その1
「 夢を見た。あの音を聞いた。
君の作る音。
6つの音が作り出す音色は、
なんだかとても好きだった。」
今日、私は泣いた。
君のことを思って泣いた。
君ではない人の腕の中で君を想って泣いた。
*土砂降り
ネットで知り合った人だった。8歳年上の優しい雰囲気の男性。今日はじめて会った。
お互い身の上話なんかをしながら彼の車に揺られて私たちはホテルに向かった。
彼はずっと優しかった。
私は私が想いを寄せていたあの人のことはもうすっかり吹っ切れていた。そしてあの人のことは完全に私の中から消そうとしていた。
あの人ではない人と肌を重ねたのはこれがはじめてで、その一瞬は傷ついた気持ちも寂しさも満たされるような気がしていた。
だけど 何故だろう。
涙が溢れて止まらなかった。
それは完全に不随意的なもので、どうにも止まらなかった。
私の中が君で溢れた。
大嫌いな君が
大好きな君が
大切な君が
私の瞼の裏に溢れていった。
形だけの行為。
微かに香るたばこの匂いとどこまでも沈んでいくような悲しく冷たい気持ちの中で、私はあの人を思って彼をひたすら抱きしめていた。
*小春日和
小学校3年生の時、クラスでタイムカプセルを作った。昔からマセていた私は、当然好きな人もいて大人になった自分への手紙にその人の名前を書いておいた。
その人との恋が叶ったのは中学3年生の夏だった。
初夏、ジリジリと照った太陽が眩しい。
「先輩、お疲れ様です。今日も送ります!」ユウはこの暑いなかでの駅伝練習と部活の後、毎日家まで送ってくれる。ユウは2歳年下の割に大人っぽい。ただ一つ、犬が大嫌いなのだけれど笑。
ユウとは付き合って3ヶ月くらいかな、お互い運動が好きで部活も一緒だったから仲良くなるのに時間はかからなかった。
年頃ということもあって、告白された時嬉しさから付き合うことになったのだ。
自転車をひいて2人並んで歩く。たわいもない会話をしながら。青々と伸びる稲の田んぼ道を歩いていると、遠くに自転車に乗ったあの人が見えた。
「あ」
「先輩?どうしたんです?」
「あれ、けん。」私は自転車を指して言った。
「本当だ、先輩、部活終わりどっかいったんですかね。」
「そうかもね、今日もなんかダルそうにしてんなぁ笑」
「ふふ」ユウはその可愛いらしい顔をしわくちゃにした。
けんが乗った自転車が角に隠れて見えなくなるまで私はそれを見つめていた。