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無口な大騒ぎ  作者: 東東
7/8

『天秤座、第七秤星』


 十二月十五日、落下確認

 落下数、通算五回目

 色、乳白色に、時折黄色、桃色が混ざる

 状態・・・、謝罪ばかり繰り返す


 *******



 星履歴の秤星の欄に記載を追加しながら、『状態』の欄で相当、迷った。現象としては迷った末に毎回書く通りなのだが、仕方なくその表現を書いている間にも、何か釈然としない気持ちで胸がざわめく。謝罪ばかり繰り返す、確かにその通りだ。でも、だから、つまり・・・、その理由は一体何なのか?

 記載されている文章が、僕の文字だけの『天秤座、第七秤星』の欄。その自分の字を見る度に、考えずにはいられない。どうして、何故、という疑問と、もう一つ・・・、もしかして、という疑問。疑いは、二度目の時には既に出ていて、でも直接的な表現で聞くのは少し怖くて、ずっと遠回しに原因を聞いているけど、本当は疑っている。秤星が墜ちる、原因。不満も愚痴も吐き出さないのに、何度でも墜ちてしまう理由。何度聞いても、その理由を僕に教えてくれない理由。


 もしかして、最初に夜空に還した時に、僕が何か失敗してしまったんじゃないか、という疑い。


 可能性は、あると思う。丁度あの時は星拾いの仕事をし始めた頃で、実は秤星は、星を夜空に還す、という最終作業を初めて一人で行った星だった。それまでは、沈めて記録を書いて、愚痴や不満をぶつけられるのをひたすら耐える、という作業ばかりで、それに少しだけ慣れ、お師匠様に教わりながら星を幾つか夜空に還して、今日はそろそろ一人でやってご覧と託されて、緊張しながら還した初めての星。

 緊張のあまり硬い顔をしていたら、秤星が心配そうな気配で僕の様子を窺っていた事を、よく覚えている。その秤星の様子に、これじゃあいけないと気合いを入れて、強張る顔を何とか笑顔の形にし、必死で口にした自分の台詞も覚えている。

『大丈夫、僕がちゃんと夜空に還してあげるから』と、何の自信もないままに、どうにか口にしたのだ。

 あの時、自信なんて一つもないままに、それでも何度かお師匠様に付き添われてやったのだから、と自分で自分に言い聞かせながら必死で夜空に還した秤星。今、振り返って思い出してみても、特に何か失敗したとか、気になるような事があったわけじゃないけど・・・、むしろ意外なくらいすんなり還せたと思うけど、その後も墜ちてしまう秤星の姿に、やっぱり何か失敗してしまっていたんじゃないかと心配になる。

 そしてだから秤星は何度聞いても黙っているんじゃないかと。あの優しい星は、失敗を指摘して、僕が傷つくのを畏れて黙っていてくれているんじゃないか、と。

 広げていた星履歴を閉じ、そっと伺う湶は遠くから複数の声が聞こえているものの、基本的には静かだった。本当なら今晩、一番騒がしいはずの星が、静かに、静かに湶の底に沈んでいる所為で、あの大音量の罵詈雑言を聞かないで済んでいる。それは勿論、有り難い。有り難いけど、でも、僕は・・・、星拾いで。どうしてなってしまっているのかとか、これから本当にちゃんとやっていけるのかとか、やっていきたいのかとか、色々思う事はあるわけだけど、今はとりあえず、星拾いで、あの星は、最初から僕が拾って、夜空に還している星で、たぶん、今回も同じように僕が還すわけで、きっと何も悪くない星で、あんなに綺麗で、墜ちてきても綺麗で、でも何を聞いても答えてくれなくて・・・、


 答えてくれないけど、時々、何かを訴えるような沈黙がある事に、気づいているのに、


 他の星の台詞は全部聞き流しているけど、キミが話すなら、ちゃんと聞くよ、僕に出来る事なら力になるよ、何とかしてやりたいんだよ、そんな言葉の数々を口に出来ないまま、僕は今日も静かすぎるほど静かで、でも何かとても強い訴えを内包している気がする沈黙を、ただじっと見守っている事しか出来ないでいた。

 秤星は、静かな、静かな沈黙の淵に、沈んだままでいる。



 *******



 湶の底の秤星はずっと静かなままだから、まるでその代わりのように、僕は時折底を覗き込んで、声をかける。

「大丈夫?」「少し色、戻ってきたみたいだね」「大丈夫だよ、大丈夫」・・・等々、それはどれも大して内容のない台詞。かけてもかけなくても無意味にしか思えない台詞だと自分でも思うけど、もしかしたら僕の所為で墜ちてきて、その理由や愚痴すら言えずに湶の底で沈んでいる事しか出来ないでいるとしたら、あまりに申し訳なくて、可哀想で、たとえ意味のない台詞でも、かけずにはいられなかった。

 秤星は、色を少しずつ元の白に戻しながらも、黄色を滲ませたり、桃色を滲ませたりしながら、僕のそんな無意味な台詞にもじっと耳を澄ませている。まるで、とても大事な、価値のある話を聞いているかのように。そして小さな声で時折、返事をするのだ。『はい』と。そして同じくらい小さな声で零すのだ。『ありがとうございます』と。

 ありがとうございます、重ねられるその言葉に、本当にありがとうなのかな、と思ってしまうのは、本当は僕の所為なのかもしれないと思うから。だけど同じだけ、聞こえる声の柔らかな美しさに、心が和むというか、嬉しくなってしまうというか・・・、人間というのは、酷く現金なものだと何度でも思ってしまう。自分の所為かもしれないと疑っているのに、嬉しいとも思えるのだから。

 藍が深い、湶の底で、夜空の藍に相応しい白さを取り戻していく秤星。次第に失われていく黄色や桃色、その何とも言えない可憐な色が見えなくなっていくことを、口にはしなくても惜しむ自分が確かにいる。乳白色だったベースの色が、混じりけのない白に変わっていく姿すらも。清廉な白が嫌いなわけじゃない。むしろ大好きだ。・・・ただ、柔らかな、何か、色々なモノを含んで纏っているような乳白色の方が、どちらかと言えば好きなだけで。それに・・・、なんとなく、秤星にはこの乳白色に黄色や桃色が混ざる方が、似合っているような気がするだけで。

 夜空でも、あの色で輝いてくれればいいのに、つい、そう思ってしまう。清廉な白の輝きが夜空に上がっている姿は確かに美しいけれど、含みを持った乳白色に、時折色を滲ませながら夜空に輝く姿は、見上げる人の心を和ませると思うから。


 でも、それは許されない。何かを含んだ重みを持った星は、夜空に浮かぶ事は叶わないはずだから。


 一切の重さを含まない軽やかさを持てない星は、夜空で輝く資格を持てない。地に墜ちるしかない。地に墜ちて、抱えてしまった重みを湶で流すしかない。それはつまり・・・、人間みたいな重すぎる存在は、生涯夜空に近づく事は出来ない、という事か。地を這って、夜空を見上げるばかりで、星のように夜空に浮かび上がる事も出来なければ、地に墜ちる事すらない月に近づくなんて、一生出来ない。いくら月が熔けそうに甘い姿を晒しても、本当に熔け墜ちてくれる事は有り得ないのだから。

 そっと見上げた夜空には、今晩も星々を傅かせ、月が誇り高い姿で浮かんでいた。母が望んだ甘い黄色ではなく、高貴な白を纏い、鋭利な、余分な重みなど全て捨て去ったと言わんばかりの細い、細い三日月の姿で。でも、細い、細い三日月の姿なのに、広大な夜空の中心で在り続ける、圧倒的な存在感を誇る姿で。

 きっと月は、見上げるばかりの僕達、人間の事なんて、視界の端にも入れてくれなければ、意識の端に上らせることもないのだ。それが今、何故か唐突に分かった。分かったと、思った。でも、だから月は墜ちてこないに違いない。人間の事なんて歯牙にもかけていないから、人間の存在なんて気にもしていないから・・・、星とは、違って。


 ──手なんて、届かないんだ。


 何故だろう? 自分でも理由は良く分からないけど・・・、嘘みたいにはっきりと、腑に落ちた。ずっと願っていた事なのに、どれだけ努力しても叶わないのだと、諦めではなく、ただ納得した。僕が生まれた時、まるでそれを祝福するかのように浮かんでいたという、甘い月。蜜のような、熔けそうな黄色い月。母が好きだった月。でも、月には何も関係なくて、見上げた人間が、ただ夢を見ただけにすぎなかったのだ。眠りにつく前に、目を開いたまま見た夢。

 納得した。いや、むしろ疑問に思った。どうして今まで、手を伸ばせば届く、少なくとも近づけると思い込めていたのだろう、と。届くわけがないのに。こちらに視線の一つも向けない相手にいくら手を伸ばしたって、指先すらも届かないのに。見つめたままの月は、相変わらず清廉。複雑でみっともなくて、自分で自分をコントロールする事すら出来ない人間なんかには、到底、近づくことすら叶わないほど、高潔。

 小さく、溜息。視線をもう上げていられなくて、そっと下ろす。惨めなぐらい、緩やかに。下ろした先に広がるのは湶。対岸にはお師匠様。長年、星拾いの役に付き続けている人。尊敬しているその人を見つめながら、それでもそっと呟いた。長年立派に勤めを果たしている人に対して、絶対に聞かせる気はないから、万が一にも聞かれて、星に告げ口されるわけにもいかないから、口の外には絶対に出せないけれど。


『星拾い』がやっぱり妥当なネーミングなんだろうな。『スター』じゃなくて。


 地べたに墜ちたモノを拾い続けるのが、地べたを這い続ける人間には相応しい。輝く事のない人間には、本来の意味を夜空の輝きに由来する名は相応しくない。ずっと嫌だった、からかわれているかのように感じていた別名に対して、思いを新たにするような呟きを、何度も口の中で繰り返した。


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