境界
15
「これ、本当に透明になってるのか?」
再び萌芽の家へと潜入した2人は、先ほどのエントランスを抜け、建物奥へと続く廊下を進んでいた。
「たぶん…ね。モカの腕を信じましょう」
「そうだな」
廊下には青い絨毯が敷かれており、右手にはいくつもの白い扉が等間隔に並んでいた。
建物は白い円形平面状で、ガラスで囲まれた中央部分は中庭になっていた。上空から見ればドーナツのように見えるだろう。おそらく、中世ヨーロッパに多く見られる教会の建築様式を真似たのだろう。この様式をロタンダというが、この建物にはドーム状の屋根はなく、ガラス越しに薄暗い空が覗けた。
天然の芝生の上では、2人の子供たちが戯れていた。
それを挟んだ向こう側の廊下も、見た感じこちらと似たような構造だった。
友香たちは、鍵穴から中を覗き込み、ある男を探していた。セラーー8年前に起きたテロの生存者であり、萌芽の家の広告塔をしている男だ。
「ねぇ優衣、さっきのわざとでしょ?」
唐突に友香が口を開いた。それには当然、優衣は何を言っているのかわからないといった顔をする。
「え?何が?」
「いや、さっき私が契約させられそうになったところよ。一芝居打って、わざと追い出される形にしたのよね?」
虚をつかれたような表情する優衣。だが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「うーん、どうだったかなぁ?忘れちゃった」
「ふふ、そういうことにしておくわ」
優衣に習い、友香も目を閉じ笑った。
(にしても、人がいないのね)
建物内は不気味なほど静寂に包まれていた。かなりの時間廊下にいるが、今まですれ違った人物はいない。
友香は眉をひそめる。
(何かあったのかしら……?)
建物内に、先ほどの女性しかないということはないだろう。組織にしては警備が手薄すぎる。
友香は、何か嫌なプレッシャーを感じた。そして、ひとつの不安がよぎる。
「なぁ、本当に友香が探してる人なんているのか?さっきから人っ子ひとり見当たらないぞ?」
優衣が、友香が抱き始めた不安を口にした。
透明になっているが、人がいないに越したことはない。見つかる心配がグンと減るから。しかし、目的の男もいないとなると話が変わってくる。それに、何のために危険を冒したのかもわからない。全てが水泡と消える。
だが、それでも友香は自信満々な表情を作る。
「いいえ、絶対にいるわ」
「なにを根拠に……」と、呆れる優衣。
「ん?」
「うおっ」
ふと、友香がひとつのドアの前で立ち止まった。
急に止まるものだから、優衣が勢い余って友香の腕を引っ張る。
「ごめ……どうした?」
「いえ…」
優衣が怪訝な顔をする。
その横で、友香がそのドアをじっくり観察している。
他のものとは明らかに装飾が違う。
(ここね。何か嫌な威圧感を感じるわ…)
友香は確信した。ここに広告塔の男がいる。
トン……
(……?)
ドアに向き合った友香は、何かに引き寄せられるように右足を前に出した。
彼女は不思議そうに振り返り、背後を確認した。
「ん?どうした?」
「今、何か、お尻のあたりを押されたような…」
「え?」
「いえ、きっと気のせいね。行きましょう」
彼女は覚悟を決め、そのドアを開け放った。
横で、優衣がこわばった表情をしているのが見えた。
そして、友香は親友の手を強く握り、部屋へと足を進めたのである。