便利なリスク
主な登場人物
・反町友香(ソリマチ ユウカ
中華街に暮らす探偵少女。中学2年生。
ピンク味の帯びた白い髪に、赤い瞳を持つ。
茉莉花茶が好き。
・青山清花(アオヤマ サヤカ
神奈川県警の刑事。友香の姉的存在。
英国人と日本人のハーフ。
灰色の髪色に青い瞳という身体的特徴を持つ。
・足利孝之(アシカガ タカユキ
ベテラン刑事。清花の教育係。
中年太りの男性警部。
高校生の娘がいるが、最近冷たいらしい。
10
青山清花は横浜にある倉庫街にいた。
中華街から数キロ程度しか離れていないそこは人気が無く、物寂しさが漂っていた。
二車線道路の両側には、くすんだ色をした倉庫や人気のない施設などが建っている。雑草が伸び切っていたり、何かに使われていたのか錆びたトタン板が放置されていたりと、人の手はあまり入っていなかったことが伺える。
護送車が襲撃された事件現場であった。
「青山、そっちのカメラはどうだ?」
「いえ、これといって手がかりになりそうなものはないですね」
「はぁ……一体なんなんだ」
清花の横で中年太りの男がため息をついた。
男の名前は足利孝之。階級は警部。御歳49歳、警察歴25年のベテラン刑事であり、清花の教育係であった。
彼らは、規制線で区切られた約150メートル間に存在する監視カメラの映像の抽出作業に追われていた。
デバイスからケーブルを引き出し、カメラに繋ぐ。映像を確認しては収集するローテーションを繰り返していた。だが、目ぼしい手がかりはなかなか見つからない。
「こんだけあれば何かしら分かると思ったんだけどなぁ」
「あと付近のカメラの数は50台です。一人当たり約3台ですね」
「愚痴こぼしててもしゃーねぇか……よし、さっさと片付けるぞ」
足利が歩き出す。清花もそれに続く。
彼らの足元では、膝丈ほどのロボットが数台、遺留品の収集を行っていた。空になった護送車にも、何台もの小型ロボットが集まっている。
他の捜査官も、カメラからの情報収集に従事している。
それを横目に、最も端、規制線が張られた近くのカメラに向かう。
日本は全体的に電力供給が乏しいため、規制線にはオレンジ色のテープが使われていた。
オレンジテープの向こう側、規制線の外には、ひとりの野次馬がいた。清花には、その特徴的な容姿を持つ野次馬が誰だかすぐにわかった。
「よくこの場所がわかりましたね、友香」
「ええ、ちょっと友達に調べてもらってね」
「調べるってどうやって……」
「にしても忙しそうね」
怪訝な顔をする清花を横に、奥を覗き込む友香。
「青山、何してるんだ?って友香ちゃんじゃねぇか!」
こちらに気がついた足利が駆け寄る。
「あら、足利警部。久しぶりじゃない」
「おお!ホント久しぶりだな!大きくなっちまってまぁ!初めて会ったときはこんなちっちゃかったのになぁ」
「あら、初めて会ったとき私3歳よ?」
足利は再会を喜び、その様子に友香がクスクスと笑う。
友香は小さい頃、足利と会っていた。というのも、彼女の母親も警察官であり、神奈川県警に所属していた。その縁で、友香は幼い頃に足利と面識があったのである。
「いやぁホント大きくなったなぁ」
「ええ、だって私、今年で中学二年生になったんだもの」
「そうかそうか!時間の流れっていうのは早いもんだなぁ……」
嬉しそうにクルリと回って見せる友香と、ウンウンと頷く足利。
それを見て、小さくため息をつく清花。捜査中にも関わらず、和気あいあいとした二人に呆れた彼女は、捜査に戻ろうとした。
そのとき、デバイスの通知音が鳴った。音とともに通知画面が表示される。清花が画面を更新し、通知を確認する。
病院に行った刑事から報告だった。
護送車に乗っていた警察官から、聴取ができたようだった。そのやり取りを録音した音声ファイルも添付されていた。
友香はそれに興味を持った。
「清花、それなに?」
「これですか?これは、電脳資料室というシステムです」
何も特別なことはないといった様子で、清花が答える。
しかし、友香にしてみれば聞いたことのない名称だった。
「電脳資料室?」
「ああ、特殊なサーバー内に捜査資料を作成して、刑事同士で共有を図るシステムだってよ」
仕組みはよくわかんないがな、と清花の隣にいた足利が笑いつつ、解説した。
「それ大丈夫なの?」
大丈夫なの、とは友香の言葉である。
彼女はデータの流出を懸念したようだった。
その意図を理解した上で、清花は問題ないと答える。
「捜査に用いられるこのサーバーは、警察省が内務省と共同開発したシステムです。運用も、警察省の専門チームがリアルタイムで観測していますから問題無いかと」
警察省ーー
先程シンから聴いた話を思い出し、眉をひそめる友香。
そして彼女はもうひとつの省、内務省に思い当たる節があった。
「内務省って確か、民間企業と提携して他国からのサイバー攻撃の対処や、国内ネットワークの監視もしてたかしら?」
「ええ、ですからネット管理においては国内最先端の技術を擁しています」
「なるほど、それなら安心かもしれないわね」
微妙な表情で頷く友香。
口ではこう言いつつも、あまり信頼はしていない様子だった。
その間にも、聴き込みに向かった刑事たちから、続々と報告が上がっていた。