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彼岸の聖者  作者: 空波宥氷
12/39

契約の血

主な登場人物


・反町友香(ソリマチ ユウカ

中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。

ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。

茉莉花茶を愛飲している。


・青山清花(アオヤマ サヤカ

神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。

英国人と日本人のハーフ。

灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。


・足利孝之(アシカガ タカユキ

ベテラン刑事。清花の教育係。

中年太りの男性警部。

高校生の娘がいる。


・一之江ことり(イチノエ コトリ

神奈川県警の鑑識官。階級は巡査部長。

清花のことを気に入っており、仲良し。

整った顔立ちと身体を持つが、性格はズボラ。29歳。


・江川鈴音(エガワ スズネ

神奈川県警嘱託の監察医。

黒髪のショートヘアと泣きぼくろが特徴。

若干17歳で数々の功績を挙げている、気づきの天才。




その他の人物


・調隆生(チョウ リュウセイ

友香が解決したビルスーパー事件の容疑者。

護送中に逃走した。

両手両足を違法改造している。


・諏訪正樹(スワ マサキ

ビルスーパー事件の被害者。

横浜市内の警備会社に勤務していた。


・薬師寺警部(ヤクシジ ケイブ

組織犯罪対策課の刑事。

常に慌ただしい人物。

12


「被害者の名前は、諏訪正樹すわ まさき31歳。横浜市内にある、警備会社に勤めていたサラリーマンのようです」



 青山清花は、足利警部とともに署内の廊下を歩いていた。


 先程、電脳資料室にビルスーパー事件で殺された被害者の概要が収集された。しかし、死体の解剖結果だけは今さっき出たばかりだそうで、それを聴きに2人は鑑識室へと向かっていたのである。



「まだ若いってのに、残念だ」

「えぇ、全く」



 首を横に降る足利と、眉間にしわを寄せる清花。

 そうこうしているうちに、鑑識室の標識が見えてきた。

 もう到着、というとき、



「きゃっ」

「っと!すまねぇ!」



 曲がり角から飛び出てきた人物に、清花はぶつかりそうになった。 

 詫びる声の主を確認すると、よく見知った顔だった。



「薬師寺警部?」



 その男は、捜査二係、組織犯罪対策部の薬師寺だった。

 手には、押収した品が入っているのだろうか、ダンボールを抱えていた。



「おお、青山君か!怪我はなかったかい?それに足利も」

「ええ、ご心配なく」

「一体どうしたんだ、そんな慌てて」

「どうしたもこうしたもないよ、麻薬だよ!大量の麻薬が見つかったんだ!」

「麻薬……?」

「ああ、昨日検挙したマフィアの隠し金庫からな!」



 たしかに、朝方から廊下は騒がしい雰囲気に包まれていた。歩いている間、落ち着きのない別部署の捜査員たちと何度もすれ違っている。

 あれは組対課の刑事だったのか、とひとり納得する清花。



「こりゃ、今ごろ税関もパニクってんじゃないの?と、こうしちゃいられねぇ、じゃまたな!」



 薬師寺は捲し立てると、走り去って行った。まるで嵐のような人物だ。



「相変わらず、騒がしいヤツだなぁ」

「ええ、凄い熱意です。……私たちも鑑識室へ行きましょうか」

「そうだな」



 気を取り直し、目的地へと向かう。

 鑑識課と表示されたプレート、その横にあるガラス扉をスライドし、2人は鑑識室を訪ねた。






「捜査一係の青山です。司法解剖の件で来ました」



 鑑識室内は白を基調としており、清潔感を感じる部屋だった。光を取り入れるため、ガラスを多用していることも手伝っているのかもしれない。時折、稼働中の機械が音を立て、光を点滅させていた。



「お疲れ様です。監察医の江川です」



 清花の声に返答したのは、若い女性だった。


 髪型は前髪をセンター分けした、黒髪ショート。左目下の泣きぼくろが特徴的だった。スウェットの上から白衣を着ている。首から下げたネームプレートには、江川鈴音えがわ すずねと書かれていた。



「書類をお持ちしますので、少々お待ちください」



 彼女は、持っていたマグカップをテーブルの上に置き、ファイル棚へと向かった。

 それとほぼ同時に奥の扉が開き、ひとりの女性が現れた。



「あ、清花ちゃんだ。いらっしゃーい」

「ことりさん、お疲れ様です」

「俺もいるぞ?」

「あー足利警部殿、お疲れ様です」

「相変わらず眠そうだな」



 彼女は、一之江ことり。この署に所属する唯一の鑑識官だ。

 紺色の制服に白衣を羽織っており、ウェーブしたミルクティー色の髪は腰まであった。

 彼女は、サンダルをぺったぺったと音を立てながら、清花たちの元へ歩み寄る。



「ちゃんと寝てるんですか?」

「うんにゃ、一連の事件で忙しくってさ〜データまとめるのに一苦労だよ〜」



 ことりは、ため息をついてみせる。 



 電脳資料室には、警察官の手によって情報を報告する決まりがある。そのため、集められた情報は彼女がまとめ、出力せざるを得ないのである。


 遺留品収集をはじめ、大半のことは鑑識ロボットが行なってくれるので、彼女が行なっているのは主に最終的な監査作業。


 一人で行うのに不可能な量ではないと彼女は言うが、負担が集中していることには変わりないのだろう。



「ま、仕事があるだけありがたいんだけどね」



 ことりは苦笑しながら、マグカップにコーヒーを淹れた。



「お待たせしました、解剖の結果です」

「ありがとうございます。拝見します」



 世間話をしていると、鈴音がファイルを手に戻ってきた。

 礼を言いつつ、それを清花が受け取る。パラパラと書類をめくり、概要に目を通す。

 足利は横から覗き込んでいた。



「やはり、死因は心臓を刺されたことによる急性ショック死。他にこれといった外傷はなかったんですね」

「ええ、この刺し傷が致命傷になったのは明らかですから」

「即死だったろうしねぇ」

「じゃあ、なんで解剖なんてしたんだ?」



 腕を組んだ足利が尋ねる。

 その疑問は最もである。普通、死因が明らかな場合、解剖などしない。



「それは……」

「気になることがあったからだよね?」



 ことりが背後から鈴音の両腕を掴み、彼女の顔を覗き込む。



「は、はい」

「その、気になることとは?」

「遺体の首が少し赤らんでいたんです」



 清花の問いかけに答える鈴音。

 その意外な返答に、清花と足利は目を丸くして顔を見合わせた。



「え、それだけですか?」

「はい」

「そ、そうですか」

「ていうかこれ、赤らんでるか……?」



 書類に添付された、遺体の写真を凝視する足利。

 清花は少し困惑して、鈴音に尋ねる。



「それで何かわかったのですか?」

「はい。血液からごく微量でしたが、アルコールの成分が検出されました」

「アルコール?だから皮膚が赤らんでたのか。ていうか朝っぱらから酒盛りかよ」



 呆れた様子の足利。

 そんな彼に、口元を手で押さえ、こっそり清花が尋ねた。



「赤らんでるように見えました?」

「いや、全く」

「ですよね……」



 小さく首を振る足利。



「とにかく。被害者は、怠惰な生活をした。犯行に及んだ調は、それをよく知っていたということになりますね」








「うーん、それは違うと思うな〜」








 黙っていたことりが、清花の見解に異を唱えた。

 清花は驚き、彼女の方を向く。



「違うとは?」

「これ、被害者の経歴なんだけど、見たらわかると思うよ」



 ことりがパソコンを起動させ、清花たちに見せる。


 キーボードのみの最新機種で、立体映像のウィンドウが表示されるものである。電気料金が勿体ないのだが、機密保持の関係でやむを得ず使用しているそうだ。


 スクロールされる経歴を、清花が見つめる。



「ここ!止めてください」



 興奮気味に画面の一点を指す。



「あ、わかった?」

「ええ、なるほど、そういうことでしたか……」



 ことりの様子から見るに、清花の推測は正解なのだろう。



「なんだ?何がわかったんだ?」

「足利さん、ここです」



 画面の一部分を指差す。




 そこには、「布教資格宣教号取得」の文字。




「布教資格?たしか……」

「日本国内において宗教思想、および教育を伝播するときに必要とされる資格です。宣教号はキリスト教専門の資格ですね」

「キリスト教……?そうか、ぶどう酒か!」



 これには、足利もピンときたようだった。



「ええ、ですから彼は敬虔なキリスト教徒で、怠惰な生活をしていたわけではなかったんですよ」


「……だが、休日だったら、朝から呑んでただけっていう可能性もあるんじゃないか?」


「ええ、もちろん否定はできませんが、その可能性は低いと思います。その根拠に事件が起きた日は日曜日、礼拝が行われる日です。新旧問わず、キリスト教では、礼拝時にぶどう酒を飲むのが習慣ですから、その可能性の方が高いかと」


「そうか、飲んだのは宗教儀礼の日。被害者はむしろ、規則正しい生活を送っていた……」



 足利は納得した様子だった。

 その横で、うんうんと頷くことり。どうやら清花の推理は、彼女を満足させられたようだった。



「しっかし、まぁ……よく赤くなってたなんて気がついたな。そうじゃなかったら、ここまで早く被害者の思想信条は分からなかったぞ」



 驚きや不思議といった感情を表して、感心する足利。

 宗教思想が根付いた現代において、その人物の思想信条を知ることは、重要な手がかりになり得るのである。



「でしょ〜?えがちゃんは気づきの天才なんだ」

「こ、ことりさん、褒めすぎですよ……」



 ことりは、得意げになって鈴音を褒め称える。

 たしかに、彼女の捨て目は類稀なる才能だろう。今回もお手柄である。

 褒められた彼女は、照れ臭そうに困った表情をした。



「でも、男心はわかんないっぽいんだ」

「ことりさん!」

「あはは、ごめんごめん」

「もう!」



 そして、ことりがジョークを飛ばし、鈴音が怒ったポーズをとる。

 側から見ると、仲の良い姉妹のようで微笑ましかった。



「とにかく、これで被害者の死亡する前の足取りが掴めるかもしれません。また、どこの教団に所属していたかも明らかになりますね」



 清花が落ち着きを取り戻し、話を戻す。



「そだね〜そして、その教団が萌芽の家だったりして」



 ことりの口から、予想だにしなかった単語が飛び出て再び驚く清花。思わず、眉をひそめる。



「ご存知だったんですか……?」

「うん、だから調べといたよ。これ、萌芽の家の人員名簿」



 ホチキスで留められた、数枚の書類を差し出すことり。

 それを受け取ると、清花は慌ただしくページをめくった。



「お、おい、なんだよ萌芽の家って」



 置いてけぼりの足利に、名簿から目を離さず、清花が簡潔に説明する。



「先日、内務省に爆発物が持ち込まれた事件で、容疑がかかっているカルト教団です」

「なんだと?」

「ありました……神奈川県本部、宣伝部所属……」



 たしかに諏訪の名前があった。

 眉をひそめ、覗き込む足利。

 名簿に釘付けの清花に、ことりが指示する。



「清花ちゃん、下、下」

「下?……っ!?これ……!」



 思わず名簿欄を指差す清花。






 神奈川県本部、整備部所属、調隆生。






 諏訪正樹を殺害し、護送車から逃走した、調隆生の名前があった。



「おいおいおい!調隆生って……2人は面識があったのか!?」

「どうやら、そうだったみたいですね」



 驚きのあまり、大声をあげる足利。

 清花は、控え目にだがニヤリと笑う。


 調隆生が、萌芽の家に所属していたことは疑惑の通りだったようだ。

 被害者と加害者。ひとつの事件の重要人物が繋がった。


 そして、萌芽の家との繋がりも。



「じゃあ護送車を襲ったのって」

「ええ、萌芽の家の関係者とみて、ほぼ間違いないでしょう」



 疑惑は確証へと昇華された。

 まさか、監察医の小さな気づきからここまで進展するとは……

 清花は、興奮を抑えきれていなかった。



「よし、二度手間だが、被害者遺族に話を聴きに行くぞ。何か掴めるかもしれん」

「はい。すぐに、車回してきます」



 足利に頷くと、ことりたちに向き合い、礼を述べた。



「ことりさん、江川さん、ありがとうございました」

「お、いってらっしゃい。気をつけてね」

「お気をつけて」



 フリフリと手を振ることりと、頭を下げる鈴音。



「ありがとうございます」



 2人に再び礼をすると、清花は駐車場へと駆け出した。



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