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彼岸の聖者  作者: 空波宥氷
4/39

注文はさほど多くない探偵少女

主な登場人物

 

・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶が好き。


・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。

4


 時刻は13時。中華街は、買い物客や観光客で賑わっている。そんな中、友香は、ピンゾロ飯店という中華料理店で昼食をとっていた。ちなみに、この店は、度々ラジオ番組にも取り上げられている有名な店である。


「聴取、お疲れ様でした」

「ありがと。思いのほか時間がかかったわね」


 友香は口に水を運ぶ。コップをテーブルに置いた彼女は、少しばかり疲れた表情をして、ため息をはく。

 事件の後、友香は関係者として事情聴取を受けていた。といっても、容疑者が確定していたため、彼女はすぐに帰されたのだが。


 しかし、友香の目の前にいる人物は違った。彼女の向かいには、一人の女性が座っている。彼女の名は、青山清花あおやま さやか。先ほど、友香の電話で事件現場に駆けつけた刑事だった。

 歳は27。身長は165センチくらいで、青い瞳と、セミロングにした暗い銀色の髪が特徴的だった。髪や瞳の色は、彼女がイギリス人と日本人とのハーフであることが由来している。


 友香は、彼女と個人的な親交があり、時間が合うときはこうして昼食を共に過ごしていた。事件の聴取を受け終わった友香は、今日も清花と店を訪れていた。

 事情聴取より清花を待つのに疲れたわ、と友香が苦笑いする。



「申し訳ありません。相手が相手でしたので……」

「ああ、容疑者が未成年だったからね」



 清花の返答に、コップを持ちつつ、納得といった言葉を返す友香。



「ええ……」



 清花が眉間に皺を寄せ、目を細める。


 少子化が進んだ昨今、特に戦後直後には、未成年者の異常なまでの権利拡大が声高に叫ばれていた。その声を受けた政府は、未成年保護に関する制度が度々導入した。しかしその結果、未成年者は、たとえ重罪を犯しても刑罰を下されずに済むという凄惨な社会になってしまっていた。


 それを変えようと、権利の縮小を提言した国会議員が、権利の侵害だと辞職にまで追い込まれる事態まで起こった。今や、未成年者とその擁護団体の顔色を伺わずして、国家は機能し得なくなっていた。

 そのような現状のため、警察機関は未成年犯罪者の扱いには、几帳面なまでに慎重になっている。



「まぁ、理由はそれだけではありませんけどね……」

「どういうこと?」



 清花の呟いた一言に、友香が食いつく。



「萌芽の家、という団体をご存知ですか?」



 声のトーンを落とし、少女に問いかける。



「萌芽の家?聞いたことないわね」



 友香は眉をひそめる。

 そんな彼女に、清花が説明を加える。



「いじめや虐待を受けた子供や、身寄りのない子供たちを引き取り、社会復帰を目標に更生を促す保護団体です。今回逮捕した青年はその出身者でした」

「ふーん……社会復帰を目指してるってところは少し引っかかるけど、子供たちの助けになっているのならいいんじゃない?」



 友香は、不登校児などの問題に関して、別に学校や社会に復帰をする必要はないと考えていた。モンテッソーリ教育やシュタイナー教育など、子供の想いを尊重する教育方法を用いる機関や団体があるため、そこで学ぶ方がむしろ良いのではないか、と。


 特にシュタイナー教育のような、自然と共生する教育方法には注目すべきだと彼女は考えている。その最たるものが農業である。

 子供は勿論のこと、ボランティアとして企業人や老人、精神病患者や身体障がい者などに呼びかけ、農作業を体験してもらう。農作業を通じ、様々な立場の人物と交流を設けることで、人は多くの価値観に触れられ、感性の成長に繋げられるのではないかと期待が持てる。また、不規則な食生活で体調を崩した子供に、農家が作った食品を摂取していたら完治したという話もある。


 自然と教育の関わりには大きな可能性が存在しているのである。それゆえ、友香は、多種多様な教育方法があっても良い、それが当然であるべきだと感じていた。


 その一方で、救われる子供がいれば、そのような社会復帰だけを目指す団体があってもいい、とも彼女は考えている。

 だが、友香の発言に、清花は少し悲しそうな顔をして言葉を続けた。



「しかし、萌芽の家には、裏で未成年たちを洗脳し、カルト宗教紛いなことを行なっているという疑惑があるのです」

「……それが本当なら許せないわね。しかも少年法に宗教法の二重苦じゃない」



 友香も顔を歪ませる。


 宗教法とは、宗教の自由及び個人の信仰を否定してはならない、とする法律である。これは、戦争難民がそれぞれ異なった信仰を有していたことに由来している。グローバリズムで大変素晴らしい法律だが、国内のカルト宗教を助長させるには、充分な要因となった。



「また、先日起きた、内務省に爆発物が持ち込まれた事件にも、関与していた疑いが持たれています。現在、公安の担当部署が調査しているそうです」

「……少年法と宗教法を盾にされている以上、慎重にならざるを得ない。専門家が動いているから尚更、か」

「ええ、彼らが調査する案件は、国家の存亡に関わりますから」



 清花が目を閉じて、水を飲む。



「で、今その青年は?」

「予定通りなら、今頃少年院に護送されている途中でしょう」



 ここ言う少年院とは、裁判が行われるまで一時的に拘留するだけの施設を指す。



「そう……彼がきちんと罪と向き合ってくれることを願うばかりね……」


 友香がグラスを手にする。グラスの中の氷がカランと音を立てた。






「お待たせいたしました。こちら、ランチの茄子と麻婆豆腐、単品の小籠包でございます」



 ちょうど話が切れたタイミングで、料理が運ばれてきた。

 ランチメニューから、友香は麻婆豆腐セットを、清花は麻婆茄子セットを注文していた。それにプラスして注文した、この店の人気メニュー、小籠包も運ばれてくる。


 清花は空になった自分のコップに水を注ぎ、ついでに友香のコップにも注ぐ。

「ありがとう」と友香。

 清花が、水の入ったデキャンタを置く。



「では、いただきましようか」

「ええ」

「いただきます」

「いただきます」



 二人は手を合わせた。

 友香は麻婆豆腐に、清花は麻婆茄子に手をつける。



「学校生活はどうですか?」

「おかげさまで、楽しんでるわよ」



 料理を肴に、二人は他愛もない会話を始める。そんな会話ができる時間が、友香にとって何よりも幸せな時間だった。

 友香は、まずは麻婆豆腐のみを口に運ぶ。



「うん、美味しいわね」



 口に入れたときはおや?と思ったが、後からジワジワと辛さがきた。激辛でもなく甘口でもない、ちょうどいい辛さだ。舌先もそんなにヒリヒリしない。


 そんな繊細な辛さで大丈夫?と思いつつも白米にかけ味わう。どうやら、その心配は杞憂にだったようだ。主張が激しくないがために、白米の甘みを引き立てている。白米も白米で、噛むたびに滲み出るその甘みが、麻婆豆腐の繊細な辛さを魅力的なものにしていた。お互いにマッチしている、まさにベストパートナーであった。


 豆腐と白米の披露宴。純白のドレスとタキシードを祝福するのは、真っ赤なドレスの仲人。いい結婚式だ。

 白米とともに食べても死なない、しっかりとしたものを辛さの中に感じられる麻婆豆腐。美味しくいただきました。



「ねえ、麻婆茄子少しもらえないかしら?」

「いいですよ、その代わり麻婆豆腐を一口ください」

「もちろん」



 お互いに小皿に取り分ける。

 友香は麻婆茄子をぱくり。口の中で、ナスの旨味が広がる。新鮮なみずみずしさが、茄子にギュッと閉じ込められているようだ。麻婆一族を名乗ってはいるが、この茄子の水分が中和しているのか、辛さはそこまで感じられない。マイルドな味で、こちらも美味しくいただいた。



「うん、美味しいわね」

「ええ」



 茄子に満足した友香は、蒸籠へと手を伸ばす。フタを開けると、蒸気がモワッと上がり、彼女の手を撫でる。お待ちかねの名物、小籠包とのご対面だ。


 慎重に箸でつまみ、レンゲに移す。その際、皮を破ってしまったような気がした友香は、箸で確認する。どうやら気のせいだったようだ。心の中でこっそりと安堵する。


 気を取り直して小籠包に噛み付くと、黄金の肉汁がぶしゅ!っと飛び出す。肉肉しい香りが口一杯に広がり、ひき肉がほろほろと溶けていくのがたまらない。さすがは、この店の名物。段違いのクオリティだった。


 食事を進めていくうちに、友香は汗をかき始めていた。濡れた首筋を伝う汗は、少しばかり官能的だった。

 一方で清花は、麻婆茄子を食べているものの、涼げな顔をして箸を進めている。しかし途中で暑く感じたのか、のちに上着を脱いで背もたれにかけていた。


 デザートの杏仁豆腐を食べ終わった二人は、再び合掌した。



「ご馳走様でした。ふぅ、美味しかったわ」



 友香は満足げに息を吐いた。



「ご馳走様でした。では、私は会計してくるので、外で待っていてください」

「あ、自分の分くらい払うわよ」

「いえ、私が払います。先程の事件解決のお礼をさせてください」



 立ち上がった清花が表情を変えずに、食い下がった。



「そう……じゃあお願いするわ。……ありがとね」



 友香は押し負け、清花に少し照れ臭そうにお礼を述べた。そんな彼女の顔を見て、清花は口元を綻ばせる。

 そのとき、コール音が鳴った。清花が首に装着している通信デバイスの着信音だった。


 このタイプの通信デバイスは、現在、主流になっているもので、通称「首輪」と呼ばれている。その名の通り、首に装着するタイプのもので、少しばかりゴツいチョーカーのような見た目をしていた。


 通話は勿論のこと、何もない空間に画面を映し出し、動画、アプリ、メールなどの機能が使用可能であり、画面との距離感も調整可能である。


 また、その幅1センチくらいの黒い画面は、好みの画像をスクリーンセイバーとして待受画面にすることができ、それが洒落ていると若者の間で絶大な人気を誇っていた。


 画面淵はシルバーやブラックをはじめ、5種類ほどカラーバリエーションがある。清花はシルバーカラーを使用していた。



「はい、青山ですが。はい、はい……それは本当ですか……?はい、わかりました。すぐ戻ります」



 清花は通信を切って、表情を険しくさせる。

 その様子に、友香は問いかけた。



「何かあったの?」

「ええ、彼を護送していたトラックが何者かに襲撃されました」

「なんですって……?」

「襲撃した犯人と青年は逃走。本部は捜索チームの編成を急いでいるそうです」



 清花がバッグから財布を取り出しつつ、会話の内容を告げる。



「私もそこに合流しますのでこれで」

「ええ、気をつけてね」

「はい。友香も帰り道、気をつけてください」



 清花は、足早に店を出て行った。



「さて、私も一旦帰りましょうか」



 ご馳走様。と厨房に向かって言うと、友香も店を後にした。


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