陽気が射す
春が近づいてきた。新しい季節とやらだ。春なんて何度も巡り巡っているのに、一体どこが新しいのか、わたしにはよくわからないのだけど。
「う〜〜〜〜〜〜……わっ!」
「あ〜あ…」
「え〜まじか!!!」
しかし、朗らかな陽気とは言えど、この強風はさすがに参ってしまうこともある。
現に、愛乃が手にしていた10円切手が飛ばされて、歩道の排水溝の中へ落ちてしまったのだ。なぜカバンの中にしまわなかったのだろうか。排水溝に這いつくばって中を覗き込むその姿は、心底哀れであると思う。
「うあ〜どうしよう!」
「もう1回買って来るしかないでしょ」
「そんな…私の所持金あと20円なんだけどやばくない?」
「…そう…それは気の毒ね」
「オーケー、絶対興味持ってないよね、知ってた知ってた。まぁ無駄遣いした私の自業自得ってね!仕方ねー、もっかい買って来るか!」
「いってらっしゃい」
こっちを見たまま歩き出した愛乃に向かって、ひらひらと手を振っておいた。
一緒に来てくれないの、と訴えるような視線を受けた気がするけど、私は彼女の保護者ではないので気にしないことにする。
愛乃の特徴である、ポジティブで天然…いや、バカなところを見ていると、最近みた夢をまた思い出した。
舌が緑色した大学生の女の人のことだ。彼女もまた、愛乃と似たような雰囲気を持っていた。
初対面だというのに、お店でケーキを半分こしてくれた。他にも、メロンソーダを一緒に飲んだ覚えもある。あだ名もつけられたが、そこはよく覚えていない。彼女の名前は確か…名前、というより熟語だったような。とにかく名前も随分珍しかった。
変な人だな、とは思っている。けれど嫌では無かった。それどころか落ち着く気もした。この感情がよく分からなかったので後に愛乃に聞いてみると、「それは、空自身も友達なりたいって思ってるんだよ!」と返された。
しかし、会って間もない人間に対して友達になりたいなどと、人間関係とはそんな軽率でいいものなのだろうか?わたしは他人に対して興味を持つ事がないので余計によく分からない。
今思えば、愛乃も天人も、夢の中の彼女も、わたしと会ってすぐに友達と呼べる関係に発展した。みんなはそれで満足しているのだろうか。
害のない人間なのであれば、わたしも拒むことはしないが、この性格上、自ら友達になりたいと思うことは無いし、所望したいとも思わない。
そんなんで、わたしは本当に友達になりたいと思ったのだろうか?思っていなかったとしたら、あの時感じた温もりのようなものはなんなのだろう。
「空ー、お待たせっ」
「愛乃、わたしは愛乃の友達?」
「えっ?ああうん、もちろん」
「じゃあどうしてわたしは、愛乃と友達になれたんだろう」
「えー、空が友達になりたいって思ったからじゃ…あ、もしかしてこの前の夢の話?」
「うん」
「友達っていうのはね、一緒にいて楽しいっ!って思える相手のことを言うんだよ。だから、空が誰かと一緒にいて『楽しいな』って思ったなら、その人はもう友達。」
「……たのしい…?愛乃はわたしといて楽しいの」
「もちろーん!空だって、よく私に振り回されてるのに嫌って言わないよね!」
「嫌いじゃないから」
「ふふ、そういうところだよ!まだまだ気付いてないこと、沢山あるみたいだね!」
「……そう…」
るんるん言いながら嬉しそうにスキップをする愛乃。何がそんなに嬉しいのかよく分からない。
「気付いてないこと」、確かに沢山ありそう。その事柄に興味があるか否かはこれから決まるだろうから、とりあえずゆっくり、偶にだけ考えることにする。
きっと昔のわたしに比べたら、今のわたしのほうが人間らしいのかもしれない。
なるほど、新しい季節だ。
ポジティブバカ
高野愛乃
ポジティブ。バカ。
この単語が最高に似合っている。
辛いものが大好き。血を見るのは苦手。
過去に交通事故で右目を失った。