プロローグ『華ノ探偵少女』参
3
「犯人がわかった!?それは本当かい!?」
休憩スペースへと戻った友香は、犯人がわかったことを伝えた。
案の定、友香以外の面子は目を丸くして驚きの声をあげる。
「ええ、もちろん」
「それは私たちの中にいるんですか!?」
「その前に」
5人の注目を浴びた彼女は、一旦ここで空気を落ち着かせんとばかりに質問を投げかけた。
「店長さんに聴きたいんだけど、開店してから悲鳴が聴こえるまでに、お店から出ていったお客さんはいたかしら?」
「え……そんな客はいなかったと思うよ?この時間帯は、いつも顔覚えられるくらい人少ないし」
「そう、ありがとう」
友香がニヤリと笑い、礼を述べる。
「そ、そろそろ教えてくれないか?一体誰が犯人だというんだい?」
客の一人が、待ちきれないとばかりに問いかける。
友香は目を閉じ息を静かに吐く。瞼を開け、語り始めた。
「犯人は、トイレで被害者を刺殺した後、窓から逃走したわ」
「え、そ、それじゃあ、ここに犯人はいないじゃないか!!」
店長が叫ぶ。
「いいえ、逃げたのは下にじゃないわ。上によ」
友香が天井を指差す。
「う、上だって?」
「そう、窓のサッシに立って、身を乗り出し、ジャンプ。予め開けておいた三階の窓に手をかけ、よじ登って再びこの建物に入ったのよ」
「そ、そんなこと不可能でしょ!人間にそんな力はないはずよ」と客。
「いいえ、それが可能なのよ」
「そうでしょ?バイトのお兄さん?」
友香が不敵な笑みを浮かべ、青年を見つめる。他の4人も一斉に彼の方に顔を向ける。
「き、君が……?」
「は、はは、何を言うんだい探偵さん?僕が人殺し?冗談じゃない」
彼は少し後ずさりながら、無実を訴える。
「だ、第一、僕に一階分の高さを飛び上がれる力がありそうに見えますか!?」
青年は、必死に弁明を図ったていた。
「見えないわ。本当、最近のサイボーグ技術の進化は目まぐるしいわね」
「さ、サイボーグ?」
店長がキョトンとした顔をする。
「ええ、彼は両腕両足を幼い頃事故で無くし、サイボーグ技術を適用しているわ。そうよね?」
今から数十年前、義手や義足の機能向上を図った研究が国家を挙げて行われた。その結果、従来の義手よりも質感、動作、重量など完璧に人体を再現することに成功していた。しかし、幻肢に苦しめられる患者は絶えず、現代において様々な議論研究がなされている。
このサイボーグ技術発展の背景には、同時期に勃発した世界規模の戦争によって、多くの兵士や研究者が身体を欠損したことがある。
技術の適用を受けた彼らは、ヒューマノイドと呼ばれ、奇怪な目で見られることもあり、差別の対象にもなっていた(この差別意識には、得体の知れない存在への畏怖の念が強く現れていた)。しかし、現在ではその技術も浸透、認知されるようになり、医療の現場で活躍している。
「あ、ああそうだよ。けど、何か勘違いをしているようだけど、サイボーグといっても僕のは医療用で、機能は普通の肉体と変わらない」
だから、三階への移動は不可能だと青年は言う。
しかし、その言い訳は友香には通用しなかった。
「ええ、確かに不可能ね」
「じゃ、じゃあ……」
「ただし、それが普通の医療用サイボーグだったらの話だけど」
「い、いいい一体なにが言いたいんだ!」
図星を突かれたのか、青年が狼狽える。
「その手足、不正に改造してるわよね?知り合いに調べてもらったんだけど、あなた、数ヶ月前にマーケットで施術を受けたそうね。調べはついてるのよ」
寧ろ、そこからあなたが犯人だとわかったんだけど、と友香が付け加える。
近年、サイボーグ機能の出力を異常に引き上げる、違法な改造手術が横行していた。その発生源は、戦後、ここ中華街の周囲にできたマーケットである。その技術悪用による、暴行や窃盗といった犯罪行為が、神奈川県を中心に頻発していた。それが、ヒューマノイドが差別を受けていた原因の一端となっていた。
「両足の反発係数の増強と、両腕の積載上限の大幅な向上。どれも違法な数値だったわ」
彼女が青年を睨みつける。
「わ、わかった、わかったよ。とりあえず、僕には手段があったってことは証明されたみたいだね」
ついに彼は、開き直ったような態度を取り始める。
「だけど、それは僕が人殺しをしたって証拠にはならないはずだよ?」
「た、確かにそうだ……手段があるからといって、それが実行したという証拠にはならない」
客や店主が納得といった声をあげる。だが、友香の追撃が止むことはなかった。
「いいえ、あなたがサイボーグだっていうことが、あなたが犯人だという決定的な証拠になっているのよ」
「は?それはどういう……」
「これ、なんだかわかる?」
友香が被害者の爪から採取した、塗料の破片を取り出す。店に置いてあったビニル袋に、きちんと入れられていた。
「被害者の爪の間に挟まってたんだけど、塗料が乾いて剥がれ落ちた物よ。おそらく犯人と揉み合いになったときついたんでしょうね。そしてこれは、医療用サイボーグに使われる特殊なコーティング塗料よ」
不敵な笑みを浮かべる友香に、青年の顔はどんどん真っ青になっていく。
「その破片と、あなたの身体のどこかにある傷、照合すれば一発だと思うけど、どうかしら?」
「ででででも!!それだって手段があるだけで!!」
青年はしどろもどろに御託を並べたてる。
これほどまで状況証拠が揃えば、ほぼ犯人なのは明らかなのだが往生際が悪い。
「あらそう?じゃあ、今からみんなで三階に行ってみる?」
青年以外は彼女の発言に首をかしげる。彼は目を見開き、何かに怯えたように身体を震わせていた。
「三階のトイレに、返り血で真っ赤になったレインコートが落ちてたんだけど、一体誰のだったのかしらね?」
一方の友香は、確実に相手を追い詰める自信があるため、不敵な笑みを浮かべ青年に迫る。
「そうそう、そのレインコートに髪の毛がついてたんだけど……これで満足かしら?」
友香がトドメを刺した。彼女は、先ほどとは打って変わって表情を消し、相手を睨みつける。
全てを看過された青年は、膝から崩れ落ちた。
「一件落着、ね」
その様子を見て、友香はため息を吐く。
彼女の表情は、事件を解決した爽快感よりも、やるせなさの方が勝っていた。
友香が感慨に耽っていると、休憩室の扉が開いた。
「失礼します、神奈川県警の青山です」
若い女性刑事が、警察手帳を提示する。
「あら、ちょうどいいタイミングね」
「け、警察!?」
警察官の登場にそれぞれ、三者三様の反応を見せる。
「容疑者は、どちらでしょうか?」
「彼よ」
友香から回答を得た青山が、犯人に手錠をかけ、連行する。
店長と友香は、彼女の後を追って休憩室を出る。
「ど、どうして警察がここに……」
店長が呆然として呟いた。
「ああ、私が呼んでおいたのよ」
「な!?お、おい!呼ばない約束だったじゃないかよ!!」
そんな彼に、いけしゃあしゃあと答える友香。当然、彼は批難したが、
「安心しなさい。もう事件は解決しているんだから、遺体の処理と聴取を受けるくらいで明日からでも営業は再開できるわよ」
「そ、それは本当か!?」
友香に諭されると、途端に表情を明るくする。
「そうよね青山警部補?」
「はい、遅くとも明後日には営業が再開できるはずです。そのためにもご協力よろしくお願いします」
探偵少女は、ちゃんと警察から言質を取ることにも抜け目はなかった。
「あ、ああ!協力する、するともさ!ありがとうありがとう……!」
彼は半べそをかきながら、友香と青山に何度も頭を下げていた。
コロコロ表情が変わる彼を、面白いなぁと友香はボンヤリと思っていた。だが次の瞬間、彼女はハッとした表情をすると、商品棚の近くへと駆けて行った。
何をするのだろうと青山が見ていると、友香は買い物カゴを持って戻ってきた。
それをレジの上に置く彼女。
「お礼をしたいのなら、これを買わせてくれないかしら?他のお店で買い直すのは面倒だもの」
友香は、店長にニコリと笑いかけた。
他の面子は、みなポカンとしていた。当たり前だ。今さっき、すぐそこで殺人事件が起こっていたのだ。にも関わらず、この少女は買い物をするという。図太いというか、普通の人間なら神経を疑ってしまう。
「あ、ああ!お安い御用だ!」
店長も少し戸惑いを見せたものの、これで恩返しができるならと快く応じてくれた。嬉々として、バーコード読み取り機を手に取る彼。
友香はお金を支払い、笑顔で品物を受け取る。
「ありがとう。助かったわ」
青山は、この少女の強かさと図太さに、大したものだとため息を吐いた。
2030年、戦後恐慌と人口減少により経済循環が滞った日本は、大規模な移民受け入れを決定した。しかし、この政策は恒久的な解決には至らず、付け焼き刃の決断は国内人種の混沌化を増長しただけに終わった。根本的な問題である国人の少子化は止まらず、以降日本国家は、少年少女の持続エネルギー化への道を模索するようになった。
A.D.2033