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第七話

 闘矢は昼食の弁当を持ち、階段を上がって3階にある屋上への外階段に続くドアの前に立った。相変わらず3年の廊下は人が見当たらず、閑散としている。警戒を怠らずに鍵を開け、素早く外に出る。そしてしっかり鍵をかける。心に若干の不安を抱え、外階段を上って屋上に辿り着く。


 そこには先客がいた。若干強い風に煽られ、特徴の長い髪が揺れている。横からでも端整と分かる顔立ち。本当にいつ何時でも絵になる人物だ。

 

 その瞬間心の中の不安は消し飛んだ。そして緊張が生まれる。


 そこで相手が闘矢の存在に気が付き、闘矢のほうに向き直った。


「おっす」


 舞い上がる気持ちを抑え、軽く手を上げて声をかける。



「こんにちは」


 屈託の無い笑顔で夏陽は答えた。二人で会うことが出来る場所、それは屋上だった。ここならば一般の生徒はおろか学校関係者でも殆ど立ち寄ることも無い。学校内で全く接点の無い2人が誰にも見つからずに顔を合わせるにはうってつけの場所だった。


 実際こうして昼休みに会うようになってから3日経ったが、誰にも見つかっている気配は無い。僅か45分と言う時間だが、二人にとっては大事な時間だった。


 座っていた夏陽の隣に腰柄を下ろしながら、次に口に出す言葉を考える。


「早いな。一応俺も授業が終わって直ぐに来たんだが」


「教室の並びから私の方が移動距離が短いからだと思います」


 しばらく考えた後、四之宮夏陽が答える。夏陽には前もって屋上のドアのスペアキーを渡してある。闘矢1人が持っているよりは両方持っていたほうが効率が良い。


 始め屋上で会おうと話した時―これはメール―優等生街道を突っ走る夏陽は嫌がるかと思ったが、すんなりと受け入れた。


 夏陽としても同じ事を考えていたようで、そこからいっても屋上は良い案だったわけだ。それから、こうして屋上で一緒に昼食をとる約束が出来上がった。始めはぎこちなかったものの、今では何とか普 通に会話が出来ている、と闘矢は思っている。


 相変わらず夏陽の口調は敬語であったが、そこは無理に変えようとは思わなかった。


「それでなんですが」

 

 弁当を食べ初めて数分、たわいの無い話をしていた中で闘矢がおかずのから揚げを食べようとした時だった。


「もしかして土曜日のことか?」


「はい。大丈夫みたいです」


 土曜日の件、それは先の遊園地のことに他ならない。


『偶然手に入った遊園地のフリーパスを使わない手は無い』


 そう言ったのは宗司だ。


 付き合い始めた日の夜に集まった時に闘矢はついでにフリーパスの件を宗司に話していた。宗司も最初は不思議な顔をしていたが、特に気にも留めなかった。直ぐにそれを利用しろと言う言葉と共に計画を練り始めた。


 翌日には夏陽にその話をした。もちろん偶然手に入れたというところは省いた。

知り合いが急にいけなくなったために譲り受けたと話すと、提案に対し夏陽は目を輝かせた。どうやらその遊園地を溺愛しているらしい。


 だが返事は保留だった。何でも家の用事があるかもしれないから確認してくると言うものだった。今週末であり、急な話だったため当然だと思った闘矢はそれを了承していた。


「家の用事って言うのは特に無かったと?」


「はい。それは来週だったみたいで今週は大丈夫です」


 夏陽は笑顔を見せる。そこまで行きたかったのかと思うと誘った側として冥利に尽き、一先ずはデートの方針が立てられて良かったと安堵する。


 そこで気付く。あぁそうか、これはデートか。

 

 付き合っている女子と一緒に遊園地に行く。デートと言わずしてなんと言うのか。宗司達男友達と遊びに行くのとはわけが違う、胸躍るイベントのはずだ。


 だがなんとも実感が無い。その理由はなんとなく、分かっている。


 闘矢は夏陽とのデートに緊張はしても、心待ちにはしていない。つまるところそれは闘矢の心の持ち様だ。夏陽を真に愛していないと言う自覚から来るものだ。


 その現状故に、闘矢は夏陽に負い目を感じている。嘘をついている。夏陽を真に愛していないと言う嘘だ。いや、完全な嘘とは言えない。


 場に流されたとはいえ闘矢は確かに告白の瞬間、夏陽を好いていた。それは確かだ。故に完全ではない。だが嘘をついていないとも言えない。


 闘矢が夏陽を、夏陽が闘矢を愛している相思相愛でこの二人の関係は成り立っていない。


 そして前者はそうだとしても、後者もどうだ。夏陽は確かに闘矢の告白を受け入れた。闘矢と付き合うことを受け入れた。


 だが、それだけだ。何故受け入れたのか、闘矢は知らない。知りたくはあるが、逆にその問いを返された時が怖い。


『何故私に告白したんですか?』


 その問いに闘矢は答えを持っていない。いや、持っているが馬鹿正直に話せるはずも無い。言った先にあるのは酷い末路であることが想像出来るからだ。


 だから聞かない、聞けない。幸いなのか夏陽から聞いてくる気配は無い。それに疑問を感じなくも無いが、良い事をわざわざ疑う必要も無かった。


 そうでなくとも考えなければならないことが大量にある。


 故に確かめない、確かめられない。酷く不安定で曖昧な、霞がかった関係。名前の付けることができない関係。それが桐崎闘矢と四之宮夏陽の関係だった。


「そ、そう言えば……昨夜……考えたんですが」


 思案に没頭していた闘矢は夏陽の言葉で我に帰る。夏陽を見ると、ほのかに顔が赤い。目線は闘矢ではなく、正面やや下に向けられている。


「よ……呼び方に……ついて……なんですが」


「呼び方?呼び方ってつまり……お互いの?」


 夏陽は恥ずかしそうに頷く。今まで二人はお互いの苗字に、闘矢はさんを夏陽は君をつけて呼んでいた。今の夏陽の提案は、それではダメだと言う事に他ならない。


 それはつまり、


「な、名前で呼んだ方がいいのか?」


 夏陽は再び頷く。


 嘘だろ?そう思うのだが現に今リクエストされている。


 一度咳払いして喉を整える。逆に緊張した。


「な……夏陽」


 夏陽が一瞬ブルッと震える。


「…………さん」


 恥ずかしくなり、たまらず付け加える。


 そうかと思うと夏陽は一気に血の気が無くなったように青い顔をする。


「おい!大丈夫か!」


 あまりの急な変化に思わず闘矢は近づく。


 夏陽は目を見開き、呆然とした表情で微かに唇を動かしている。


「……さん……さん……さん……さん」


 それは小さすぎて屋上の風に掻き消えてしまうほどだった。


 なんと言っているのか闘矢には聞こえない。


「おい、どうし―うおッ!!」


 突然夏陽は首を動かして闘矢を正面に見据えた。そして今までとは違った真剣な表情で訴えた。


「さんは!!無しの方向でお願いします!!」


 何かが気に食わなかったんだろう。それだけは理解が出来た。それしか理解できなかったが。

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