第六話
「お前が恋愛沙汰なんか何年ぶりだ?小5の時に告白されて以来じゃねえか?」
「またお前はそんな古い話を」
馬鹿にされた気はするが、闘矢は怒る気にはならなかった。
小学五年生のとき、闘矢は生涯で一度だけ恋愛沙汰に巻き込まれたことがある。放課後女子に呼び出されて校舎裏で告白を受けたのだ。
「あれは今でも笑えるな」
言われ、闘矢はなんだか身体がかゆくなってきた錯覚に襲われる。
当時、闘矢は家庭が少々問題を抱えておりそれどころではなかったこと。更に小学五年生という思春期手前の年代だったため闘矢自身、恋愛に興味が無かったこともあり早々に断ってしまった。
すると告白してきた少女は突然泣き出してしまった。少女は同年代の他の少女と比べ、体型的に太い体をしていた。本人はそれを理由に断られたと思ったらしく、闘矢がどれだけ言いつくろうが全く聞きもしなかった。
だからだろうか、闘矢はその場を何とかしたいがために、人生の黒歴史ともいえる言葉を言ってしまう。
「付き合うって言われても今の俺にはどうすることも出来ない。だからもう少し大人になってからもう一度だけ考え直してくれない?」
言った闘矢も闘矢だが、それで納得する相手も相手である。それで何とかその場は回避できてしまった。
それが闘矢の人生唯一の恋愛経験だった。
「結局あの子は転校しちまうしな。えっと名前なんだけ?」
「確か、山田だった気が。下の名前はもう良く覚えていない」
闘矢の頭には記憶としては残ってはいるものも、最早それが創造か現実か良く分からなくなっている。本当にあの出来事があったのか、今となってはそれほど記憶が薄くなってしまった。自分が受身とはいえ恋愛経験した唯一の経験ではあるが。
「ま、その闘矢君の恋愛に新たな一ページが書き加えられるわけですね。うらやましい」
「もう何冊も持っている人間が言う台詞じゃないな。だけど今回はそうだからこそ助かったんだ。ありがとう、礼を言うよ」
闘矢は身を屈めて頭を下げる。
だが宗司はそれを鼻で笑う。
「止せよ。どうせ最初から俺を当てにしてたんだろ」
「さすが頼りになります」
これでもかと言う位、闘矢は宗司を持ち上げた。感謝しているのは本当だし、頼りにしたのも本当だ。
「まぁここまでが一応前座みたいなものだ。それで、ちょっと聞きたいんだが」
突然宗司は神妙な面持ちになる。その変化を闘矢もなんとなく感じ取った。
「お前は四之宮の事をどう思っているんだ?」
「どうって……」
宗司の言いたいことは良く分かっていた。
「お前の告白に四之宮が何でイエスと答えたのか理由は分からない。百歩譲ってお前の事が好きだったのかもしれない。だが今そこは重要じゃない。好きじゃない相手に告白してイエスと答えられたお前はその相手の事をどう思っているか。今考える必要があるのは明らかにこっちだ」
宗司は淡々と話す。説教に聞こえるが説教ではない。闘矢に目の前の問題にしっかり向き合うように導こうとしている。闘矢には分かっていた。
そして、宗司が一番気遣っているのが闘矢ではなく四之宮夏陽であると言う事も分かっていた。
「確かに俺の告白は不純で何の気持ちの篭っていないものだったかもしれない」
罰ゲームの告白が成功してしまった手前、闘矢はどう足掻いても四之宮夏陽と付き合わなければならない。SFがどうとかではなく、1人の男として闘矢は逃げてはいけないと思った。それが責任であり、他人に転嫁できないもの。
「口だけかもしれないが、真剣に考えていこうと思う」
元々四之宮夏陽なら付き合えると思っていた。未だにその決め手を自分の中で明確に出来ていないが、そうだと思っている。
あの日、あの時、あの屋上で闘矢は確かに四之宮夏陽の事が好きだった。だが、それは所謂一目ぼれに似たようなもので、状況に流された部分が多い。夏陽と本当に付き合っていると言えるほど闘矢は夏陽に恋愛感情を抱いていなかった。あくまで対象と見れるだけだ。
例え好きなアイドルがいたとしてもそれと付き合いたいわけではない。カテゴリーが違う。だからこそ、これから闘矢が四之宮夏陽を好きになるかどうか。恋人として接することが出来るかどうか。そのために四之宮夏陽と真剣に向き合う。
それが闘矢が出来る最善の行動と思った。
「分かってんなら良いさ」
宗司は納得した表情に変わる。
「それじゃあ、しばらく俺はお前たちの関係を温かく見守っていくことにしよう」
「待て、見守るのは良いが。遠巻きに見るわけじゃないよな?」
いちいち監視されていたら身が持たない。
「当然だろ?流石に俺も人のプライベートについて首を突っ込むつもりは無い。堂々といちゃついてくれたまえ、リア充死ね。あ、因みにリア充死ねは語尾な、リア充死ね」
全く曇りの無い笑顔で死ねを連呼する宗司に、闘矢は不快感を覚えざるを得ない。
だが頼りにしている以上、お前の方が十分リア充だろうが、という声を何とか飲み込む。この親友は今の闘矢の状況を物凄く面白がっている。
最強の味方は最悪の敵かもしれない。そう思った。