子持ち強面おっさん
「離してよ!」
掴まれた腕を抜こうと躍起になるも、ビクともしない。
相手はガラの悪そうな男。
握力も強くて、掴まれた箇所が痛い。
「離してったら!」
路地裏へ引っ張っていかれる。
私の抵抗なんて、全く意に介せずに。
「うるせぇな!その顔見れなくなりたくねぇなら、黙れ」
「……っ!?」
恫喝され、思わず怯む。
事の発端は、この男が嫌がる女性へ強引に声をかけていた事を注意した事。
それが勘に触ったのか、こうして腕を掴まれ、引かれている。
このまま連れて行かれたら危険だと分かっているのに……どうやっても腕を抜けない。
こんな男の言いなりになんてなりたくないのに、それを防ぐ手立てがない。
「いって!」
突然曲がり角から誰かが出てきたらしく、ぶつかった男が声をあげた。
「何処見てんだ、てめぇ!ぶっ殺すぞ!」
声を荒げた男は──次の瞬間、青褪めた。
「あ゛あ゛?殺れるもんならやってみろよ」
男の背中越しに見えたその人物は、恐い顔をしている真っ黒なスーツを着た男だった。
ヤのつく人にしか見えない。
「す、すいませんっしたぁ!」
私の腕から手を離し、一目散に逃げていく男。
私も逃げたいけど……あまりの恐怖に腰が抜けて動けない。
「あん?んだ、あれ?」
逃げていく男の背を見ながら呟く男。
私に気付かず、何処かへ行ってくれれば良いんだけど。
「とと?悪者、やつけた?」
場違いな程幼い声が聞こえたけど……幻聴じゃない……?
「おう、逃げてったな」
強面の男の視線を追うと……そこにいたのは二歳位の男の子。
男とは似ていない、おっとりした雰囲気の子供。
子供は男を“とと”って呼んでいるけど……親子なの?
「おい、嬢ちゃん。大丈夫か?此処はあまり治安が良くねぇから、女の一人歩きは止めといた方が良いぜ?」
座り込んでいた私に気付いた男が声を掛けてきたけど……思ったより恐くない人みたい。
「はい。有難うございます」
「……立てねぇのか?ほら」
腰が抜けた事が分かったらしく、手を差し伸べられる。
ゴツゴツとした筋張った手。
男の人の手だ。
掌に手を乗せると、簡単に引っ張られて立たされた。
「気を付けて帰れよ」
そう言って背を向けた男は、足元にいた子供を抱き上げて歩いていった。
もう二度と会う事はないと思っていたけど──
三日後。
男を見掛けた。
あの子供は一緒じゃないみたいで、一人で歩いている。
スーツじゃなく、Tシャツにジーパンというラフな格好だけど、彼とすれ違う人達が皆怖がっているのが分かる。
今は夕方の4時前。
何処に行くのか気になって、後をつける。
(こんな時間にウロウロしているなんて……仕事をしていないの?)
そんな事を思いながら。
────
──
(……此処?)
思わぬ場所へ入って行った男。
……でも、良く考えたら可笑しくはない場所。
(保育園……)
あの子供を預けているんだろう。
でも、母親はどうしたんだろう?
暫くして出てきた男と一緒にいたのは、やっぱりあの男の子だった。
「どうぶちゅえん、とと、いしょ!」
「そうだな。二週間後な」
「ペギン、みる!」
「ペンギンな」
「ぞーしゃん!」
「見れたら良いな」
二人の会話は、親子の会話そのもの。
でも、キラキラした瞳で男を見上げる男の子とは違い、男は無表情。
しかも強面だから恐い。
子供が笑顔じゃなかったら、人拐いと間違われそうな程。
「あれー?咲哉さんじゃないっすか?」
知り合いらしき男が、強面の男へ声をかけた。
(“さくや”って名前なんだ……)
そういえば、名乗らずに去っていった彼に、お礼をすべき?
「……野口か?」
「はい!……って、子供!?咲哉さんの!?似てねーっすね!」
「うるせぇ!」
相手は話し方からして後輩っぽいけど……チャラい。
「ととの、友達?」
「あ?コイツはただの後輩だ」
「こーはい?」
「あー……後から学校に入ってきた奴」
「がっこ……らんろしぇる?」
「それは小学校だろ?コイツは中学の時の後輩」
「ちゅ……?」
「小学校の次の学校」
男を放置して、子供の質問に答えている。
……良い父親みたい。
「えー?いつ結婚したんすか?俺、何も知らないっす」
「森羅ができてから籍を入れたからな。もう三年になるか」
「咲哉さんが父親……羨ましいぞ!坊主!」
「うるせぇ!」
ゴツッ……と鈍い音がした。
どうやら殴られたらしい。
「とと、しんの、とと!」
「気にするな。俺は森羅だけの父親だ」
森羅くんにとって、咲哉さんは良い父親なんだろう。
お父さんが大好きって感じだ。
独占欲もあるようだし。
──咲哉さんは、笑顔を浮かべても良いと思うけど。
自分の子供が好きでいてくれるのって、嬉しくないのかな?
それとも、感情が表に出ないだけ?
「いてーっすよ!」
「俺の餓鬼を泣かすとどうなるか、思い知るか?」
「遠慮するっす」
低くなった声に、男は慌てた様子で首を振る。
それ程咲哉さんが恐いんだろうな。
「これから仕込みあっから、じゃあな。六時から営業だから、暇があれば食べに来い。此処で飯屋やってっから」
そう言って何かを渡した。
(飯屋……?)
咲哉さんは、飲食店で働いている……?
ヤのつく人じゃなかったって事?
チャラい野口さんと別れた咲哉さんは、森羅くんを抱き上げたまま歩いていく。
……というか、私はいつまでストーキングしているんだろう?
立派な犯罪なのに。
「……で、さっきからコソコソ人の後をつけているお前は誰だ?」
ぎゃっ!バレてた!
般若のような顔が恐い。
「……あれ?前にチンピラに絡まれていた嬢ちゃんじゃねぇか?」
しかも、覚えられてた!
……って、当たり前か。
三日前の事だし。
「……声をかけるタイミングが掴めなくて……改めてお礼がしたいのだけど」
「……もう礼は聞いた筈だが?」
「…………」
何とか絞り出した言葉を即否定されたんだけど……
「それに、あれ位で学生にたかる趣味はねぇんだよ」
心底面倒臭そう。
でも──
「あのままだったら何をされていたのか分からないし、貴方にとっては大した事じゃなくても、私にとっては大事よ。……でも、貴方の言う通り私は学生で、お金もないし、役に立たないわ。……だけど、私に出来る事があれば駆けつけるから!……LINEはする?」
「……しねぇ」
「じゃあ、赤外線で番号送るから」
少し強引かなとは思ったけど、強気で接する。
敬語じゃなくなっているけど……今は気にしちゃ駄目だ。
ピロン……と音と共に、彼の番号とアドレスが届いた。
峰岸咲哉という名前のようだ。
私の名前なんかも彼の携帯に入っただろうけど、一応自己紹介をする。
「私は堂園詩音です。幡多途高校二年の十七才。部活は入っていないので、放課後なら空いている事が多いです。門限は家に連絡を入れれば特にないので、用事があれば呼びつけて構いません」
敬語、今更過ぎ?
何だか顔を顰めているように見えるから、焦ってしまう。
やっぱり強引過ぎたかな?
「女がホイホイと男に連絡先なんて教えてんじゃねぇよ。下心がある奴だったら危ねぇだろうが」
「…………」
私、説教を受けている……?
誰にでも連絡先を教える女と思われた?
「わ、私だって、無闇に教えたりしないわ」
「変な奴もいるんだから、気を付けろよ」
強面だけど、やっぱり優しい人だ。
「俺は此処で食事処をしてっから。……そうだな。忙しい時にホールを頼むかも知んねぇ」
「分かりました」
ホールなら、以前ファミレスでアルバイトをした事があるし、何とかなるかも。
渡された名刺には、『食事処 茜』と書かれている。
……今度、食べに行っても良いだろうか?
忙しいなら、邪魔になるかな?
「じゃあな」
「バイバイ」
歩いていく咲哉さんの肩越しに、森羅くんが小さく手を振る。
(可愛い)
私も手を振り返す。
私はまだ、咲哉さんの事を何も知らない。
……もっと知るには、どうすれば良いのだろう?




