第五十六話
「でも何故こんな回りくどい真似をしたんですか?夏陽が天皇家ならばそれを公言すれば、もっと簡単に四ノ宮のしきたりから解放できたはずです」
あわや日本を支えている十二宮家が滅亡するところだったのだが、どうにも澪の取った行動は余計なものがありすぎているように感じられた。要領が悪いのだ。
「それに関しては謝るしかありません。確かに天皇家は動かなければいけなかったのですが、実は天皇家は夏陽ちゃんを助けることに積極的ではなかったのです」
「それって矛盾してません?」
「はい、ですがそれが真実です。元々夏陽ちゃんのお母様が勘当同然で天皇家を飛び出したことがあり、夏陽ちゃんを天皇家の人間として認めたくなかったのです」
決して表に出ず実質的な影響力を持たない天皇家、しかしそこにも古くからの名家であるが故の自尊心というもの存在したのだ。
「だからこそ、この件を一任された私は夏陽ちゃんを天皇家であると公言せずに十二宮家から救うしかありませんでした。しかしもしそれでも無理ならば、玉砕覚悟で夏陽ちゃんが天皇家であることを公言しようとしていました。もっとも闘矢さんが予想上の働きをしてくれたおかげで事なきを得ましたが。それについては私からは感謝の言葉もありません」
「そんな頭下げないでください」
「じゃあ止めます」
「あれ、なんかデジャヴが」
闘矢は既視感に頭を悩ませている。そこで澪は一度コホンと咳払いをする。
「ともかく閻陣であろうがなんであろうが、それが異能である以上天皇家には“絶対”に勝てないので夏陽ちゃんに何かしらの危害が加わることなんてありません。存分にいちゃついてもらって構いません」
「だから申し訳ないですが、俺はもう夏陽に会うつもりは―」
「でも夏陽ちゃんの事好きなんですよね?」
「―ッ!」
闘矢は言葉に詰まる。明らかな動揺を見せるが、何とか堪えようとしているのが一目瞭然だった。
「……例えそうだとしてもです」
そして何とか搾り出したように告げる。するとそれを見た澪は不敵にニヤリと笑みを作る。
「なるほど、強情ですね。ではこうしましょうか」
その不気味な表情のまま、入り口の扉に顔を向ける。
「入っていいですよ、夏陽ちゃん!」
バシィィィィン、という病院では不適切な盛大な音を響かせて扉が開かれる。そこに立っていたのは夏陽。扉を開けた余韻からか、両手を右に伸ばしている。眉を下げその表情は今にも泣きそうなくらい不安定なものだった。その後ろに立っている勇魚は、もうどにうにでもなれ、といった諦めの表情を浮かべている。
「げっ!」
夏陽の姿に思わず萎縮してしまう。だがしかし桐崎の異能は依然何の反応も示さない。夏陽を危険な存在であると認識していないのではない。そもそも異能の効力が打ち消されているのだ。だが、この状況があまりにもやばいことはそんなもの無くとも理解できる。
「闘矢君!」
目が合った夏陽は一目散に闘矢の元へ駆け寄る。この時やっと闘矢は宗司と澪がソファーの方に逃げ、笑顔を送っていることに気が付いた。どうやら味方はいないらしい。
傍まで来た夏陽はあろうことか逃げようとする闘矢を抑えるように、ベッドの上で馬乗りになり、完全にマウントポジションを取ってきた。
何この状況!?と思うのもつかの間、夏陽は何を思ったのか険しい顔をしながら闘矢の顔をぺたぺたと触り始める。
「ちょ、ちょっと待てなんだこの辱めは!?」
人にいいように触られる記憶など掘り返しても存在しない闘矢にとって、これは屈辱以外の何物でもなかった。手で顔を守ろうにも、そうすると腕をぺたぺた触られてくる。
やがて夏陽は一通り満足したのか、パッと表情を明るくして澪に顔を向け手を振った。
「部長!!本当に触れました!!」
「良かったですね!!」
「まっっったく良くねええぇぇぇぇぇ!!!」
ベッドに横たわり息を切らせながら絶叫する。
「なんだったんだよ今の!!」
「私が闘矢君に触れるって部長から聞いたのでつい」
マウントポジションの夏陽は照れたように頬を赤く染めて笑みを零す。その表情に思わずドキッとしてしまう。




