激動の1日!護送青年サイボーグ襲撃事件捜査本部
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
愛車を改造するのが趣味という意外な一面がある。
神奈川県警
・物部警視正(モノノベ ケイシセイ
神奈川県警、中華街加賀町署の署長。
壊滅的なネーミングセンスを持つ男。
副署長、刑事部長とは非常に仲が良い。
6
友香と別れた清花は、自らが所属している警察署へと戻っていた。
中華街善隣門の目の前に位置する、中華街加賀町署。現在、青山清花警部補が所属する警察署だった。ちなみに、先程まで居たピンゾロ飯店から、歩いて数秒の距離でもある。
署へ戻った清花は、会議室へと急いだ。
『激動の1日!護送青年サイボーグ襲撃事件捜査本部』の貼り紙が出された会議室へと入る。壊滅的なネーミングセンスについては目を瞑り、ノーリアクションで通した。
彼女は席に座ると、机の上に配布されていた紙を折りたたみ、胸ポケットに仕舞った。
紙にはバーコードが印刷されていた。それを警察官が使用するデバイスで読み込むと、事件の概要にアクセスできる仕組みになっている。
「えー、逃走したのは、調隆生18歳。すでに知っている者もいるだろうが、彼は今朝、ビルスーパーで発生した殺人事件の容疑者だ」
会議室には十数名の刑事が集められており、事件の経緯を聴かされていた。
「彼を小田原にある少年院へ護送中、何者かが護送車を襲撃、拉致された。現在、彼の足取りが掴めない状況になっている」
捜査員に向かう形で座った5人の男のうち、一番右側に座ってる男が話している。彼らは署長、副署長、捜査一課長、一係長。署内トップクラスの面子だ。ちなみに話しているのは、一係長である。
「襲撃した人物は何者なんですか?」と手をあげる若手の刑事。
「それはわからん。これが襲撃された付近の防犯カメラの映像だ」
何もない空間に、立体映像が映し出される。
映像のなかでは、目出し帽に、黒いジャンパーを着た数人の人物が、護送車を襲っていた。確かに、これでは何者か判断するのは不可能だろう。
彼らは少年を黒いワンボックスカーに乗せると画面外に走り去っていった。
「この通り素顔がわからない。今、手がかりになるものがないか、鑑識課に解析してもらっているところだ」
だが。と係長は言葉を切り、
「このことから襲撃者は複数犯、組織的な犯行だと考え、捜査を行う」
話を終えた彼は、椅子に座ると隣の男に目配せした。署長である。彼は頷くと、
「護送中の殺人犯が逃走。これは警察の威信に関わる問題だ。捜査員一丸となって捜索に当たってくれ」
「はい!!」
聴き込みに向かう者、少年の実家に話を聴きに向かう者、事件現場へ向かう者。署長の激励に、捜査員は威勢のいい返事をするとそれぞれ立ち上がり、会議室を飛び出していった。
その一方で、一番後ろの席に座っていた清花は立ちあがると、つかつかとトップスリーに歩み寄った。
「署長」
「お?おお、青山君か。どうかしたかね?」
清花の呼びかけに署長ではなく、副署長が反応を示した。署長は、机の上で手を組んだまま、こちらに視線を向けただけだ。
「はい、先ほどの容疑者についてですが」
「内務省の件か?」
署長と視線が合う。
清花の言わんとしていることは、すでにわかっていたようだ。彼女は少し目を見開くと、すぐに元の表情に戻す。
「はい。やはり、そのことは伏せておくのですね」
「ああ、話してしまうと、捜査員が余計な先入観に囚われてしまう危険があるからな」
「それに加えて、萌芽の家は公安の専門部署が内偵している。お互いに足を引っ張るのは得策ではない、と」
「その通りだ」
清花は、この男の言わんとしていることを理解していた。眉間にしわを寄せながら頷く署長。
「青山、このことを知る捜査官は、お前含めてごく僅かだ。その彼らにも納得してもらった」
納得してもらった。おそらく、理解はしているが納得はしていないだろう。最重要参考人となり得る存在がいるのにも関わらず、手出しができないのだ。正義感に溢れる刑事が、そんなことを納得するはずがないと清花は思った。きっと断腸の思いで、指示を受け入れたのだろう。険しい顔をする清花。
そんな彼女に、署長は話を締める。
「捜査をするなとは言わん。ただし、このことは頭の片隅には入れつつも、それだけに固執するような捜査はするな」
「……はい、ご期待に添えるよう邁進いたします」
頭ごなしに押さえつけられると思っていたが、彼の言葉の端々には微々たるものだが、柔らかいものを感じた。立場上、口には出せないが、暗に「上手くやれよ」と言いたいのだろう。
署長、物部警視正は変人である。というのも、彼が現場第一主義を掲げているからだ。
刑事たちが円滑に捜査を進められるように、現場を第一に考えている。彼曰く、そうすることによって事件解決の効率が上がり、署の代表である自分にも利益があるのだそうだ。
だから、出る必要がない捜査会議に参加しては、捜査員たちを見守っている。若手からしたらたまったものではないし、他に大事な仕事があるのではと常々思う。
清花は、そんな彼の意図を心得たと頭を下げ、捜査に向かおうとした。
「ああ!ところで青山君」
そんな彼女を引き止めるように、副署長がチョイチョイと手を振る。
「何か……?」
「あの入り口にある、事件名を命名したのは私なんだがどうかね?素晴らしいネーミングセンスだろう」
彼は、子供のような無邪気な表情を浮かべ、清花に同意を求めた。
彼が言うのは、『激動の1日!護送青年サイボーグ襲撃事件捜査本部』の貼り紙のことだろう。
捜査本部が設立された場合、その事件の命名をして、会議室の入り口に貼り出す。そのとき、後世にも残るようなインパクトのあるネーミングをするのが通例である。その命名をするのが、署長、副署長、刑事部長のスリートップであり、あーでもないこーでもないと、三人が奮闘する姿を署内でよく見かける。
なお、この三人は、公私ともにかなり仲が良いため、命名するときにはそれほど揉めないらしい。副署長が提案して、その案を他の二人が絶賛するという流れがテンプレーションなのだそうだ。三人ともネーミングセンスが無いことが悔やまれる。
「はぁ……大変よろしいのではないでしょうか」
少し困惑した表情を浮かべながら、清花は心にもないことを述べた。
「だろうだろう!青山君ならそう言ってくれると思ったよ!」
うんうん。と、副署長は満足げに頷く。その横で署長も頷いていた。
「では、失礼します」
「ああ!引き留めて悪かったね」
清花は踵を返すと、『激動の1日!護送青年サイボーグ襲撃事件』の捜査へと向かっていった。