表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

プロローグ

私の1日の始まりは初心者冒険者では到底手に入らない「魔法の鞄」にアイテムをパンパンに詰め込むこと。


もちろんレベルは低い、お金はない、始めたばかりで戦闘もままならない初心者冒険者にとってその見た目に反して驚くべき量のアイテムを収納できる「魔法の鞄」を手に入れることはおろか、パンパンになるまでアイテムを詰め込むことはとても難しい。

その辺に転がっている石ころをひたすらに集め続けるのならば話は別ですが。


ところが私の職業ならばどちらも容易なのです。

そう、この奇妙奇天烈な職業「万引き犯」のスキルをもってすれば。

正直製作者は酒盛りでもしながら仕事をしていたのではないかと私は疑ってます。


行きつけのマジックアイテムを売っている店の暖簾を潜り、NPC(ノンプレーヤーキャラ)であり店主のおじさんに「おはようございます」と軽く挨拶をする。

おじさんは「いらっしゃいませ」と現実の世界でもゲームの世界でも聞き飽きたセリフを口にする。

こう考えると実は現実の世界も私以外NPCなのではないかと疑ってしまいますが、そのような妄想はこの歳で口にすると後々顔から火が出るほど恥ずかしくなるのでそっと心の中に閉まっておこうと思います。


私は商品棚の前に来るとスマートに手慣れた手つきで尚且つ大胆に展示されているアイテムを「魔法の鞄」の中に納めていく。

HP回復薬、MP回復薬、攻撃力や防御力を一時的に上昇させるバフアイテム、魔物に気が付かれることなくダンジョンを探索できる魔法の粉等々、使えそうなものは手当たり次第に放り込んでいき、ドロップアイテムを収納するための僅かな容量が余っていることを確認してから鞄を背負いなおす。

思い返せば中堅冒険者卒業に差し掛かったプレーヤーでさえ手が届くか微妙な金額の「魔法の鞄」を初日に手に入れたのもこのお店でした。ここのおじさんには足を向けて眠れません。


現実世界では清廉潔白、人畜無害、品行方正でその名を馳せてきた私ですがここはゲームの世界。

少し悲しそうな顔をしている気がする店主のおじさんも「え?何してるのこの子」とまるで頭のおかしな子を見るような他の冒険者の視線も慣れました。


あんなにも大量のアイテムを詰め込んだにも関わらず重さが全く変わっていない「魔法の鞄」を背負いながら今日はどんな冒険が待っているのかと胸を躍らせながら店の暖簾を潜り外へ出て、いざ歩き出そうとしたとき


「ちょっと待ちな」


と、急に声をかけられました。

先ほどまでワルツを踊っていた私の胸は突然タップダンスを始め、私は慌てて自分のMPを確認しましたが、今日はログインしてからまだ一度もスキルを使用していないためオートスキル(状況に応じて自動で発動するスキル)である「万引き」一回分のMPしか減っていません。


恐る恐る声のした方を見てみると、鎧を着こんだ人間や素早さを生かすためにあえて軽装な獣人等様々なPC(プレーヤーキャラ)の間から自分の体の倍ほどの剣を背にした小柄な少女が現れました。

現実の世界ならばホッと胸を撫で下ろすところですが、ここはゲームの世界。

年端のいかぬ少女が筋骨隆々の男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げを当たり前の様にできるのです。

実際に何度か目撃したことがあり、見た目に騙されると痛い目に遭います。ここは街の中なのでいきなり殴りかかってくる可能性は低いでしょうが、挑発するのは得策とは言えないでしょう。


「何でしょうか?」

「さっきから様子を見ていたが鞄の中にアイテムを詰め込んでそのまま店から出てきたな?一体そりゃどういう事だ?」


見た目は少女のくせにおっさんのような喋り方。そういうキャラ設定で話しているのでなければおそらくネカマでしょう。

声は少女のものなので吹き出しそうになりますがここは我慢。


「あなたには関係ないことです。それだけならば失礼します」


私はそれだけ言うと踵を返して走りだそうとしましたが


「ちょっと待ちな」


もしかしてこの少女はNPCなのではないでしょうか。正しい返答をするまで「ちょっと待ちな」を繰り返すちょっと待ちなお化け。普通のRPGならば正しい選択肢を選ばない限りその場から動くことはできませんが、このゲームは違います。

相手を無視して立ち去ることもできるのです。それが原因で重要な話を聞くことができずに攻略に困ることもあるそうですが、おっさん口調の柄の悪い少女から有益な情報が手に入るとも思えません。

このまま立ち去るのベストアンサーでしょう。

私は無視して駆けだそうとしましたが


「ちょっと待ちな」


少女がその低い身長を精一杯に伸ばして私の肩をムンズと掴みました。

あ、これは無理。一瞬でそう感じさせる握力がありました。痛みは現実の世界に比べかなり軽減されてますが、チクリと痛みます。HP減ってないかな?


戦闘になれば一瞬でやられてしまうでしょう。PK(プレイヤーキル)自体は禁止されてはいませんが、街でPvP(プレイヤーvsプレイヤー)を行うと衛兵がすっ飛んできます。

しかし、衛兵が駆けつけてくる前にHPは0になってしまい、教会で目が覚めてお金を必要経費の名目で銭ゲバ神父に毟り取られてしまう。

まだまだレベルの低い私はデスペナルティはお金のみ、それもかなり少額ですが私の所属するギルドのお財布事情を考えるとあまり芳しくはありません。


もちろん、PvPを仕掛けた方は衛兵に捕まればペナルティーが科せられますが、この少女?は恐らくその感情に任せて殴りかかってくることでしょう。

私は来るべき拳を恐れ、思わず目を閉じました。


「ちょっと待ちな」


何というちょっと待ちなの応酬。この数分間で4回ものちょっと待ちなを耳にしました。

下手をすると去年聞いたちょっと待ちなの数を超えてしまったかもしれません。

ですが、最後のちょっと待ちなは少女の声ではなく青年の声でした。

目を開けるとそこには金髪のリーゼントに白の特攻服を身に纏ったいかにもヤンキーといった面構えの男が仁王立ちしていました。

その特効服には見事な昇龍が描かれています。

万引き犯の私でさえ見た目はよくある冒険者風の恰好をしているというのにこのゲームの雰囲気をぶち壊しにする恰好の男には見覚えがありました。


「テメェ、うちのモンに何か用か?」

「関係ねぇだろ、引っ込んでろ」


ヤンキーと幼少女のバチバチのメンチのきり合い。これは中々お目にかかることはできません。

ですが、私も何分忙しい身。

「あ?」や「やんのか?」や「お?」などの少ないボキャブラリーと拳で意思疎通できる彼らの存在は私には少しばかり難解です。

ここはお二人に任せて邪魔者は去るのがいいでしょう。


「まあまあ、お二人ともその辺にしておいたら?」


このおっとりとした女性の声にも聞き覚えがあります。

白を基調とした狩衣(かりぎぬ)という装束を身に纏い、何故か白黒のマフラーを首に巻いている。「このマフラー、太極図みたいで可愛いでしょ?」とは彼女の言である。


彼女の登場で少女は明らかに不味いといった表情になりました。それもそのはず。彼女は「普段はそうでもないが一度怒らせるとかなり怖い人ランキング」私の中で上位であり、他のプレーヤーにもそこそこ名の知れた方なのです。


さすがに3対1で形勢が不利と判断したのか少女はすごすごと引き下がっていきました。


私の職業はその特異性から稀にああいった輩に絡まれることがあり、これが初めてではありません。

そもそもこのゲームには職業が多すぎて、リリースから1ヶ月経過した現在でさえ、全ての職業を把握できていないのです。このゲームの世界では現実の世界よりも時間の流れが速く、現実世界では1ヶ月でもゲーム内時間では3ヶ月以上経過してるにも関わらずです。

ちなみに詳しい事は私にも分かっていないのですが、サーバーが宇宙にあってウラシマ効果によって地球とゲーム内の時間の流れを意図的に変えてるそうなのです。

その為、このゲームはゲームを遊ぶ以外にも勉強や仕事をしたりと言う人も数多くいらっしゃいます。私達が基本プレイ無料で遊べるのもそういった方達がゲーム内で教科書や参考書を課金で買ったり、ゲーム内通貨で借りることができる個室をわざわざ課金で借ているからです。

勿論、強力なレアアイテムを手に入れるために多額の投資を行っている方も多数いらっしゃいます。


少し脱線してしまいましたが話を戻して、私の職業はゲームを始めた際にランダムで選ばれたものであって、ゲームを始めてからだとどこでこの職業になれるかどうか噂すら聞いたことがありませんし、私と同じ十字架を背…じゃなくて職業の方にはお会いしたことがありません。

なので、おそらく万引き犯という職業の認知度はほぼ0といっていいでしょう。

正直私はいきなり万引き犯の職業を与えられたときリセットしてやり直そうかと思いましたが、このゲームでは一度リセットするときっかり24時間アカウントを作ることができなくなるので諦めました。

ゲームを始めてしまえば割とすぐに他の職業にも転職できるようになることもあって、ここでリセマラ(リセットマラソン)をする人はほぼいないそうです。

私はゲームをあまりしたことがないのでリセマラ等の言葉はこのゲームを始めてから知ったのですが。


「ごめんなさいね、少し目を話してしまったばっかりに」

「いえ、助かりました。ありがとうございます八宵さん」


彼女の名前は「八宵(やよい)」、メインジョブは「陰陽頭(おんみょうのかみ)」、レベルは72。決して「おんみょうズ」とかではありません。

まんまヤンキーの彼の名前は「たかしmarkⅡ」、メインジョブは「守護神」、レベルは65。彼曰く本名ではなく野球もしていないらしいですが、真相は闇の中です。特に興味もありませんが。


え?私のレベル?

19です、ごめんなさい。


「じゃあ、早速ギルドへ行きましょうか」

「はい」


いざ、貧乏ギルドへ。

「頼む‼目を開けてくれ!」

「クッソー!寝落ちしやがった‼」

「キャー、助けてー‼」

強大な魔王の前に次々と倒れていく仲間達!

「みんな‼私に力をかして‼」

仲間の力を無理矢理かりて超絶絶対魔法美少女に変身し、いざ魔王との最終決戦!

仲間との絆は課金装備なんかより強いんだから‼

「くらえ!スーパーミラクルチチンプイプイバスター砲‼」


次回「初めての魔王討伐」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ