黄昏が心臓を灼く
「空」
目覚し時計のベルが鼓膜を揺らした。
香ばしいトーストの香り。今日はピーナッツクリームを用意してくれたようだ。
「やっと起きたか空」
「ん……」
「休みだからって寝てばっかりだと苔が生えるぞ」
「苔…人なのに苔が生えるの」
「…いいから朝飯食え」
まるで温度を感じさせないような漆黒の髪の少女は、焼きあがったピーナッツクリームのトーストを頬張りながら窓の外を見た。冬の空にしては雲が多い。これから天候の崩れが訪れることを予兆しているのだろうか。今日も星空は見れそうに無いな、と、視線をパンのほうに戻した。
黄土色の髪の少年が、その内心を探るような眼差しで彼女を見つめる。
「残念だったな」
「なにが?」
「星。今日も見られないかもしれないんだろ」
「別に…、星なんて毎日あるものなんだから、代わりの日はいくらでもある」
「そうだな」
皿の上にちらばるパン屑が、少女には星空に見えた。たったそれだけで、今日1日が輝くような気がした。
夢なんて見ても仕方ないと思ってたけど、昨夜の夢に出てきた妖精が、手からきらきら光る粒を放ったり、本物の星のような金平糖をくれたりしたから、現実に目覚めた今でも、微かに期待をするようになったのだ。
まるで幼い子供が真っ白なスケッチブックにクレヨンをすべらせたような儚い夢だったが、少女にとっては、それがいつもの夜より何倍も楽しいひと時だった。
けど、今はその時の記憶は半分程度しか存在しない。妖精の名前は覚えてないし、顔もよく思い出せない。残っているのは、ただ「たのしかった」と感じた温かさだけ。
そして、目の前に広がるパン屑に、その温かさを再び取り戻そうとしていた。
無茶で幼稚な話だ。
こうして大人になっていくのだな、と、神崎空は皿の上の星屑を水道水で洗い流した。
黒髪の少女
神崎空
何事にも無関心で、表情筋が働かない。
食べることは大好き。
先天性の無痛症を患っている。
黄土色の髪の少年
小野崎星司
ヤンキーのように見えてヤンキーじゃない。
オカン気質。短気。
同い年だが、空の保護者。