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忘れてた恋(旧題 四十路の恋)

作者: 弥也

 愛猫シッポはペットショップで預かって貰った。

 部屋の片付けは……。

 まぁ、良いや。

 とっ散らかった物を、ゴミ袋に放り込んで、寝室に置いとこう。

 来ても、どうせ1時間も居ないんだし。

 ドアを閉めておけば、見えやしないわよね。

 でも、早く来ないかなぁ。

 落ち着かないじゃない。

 女ひとり、40歳。

 男が来るのを、待ってます。



 ピーポーン。

 やっと来てくれた。

 あんまり遅くなると、シッポのお迎えが遅くなっちゃうから、困るのよね。

「すみませーん。お待たせしました。シルク電気です」

 そう、電気屋さん。

 エアコンの修理を頼んだの。

 昨日の夜、突然エアコンが壊れて動かなくなった。

 友達も多くがライフステージが変わってしまって、頼れない。

 それこそ、20代の頃ならシッポ共々、転がり込める友達もいたんだけどね。

 お陰でシッポと二人、布団の中で仲良く丸まって、一晩過ごす羽目に。

 すっごく、寒かった!

 


 そもそも、昨日は踏んだり蹴ったり。

 上司から呼ばれて何かと思ったら、新入社員の頃から面倒を見ていた、あ、仕事のね、後輩君が出世だって。

 しかも、私の上司になるんだって。

 どう言う事?

 


「シルク電気のタカセです」

「あ、こっちです」

 修理に来た電気屋さん、若くはないけど、背が高くて割とイケメン。

 で、つい、見ちゃうわよ、左手の薬指。

 ない。

 独身なのかな。

 仕事中は外すタイプ?

 LDKでポカーンと口を開けたまま動かないエアコンに、電気屋さんを案内……しないまでも、エアコン丸見え。

「あー、なるほど」

 電気屋さんは、エアコンを見て言い放った。

「これ結構年代物だな」

 今、私、絶対、顔に出た。

「修理したら動くけど、また、別の場所が壊れる可能性の方が高いよ」

 分かってるわよ。

 それより、この人、何か馴れ馴れしい。

 ちょっと、怖いかも。

「このエアコン、出た当時はデザインが良くて人気だったけど。んー、部品あるかなぁ」

 電気屋さん、ブツブツ言いながら、エアコンをどんどん解体していった。

「あー、やっぱりこれ」

 何だかよく分からない部品を見せられた。

「これが劣化しちゃったんだよ」

 劣化って言わないでよ。

 何だか自分の事を言われているような気がして、今、私、きっと、物凄い顔をしてる、ハズ。



「アキ、見て! あのエアコン、凄く可愛い!」

 12年前、家電量販店で恋人の明典と一緒にエアコンを買いに行った。

 初老の店員さんが、ここぞとばかりに寄ってきた。

「このエアコンは、海外のインテリアデザイナーがデザインした、人気商品でございます」

「ねぇ、アキ、これにしようよ!」

 アキとは友達の結婚式で知り合った。

 付き合って数週間で、実家住まいだったアキが、私の部屋に引越して来て、同棲始まった。

 どうして私の部屋だったかと言うと、アキの職場に近かったから。

 私28歳、アキ30歳の初夏だった。



「おーい、ノリ大丈夫か?」

 え?

 アキ?

 目を開けると、そこに居たのは。

 電気屋さんだった。

 しかも、ここ寝室なんですけど!

「あ、あの……」

 全く状況が読めない。

「ノリ、ほんと、大丈夫か?」

 何で、電気屋さんが私をノリなんて呼ぶの。

「お前、急に倒れるからビックリして、思わずベッドに運んだんだけど…」

 へっ?

 ベッドに、運んだ?!

「無理すんなって!」

 慌てて起き上がろうとしたら、電気屋さんに止められた。

 って、この電気屋、何者?

 警察に電話した方が良い?

 エアコンを購入した家電量販店に修理依頼したんだけど、3日後しか無理。

 仕方無いから、エアコン修理してくれそうな電機屋さんに、電話かけまくって来てもらったんだけど……。

 もう絶対、量販店なんかで買わないんだから!

「ノリお前、熱あんじゃないか?」

 言われて気付いたけど、私、凄くクラクラしてる。

 でも、シッポのお迎えに行かなきゃ……。

「すみません、私、猫のお迎えに行かなきゃ……」

 ここで、記憶は途切れた。



 ちょっと、シッポ。

 人が気持ちよく寝てるのに、顔を舐めないで。

 あんた、気付いてないかも知れないけど、結構痛いんだからね。

「ん?」

 何か、忘れてる気がする。

 LDKに、人の気配。

 アキ?

 な訳ないわよね……。

「ノリちゃん、目が覚めた?」

 女の人の声。

 寝室に顔を出したのは……

「え? かおり……ちゃん?」

「ノリちゃーん! 覚えててくれた!!!!」

 かおりちゃんに、抱きつかれた。

 何、このアラフォー女子二人が抱き合う図。



 高瀬香織ちゃん。

 高校の同級生高瀬隆二の妹。

 リュウ、野球部の万年補欠な坊主君。

「じゃぁ、あの電気屋さん、リュウだったの?」

 香織ちゃんの作ってくれた御粥を、吹き出しそうになった。

「そうだよ。急に電話が掛かってきて、直ぐここに来いって。まぁ、お兄ちゃんが横暴なのは、今に始まった事じゃないんだけどね」

「迷惑かけて、ごめんね」

「ぜんぜん! 会えてよかったぁ」

 香織ちゃん、本当に変わらないなぁ。



 私が香織ちゃんに会ったのは…

 げ、22年も前。

 香織ちゃんは16歳の高校1年生。

 私とリュウは18歳で高校3年の時。

 短大の合格通知も貰って、後は卒業式だけって時にリュウが浮かない顔をしてた。

「ちょっと、リュウ、そんな暗い顔しないでよ。私と離れ離れになるのが、そんなに悲しいのかなぁ?」

 万年補欠だった野球部を引退して、少し毛が生え始めた元坊主頭をポンポンしたら、リュウのヤツ、ぶすっとしてさ。

「そんなんじゃ、ねえよ」

 ちょっと、そんなんって何よ!

 って思わず食ってかかったら……

「香織が、入院したんだ」

「え? 香織ちゃんが?」

 香織ちゃんは、私達とは違って、優秀な私立の高校に通ってたんだけど、喘息の持病があって休みがちで。

「多分、今度の入院で留年決定……」

 そう言ってリュウは、肩を落とした。



 香織ちゃんが買ってきてくれた薬のお陰で、翌日には熱も下がった。

「今から行くから」

 晩御飯どうしようかなぁ、何て考えてたらリュウから電話。

 昨日は、見知らぬ、急な修理に対応してくれた親切な電気屋さんだと思ってたから、普通の顔していられたけど……。

 約22年振りの再会。

 いや、昨日既に再会してるけど。

 どんな顔して会えば良いのか、分からないじゃない!


 数分後


 ピーポーン…


 はやっ!


 シッポが、大急ぎで寝室のベッドの下に潜り込んだ。

 シッポは、アキがこの部屋を出て行った翌朝、一匹で震えてたのを見つけて同居する事にした相棒。

 だから、もう10歳の人見知りが激しい、おばあちゃん猫。


「どうぞ」

 つい、他人行儀な感じで対応しちゃったんだけど、気不味いのはリュウも同じだったみたい。

「これ」

 と、有名果物店の紙袋を差し出した。

「あ、ありがとう」

「お客さんから、もらったんだ。じゃぁ」

 って、出て行こうとするの。

「待って、お茶くらい……」

「元気になったら、連絡してこいよ」

 そう言って、帰っちゃった。



 リュウとは、高校2年の時に同じクラスになった。

 席も隣でね、って少女漫画みたな事を言いたいけど、席は随分遠かった。

 ただ、当時仲の良かった子の席の隣が、リュウだった。

 うちの高校の修学旅行は、2年の秋に行われてた。

 今はどうなんだろうね。

 海外とか行ってるみたいだけど。

 で、修学旅行のグループが、同じになったのが決定打で、仲良くなった。

 懐かしいなぁ。

 今にも、あの頃に戻れそう。

 なんて、物思いに浸っていたら、寝室からシッポが出せ出せと、騒ぎ出した。

 やめてシッポ! 

 爪でドア傷付けないで!

 明日からは仕事も行かなきゃ行けないし、リュウの差入れ頂いて今日はもう寝てしまおう。



 夢を見た。

 高校の修学旅行の夢。

 行き先は長崎。

 グループで行動する日。

 あの橋の上で、みんなで写真を撮った。

 私の隣にそっと立ったリュウの手を、思い切って私の方から握った。



 凄く満ち足りた気分で目が覚めた。

 でも、そこには何も満ち足りてはいない40歳の私がいて、少し泣いた。

 そんな私の顔を、シッポがじっと見つめていた。



 修学旅行から戻って、山の様な写真を見て確信した。

 多分、リュウは私の事が好き。

 だって、私のそばに必ずリュウが写ってるから。

 でも、多分なのよね。

 同じグループなんだもん、そんな事もあるよ……。

 気付かないフリしたまま、リュウとは友達のままだった。

 もし、もし、夢みたいに、あの時リュウの手を繋いでいたら、私の人生どうなってたんだろう。

 アキと出会う前に、リュウと結婚してたんだろうか……。



「エアコン取り替えるぞ」

 リュウの方から電話があったのは1週間後。

 すっかり体の調子も戻ったので、今度は本気で部屋の掃除に取り掛かった。

 何でウキウキしてるんだろ、私。



「先輩、最近なんか、機嫌いいっすよね」

 後輩君にまでこんな事言われちゃった。

「いいっすね、って。もう若手じゃないんだし、話し方気をつけなさい」

 一応、先輩としての威厳は保っておいたわよ。



 土曜日午前中。

 リュウがエアコンの取り換え工事をしている間、ずっとリュウのことを見ていた。

 うん、確かにこの人リュウだ。

 手のホクロも、高校の時と同じ場所にあるし。

 まぁ、しかしこのタイミングで現れるとか、何だろうね。

「そんな見んなよ。やりにくいだろう」

 私と同じく40歳になったリュウが、苦笑いした。

 髪は伸びて、白髪まで交じってる。

「いつから私だって気付いてたの?」

「修理に来て、玄関のドアが開いた時から」

 驚いた。

 私、ちっとも分からなかったのに。

「言ってくれれば良いのに」

「気付いてると思ってたから」

 それで、あんなに馴れ馴れしかったのね。

 それにしても22年と言う時間を、あっさり一人で飛びこえすぎだよ、リュウ。



 文化祭で出た廃材などを焼却するついでに行われる、キャンプファイヤーが伝統行事。

 帰宅時間が遅くなるから、自由出席で、出席者は事前に参加申し込みをしないと参加できない。

 キャンプファイヤーのクライマックスは、最後の告白タイム。

 参加者全員の前で、好きな人に告白するの。

「これ」

 3年の文化祭の前、リュウに参加申し込み書を手渡された。

「え?」

 これは……。

 期待、するじゃない?

「2年の時、実行委員で参加出来なかったって怒ってたし、仕方ないから一緒に参加してやるよ」

 そう、このキャンプファイヤー一人では参加できないのが暗黙のルール。

 キャンプファイヤーに誘うだけで、既に告白だよね。

 誘われてから当日まで、ゆっくり考えて返事しろって事なのかな。

 でもさ。

 前日に香織ちゃんが入院しちゃって、それどころじゃなくなったんだよ。

 キャンプファイヤーの代りに、香織ちゃんのお見舞いに、リュウと向かった。



「お兄ちゃん?!」

 リュウの地元にある小さな病院。

「よぉ!」

「初めまして! お兄ちゃんの友達ノリです!」

「え、こ、こんにちは」

 香織ちゃん、突然現れた私に、凄く驚いてたな。



 12年前アキと2人で買って、10年間私とシッポを、外の暑さや寒さから守ってくれたエアコンは、リュウの手によって、意図も簡単に取り替えられてしまった。

 最近のエアコンって、音が静かなのね。

「ありがとう」

 工事を終えたリュウに、ビールを出す。

「おれ、まだ仕事中。それに車」

 あ、そりゃそうか。

「ごめんごめん。じゃ、それ持って帰ってよ。今、代りにコーヒー入れるね」

 リュウが、意外そうな顔をした。

「ノリは、アルコール呑まないの?」

「うん」

 そう、私お酒苦手なんだ。

 女独り生きるには、酔っ払って羽目外す訳にはいかないのよね。

「ふーん」

 なによ、その、ふーん、て。

 工事から避難してたシッポがやって来た。

「あぁ、あの日、シッポのお迎え行ってくれたの、リュウだったんだってね。香織ちゃんから聞いた。ありがとうね」

「だってノリが言ったから」

 シッポ、リュウを思いっきり遠巻きに見てる。

「ごめん、全然覚えてない」

「突然倒れるから、ほんとビックリしたんだからな」

「前の晩、寒かったから、風邪ひいちゃったみたい。ほんと迷惑かけてごめんね」

「いや、別に良いけど」

 うん、普通に話せるようになった。

 やっと、私も22年のブランク埋まったかな?

「でもさ、あの香織ちゃんが看護師だなんて、意外だった」

「しかも、2人の子持ちな」

「らしいね!」

「ノリのおかげだよ」

 え?

 は?

 私?



 キャンプファイヤーの日、お見舞いに行ってからは、1人で香織ちゃんのお見舞いに行ってた。

 だって、やっぱり女の子同士だし、読みたい雑誌とか、ね、ほら、お兄ちゃんじゃ、分からないもの。

 それに、この辺りじゃダントツ優秀な高校に通ってた香織ちゃん、学校生活もストレスだったみたいでさ。

 ほら、私みたいなバカと話してると、気が紛れるだろうし……。

 なんてね。

 本当は、リュウの事が聞きたかったんだよね。

 その後も、入院まではしなかったけど、何度か酷い発作を起こして休んだりしてたらしく、とうとう留年が決まってしまったんだよね。



 病院に行くと、香織ちゃん泣き腫らした目をしてた。

「香織ちゃん? 苦しいの」

 慌てた私を見て、香織ちゃん、また泣き出しちゃって。

 やっぱり16歳の女の子に、留年、キツイよね。

 香織ちゃんは優秀なんだから、通信制とか試験とかで、高校卒業資格とって大学受験できるよ、何て聞きかじりの知識で励ましたんだけど…。



「香織、あの後あっさり高校に退学届出してさぁ。喘息の治療に専念する宣言して、通信で高校卒業したんだよ」

 げっ!

 香織ちゃん、本当に通信制に変えたんだ。

 うわ……。

「そ、そうなんだ」

「ノリのおかげで、前向きになって、喘息も随分良くなったんだ」

 そ、それなら良かった……。

「相変わらず、兄妹仲良いんだね」

「そうかな……」

 そうだよ。

 うちなんて、私が婚約破棄してから10年。

 姉どころか、両親にも、まともに会ってないわよ。


 ああ、私、姉が居るの。

 ちゃんと長女としての立ち位置を分かってる、姉。

 20代半ばで結婚して1児の母。

 旦那は単身赴任で、姉はちゃっかり実家に戻ってきてる。

 孫が居たら、婚約破棄して40まで独り身の次女になんか、親も興味ないよね。

 うん、そりゃそうだ。

 仕方ない。

 でも、何だか、自分が凄く惨めになってきたんだけど。

 私、本当に独りなんだなぁって。

 いつか、そう遠くない未来、この部屋で孤独死するんだろうな。

 思考が破滅の方へ独り歩きしだした時、リュウが唐突に言った。

「で、約束は覚えてる?」

 な、なに?

 やくそく?

「え?」

「やっぱり、覚えてないのか……」

 あれあれあれ、今度はリュウが肩落としたけど?

「よし、じゃ、まずお互い、この22年間について、簡単に語ろう」

 おいおい、何を言い出すの。

「先づ、俺から行きます」

 待て待て待て待て、勝手に行くな。

 リュウが話したら、私も話さなきゃいけないじゃない。

「あ、コーヒー……」

 良かった、お湯が沸いた……。

 慌てて立ち上がったら、いつの間にか足元に来てたシッポの尻尾、踏んじゃった。



「ほんと、ごめん!」

 私に尻尾を踏まれたシッポは、何故かリュウの足に飛び掛った。

 リュウの作業用ズボンに、血のシミが出来てしまった。

「このくらい大丈夫。こんな仕事してたら、ちょいちょい流血するから」

 リュウは、笑って言ってくれたけど……。

「エアコン工事のお礼と、シッポの粗相のお詫びを兼ねて、今夜晩御飯ご馳走させて」

「え! ノリの手料理が食べられるの?」

 だーれが、作ると言った?

「そ、そうね」

 おい、私!



「じゃ、6時半くらいに!」

 リュウ、ご機嫌に去って行ったけどさぁ。

 問題は2つ。

 その1、約束って何?

 その2、料理どうしよぅ……。

 冷蔵庫を開けると、何も無かった。

 もう、10年近くまともに料理何てしてこなかったから、昔書き溜めてたレシピメモと、暫くにらめっこ。

 1人分だけ作るって、すごく面倒なのよね。

 それでも、1人になって暫くは作り置き何かしてたんだけど……。

 仕事中心の生活に、完全シフトしちゃったから、作り置きなんて食べるタイミングもなくて、だんだんと作らなくなっちゃった。

 今時、コンビニに行けば何でもあるしね。



 久しぶりのスーパー。

 手っ取り早く、カレーとサラダで良いかな。

 あんまり気合の入ったメニューもアレだしね。



 リュウは、きっかり6時半にやって来た。

「おー、カレー大好物!」

 うん、知ってる。

 学食で毎日カレー食べてたもんね。

 あの後、何件か工事でもしてきたのかな、少し汗臭いリュウ。

 でも、嫌じゃないな。

 シッポも昼間の騒動を反省してか、凄く大人しい。

 まぁ、騒動の原因作ったのは私なんだけど。



「あー、うまかったか!」

「お粗末様でした」

 リュウの笑顔が、高校の時の笑顔のまんまで、何かすっごく切ない気分になっちゃった。

「ノリ、どうした?」

 え?

「何、泣いてんだよ」

 私、泣いてるの?

 そう思った瞬間、もう、止まらなくなった。

 こんな、しゃくりあげて泣くなんて、何年ぶりだろう。

 リュウは、オロオロしてたけど。

 オロオロしてる40歳のリュウ、ちょっと面白かった。

「高校卒業して、大学卒業して、数年メーカーで働いて、今の電気屋開業して今に至る」

 突然、リュウが言い出したから、ビックリして涙が止まった。

「ノリは?」

 え?

 私?

「えーっと、高校卒業して、短大行って、2年程就職浪人して、やっと今の会社に就職して今に至る」

「結婚は? 俺はバツイチ」

 そんな、あっさり言わないでよ。

「してない。しようとは思ったんだけど……」

「だけど?」

 なに、言わなきゃダメなの?

「彼の転勤が決まって、結婚するなら仕事辞めなくちゃダメで。でも、仕事辞めたくなくて。それで、婚約破棄した」

 会社で、部下がこんな報告して来たら、頭整理して出直せって言うな、私。

「じゃ、お互い今は1人か」

「そ、そうだね……」

 思い出した!

 約束、思い出した!



 高校、卒業式の後。

 仲の良かった子達と、人並みに別れを惜しんで涙なんか流してたら、リュウに呼び出された。

「告白じゃない?」

 誰かがそう言って、凄く冷やかされた。

「なに?」

 冷やかされて恥ずかしくて、つい、ぶっきらぼうに言ってしまった。

 リュウの顔、真っ赤だったのを覚えてる。

「もし、大人になって再開して、その時誰とも付き合ったりしてなかったら、俺と付き合って下さい!」

 なに、その運任せな感じの先延ばし告白。

「べ、別に良いよ」

 今すぐでも良いよ。

 って、本当は言いたかったんだけどね。



「いや、その、ほら、子供の頃の約束だし!」

「あん時さぁ、振られるのが怖くて、何か先延ばし的な告白しちゃったなぁ」

 リュウ、何、へらへら笑ってるの?

 それは、約束は子供の頃の戯言的な捉え方で良いの?

「ちゅうわけで、はい」

 と、ポケットから出してきたのは、指輪だった。

「ちょ、ちょっと。何これ」

「指輪。買って来た」

 はい?

「ごめん。全く意味が分からない」

「約束、思い出したんだろ?」

 思い出したくなかったけどね。

 だって、逃した恋は切ないもの。

 あの長崎の橋の上で、隣に立ったリュウの手を握っていれば……。

 今の生活に特別不満があるわけじゃない。

 でも、時々、もし、あの時、別の選択をしていれば何かが変わってたのかな、何て思う事が増えた。


 後輩君の出世が、原因だと思う。

 ああ、私はここまでなんだって、思ったの。

 この場所は、色んなものを手放してまで手に入れる場所、だったんだろうか。

 そして、これからの私は、この場所に留まり続ける為に、生きていくのよね。

 そして……

 あ、だめ、また思考が……。

「ノリ?」

 確かにリュウは、私の青春の1ページの登場人物だけど……。

「私ね、今、心が弱ってるから、優しくされると、困る」

 リュウ、突然立ち上がったから、怒って帰るのかと思ったら……

「何で、困るんだよ」

 ちょっと汗臭いリュウに、後ろから抱きしめられた。

「高校ん時に、こう出来てたらな」

「ずるい」

 リュウに身体を預けた。

 何でバツイチなのか、そりゃ色々きになるけど、今踏み出さないと何も始まらないよね。

 もう、18歳の少女じゃないんだもん。

「ノリ?」

「私ね、長崎の橋の上で、リュウと手をつなげば良かったって思ってた」

「俺も!」

 更にキツく、リュウに抱きしめられた。

「あの時、どっちかが勇気出してたら、今と違う今があったのかな」

「もしかしたら、俺らには必要な22年って時間だったのかもな」

「長すぎるよ」

「指輪、サイズあってるかな……」

「サイズも聞かずに買うなんて、40の男がする事じゃないでしょ」

「18の時のサイズだったら知ってた」

 はい?

「ノリの友達に、昼飯おごって教えてもらった」

「え?」

「サイズ確認しろよ、合わなかったら直して貰うから」

 リュウが、離れようとしたから

「離れないで」

 って、思わず言ってしまった。

 離れたら、夢から覚めてしまう気がして。

 って、私、乙女みたいじゃないのよ……。



 月曜日。

「先輩! 何だか今日、綺麗ですね」

 後輩君に言われた。

「褒めたって、何も出ないわよ」

 そして、即、気付かれてしまった。

「先輩、指輪!」

 細かい所に気がつくんだから。

 そりゃ、鈍い私より先に出世するわよね。

「で、先輩、きっかけは?」

「内緒。絶対に教えない」

 さぁ、今日も仕事、頑張りましょう!

 今夜は、香織ちゃんから尋問を受ける予定なんだから、何が何でも定時に上がらなきゃ。


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