第1話 自己紹介
高速バスの前から7番目の座席において、僕、隣堂運命の隣に突然美少女が座ってきました――まだまだ席は余っているのにもかかわらず。
「?……!?」
いったいどういうことなんだ!? 美少女は空から降ってくるものとばかり思っていたぜ。
言わずもがななことだけれど、この子と僕は初対面だ。赤の他人てやつ。
こんなかわいい子と知り合えたらなぁ、なんて夢想したことは数えられないくらいある。でも、それはもちろん身近に仲のいい美人がいなかったからで。
つまり。
つまり――どういうことなんだッ!
僕の頭では抱えきれないくらいの謎すぎるよ。
でも一つだけ判ることがある。それは、彼女が理由までは判らないけれど僕に用があるってことだ。
ちらり、と顔を隣の女の子に向けてみる。
「!?……!……!」
「…………」
なんか世界の終わりを目の当たりにしたかのような表情をした女の子がいるんですが。
「あの……、大丈夫、ですか……?」
つい声をかけてしまった。
「っ!」
ぴくっ、と少女の肩が反応する。
ああ、やってしまった、と後から後悔する。いつも大事な時では勇気を出せないくせにこういう空気を読めない時だけは、口が先に動いてしまう。
知らない人相手なんだから、様子が変でも無視すればよかったんだ。
「…………っ!」
……でも、こんな女の子をほっとけるわけないよな。
ここは、僕から話を振ってあげるべきだろう。
「えと……」
「……?」
ちょっとタイム。
こういう時っていったいどんな話を振ってあげるのがベストなんだろう。
無難に今日の天気の話とかするべきなんだろうか。
「きょ、今日はいい天気ですね!」
「…………」
無視いただきました!
え、なんでそんな危ない人を見る目で僕を見るの? そもそも君が僕に用があるみたいだったから、話を振ってあげたのに。
とか、いろいろ言いたいことはあるけれど、ここはぐっと我慢する。
「えと、同じ学校なんだね」
「……は、はい」
「……」
「……」
話が続かないな……。
「あ、あの……」
「?」
僕がこの状況に嘆いていると、ようよく彼女から話を振ってくれた。
「な、なにかな?」
やっと始まる話の本題に無意識のうちに背筋が伸びる。
「……近づかないでください」
「!?」
あーれー? おかしな言葉が聞こえた気がしたぞ。
「あ、そうじゃなっ! ~~~~っ!」
何かを言いかけて、舌を噛んでしまったようだ。
ひどいことを言われたのも忘れてしまうくらい痛そうだ。
「大丈夫ッ⁉」
「ら、らいひょうふでふ……。ありがとうございましゅ」
「……」
大丈夫です。ありがとうございます、と言いたいらしい。
しばらく口を押さえながひーひー言っている少女を待ってあげることにする。少したれ目がちな瞳には、涙が溜まっている。
「す、すいません……」
やっと痛みが引いて話し始めたのは、時間が6時になり、高速バスが動き始めたころだった。少女がバスに乗り込んでからは、誰もバスに乗る人はいなかった。
「……近づかないでください、って言われたんだけれど」
「あれはそういう、あなたがごみ虫のようだとか、地面に落ちたガムや割り方を失敗した割りばしくらいに無価値だから、とかそういう意味じゃあ、ないんです!」
「……」
美少女はどうやら僕を気付つけるのが好きらしい。
「えと……。私今まで私立の女子高に通っていたので、男の人、っていうのに慣れていなくって……」
「え、じゃあ別に僕のことが嫌いとかいうんじゃあなくて……?」
「……はい。それに私、男の人ってもっと大きくて怖そうだと思っていました。でもそんなことないですね。あなたは大きくないですし」
「ぐう……ッ!」
とても輝かしい笑顔を浮かべた女の子が言った。
「どうして急に呻き声を⁉」
ほんとに彼女は僕をむやみに傷つけるのが好きらしい。
僕の気にしていることをドストライクに射抜いてくる。小さくないもん。成長期がまだ来ていないだけだもん。
「あはははは……。お、おかしなことを言うんだね。ちなみに、ぼ、僕が小さいんじゃなくて、まわりのひとがおおきいだけなんだからね!」
「そ……そうなんですか」
「…………」
美少女さんのかわいそうな人を見る目が痛いです。
あ、そういえば。
「そ、の。お名前はなんていうんでしょうか?」
そう名前を聞いていなかったね。これから同級生になるんだから、名前くらい知っていたほうがいいんじゃないだろうか!
なんて、心の中で言い訳みたいなのをしてみたけれど、言葉の最後のほうとか、緊張で妙にキーが高くなってしまったな。
「あっ、そ、その……私、徒然命っていいます」
美少女さ――徒然さんが顔を真っ赤にしながら自己紹介してくれた。
「す、好きな食べ物はお、お漬物とか好きです。え、えと、それとしゅしゅ、趣味はおひるねとかすきです!」
「…………」
なんだか聞いてないことまで教えてくれたな。……そうか。徒然さんはお漬物とか、お昼寝が好きなのか。うん。なんか初対面でなんだけれど意外だ。
「あの、あなたは……?」
「あ! 僕ね。ぼ、僕は……」
なんだ? 改めて聞かれると緊張するし恥ずかしいな。
それにバスだから徒然さん近いし。息遣いとかまで聞こえてしまう。いやこれ僕の息か? すごいはあはあ言ってるんですけれど……。
「僕は、隣堂運命って言います」
「……」
「……え」
徒然さんがまだ耳を傾けている。どゆこと!?
まさか、空気読んで僕も徒然さんみたいに、好きなこととか言わないといけないの?
「え~と。す、好きなことは……体を動かすこと、かな? あと趣味は……特にないかな……」
ぐあああああ!!
何にも気のきたこととか、面白いこと言えねえええええ!!
「体動かすのが好きなんですか」
「う、うん。中学の頃はバスケやってたしね」
よし、ありがとう食いついてくれた!
「……え!」
「なんですか、その意外そうな顔は?」
「いや、小さくてもバスケットボールってできるんだな、って思って」
ホント、この娘は僕を傷つけるのが大好きみたいだ。
「あはは、バスケに身長なんて関係ありませんよ。必要なのはやる気と根性です!」
「うふふ。なんだかできない人の言い訳みたいですね」
今の話題を笑い話にして終わらせようとするも、僕のやろうとしたことは見破られてしまったようだ……。できなかったじゃないんだ。たまたま部にうまい人がたくさんいたんだ! だから、部活も途中から行かなくなって運動不足になってしまっただけなんだ!
なんて、胸中で思いながら、徒然さんを恨めし気に見やると――天使のようなという形容が本当にぴったりな美少女が笑顔を浮かべていた。
「……!」
その笑顔に自分でも気づくとすぐに赤面してひっこめたけれど、これが少しでも打ち明けてくれたということなら嬉しい。
少女の笑顔を見た僕の胸はうるさいくらいに早いリズムでばくばく鳴っていた。