングラスの奥、瞳孔が開いたままの切れ長の目が少女を見つめる。
「あら、そうなの?じゃあ後で頂こうかしら?あなたが言うのなら、相当いいものなんでしょうね」
「ああ、保証しよう。で、訊きたいこととはなんだ」
男はカウンターから出ると、テーブルについた。友香もそれに習い、椅子に座る。
「シン、萌芽の家って知ってる?」
「萌芽の家?あの人権団体か?」
男は、友香の問いにさらっと答えた。
シンと呼ばれたこの男、名前を李徳深という。
彼は茶屋を営む傍ら、中華街の自治組織の代表をしている人物である。また、県教育委員会の後援会に所属しており、あらゆる事情に精通、顔が効く。それゆえ、児童人権を擁護する団体のことは、なおのこと耳にしていて当然だった。
友香もそれを知っていて、彼の元を訪れているのだった。
「それがどうした?」
「いえ、実は……」
友香は今朝あったことや、清花から聴いたことをシンに話した。
「ほう、違法改造にテロ行為への関与……前々から、キナ臭いものは感じていたが、ついに警察が動き出したか」
「ええ。で、その萌芽の家について、あなたが知っていることを教えてくれないかしら?」
「悪いが、俺もお前と同じくらいの情報しか持ち合わせていない。違法改造の件が初耳だったくらいだ」
「そう……」
友香は少し残念そうな顔をする。
そんな彼女を見てか、「だが」と、表情を変えずシンは言葉を続けた。
「萌芽の家がどうやってできたのか、その経緯くらいなら教えてやれるぞ?聴くか?」
彼の提案に、一瞬目を見開いたあと、友香はニヤリとした笑みを浮かべた。
「ええ、是非。お願いしたいわね」
「そうか。その前に喉が渇いた。少し待っていろ」
立ち上がり、カウンターの奥へと消えていくシン。
しばらく待っていると、彼がトレイを持って現れた。トレイには、急須と茶器が載っていた。
椅子に座り、茶器にお茶を注ぐシン。
友香は、それを受け取る。器からほんのりとした温かかみを感じた。
茶器に入っている、黄金色の液体を口の中へと運ぶ。
「あら……美味しいわね。緑茶?」
「いや、これも茉莉碧螺という茉莉花茶だ。ただ、緑茶をブレンドして作られているそうだ。アーユの舌は鋭いな」
「へぇ、珍しいわね。香りもいいし、さっぱりしてて美味しいわ」と口元を綻ばせる友香。
シンも、そんな喜んでいる彼女を見て、満更でもない様子だった。
「気に入ったのなら後で包もう。と、そろそろ本題に入ろうか」
「ええ、頼むわ」
茶器を置き、真剣な表情をする友香。
シンが語り始めた。
「萌芽の家ができた根本的な理由には、戦後の不景気やそれに付随する少子化、労働力の貧困化などが存在しているが、この際省くことにする」
「とりあえず、子供に希少価値が付加された、くらいに思っておけばいいかしら?」
「ああ、その解釈でいい」
頷き、話を続けるぞとシン。
「今から8年前、児童の教育制度や社会保障の見直しなど、少年少女の権利拡大を求める論調が高まっていた頃だ。ある事件が起こった」
「横浜平和教会籠城事件」