第四十九話
やがて夏陽を弾くように突き離し、静かに立ち上がる。悠然とした立ち姿、しかし焦点の合っていない虚ろな眼。発している気はそれだけで空間をも痺れされるような圧力を兼ね揃えていた。
「…………」
突如、闘矢を中心に突風が吹き荒れる。否―風ではなく、膨大な量と質による気あたりが物理現象にまで及んだ結果だ。それは御門の獅帝鳴よりも、想のものよりも遥かに巨大。周囲にいた者に有無を言わせる畏怖の念を抱かせ、問答無用で意識を刈り取っていく。比較的に闘矢に近い位置にいた康成がいとも簡単に泡を吹いて倒れる。
テーブルはひしゃげ、床は陥没し食器などの類が床に散乱している。闘矢を中心に小さなクレーターが出来上がっていた。
「闘矢……君」
偶然か、近くにいても気を失うことはなかった夏陽は倒れていた体を起こしながら呟いた。そして直ぐに闘矢の元に駆け寄ろうとする。
「夏陽!止めなさい!!」
離れて事態を見守っていた慧刻が声を上げる。四之宮は戦いとは無縁の家系であり、異能の性質ゆえ気の扱いの素養は無いに等しい。だからこそ慧刻は今まで口を挟まなかった。挟めなかった。戦うことにおいて四之宮が無力であることは分かっていた。
ただ、そうでなくとも今の夏陽の行動は誰がどう見ても危険だった。火中に飛び込む、自殺となんら変わらない行動を取ったと言われても仕方が無いのだ。
しかし、慧刻の言葉で止まる夏陽ではなかった。歩はまっすぐ闘矢に向いていた。
そんな夏陽を闘矢が視認する。そして夏陽に向かって右手をかざす。
何かが起こるそんな瞬間、夏陽は闘矢に向かって抱きつくように飛んだ。
途端、夏陽の体全体を黒い球体が包む。そして闘矢は開いていた掌を握り締めるとそれに呼応して球体は収縮、やがて1つの点となり文字通り夏陽を飲み込んだまま消え去った。
闘矢は夏陽が消えたことに何の感情も起こすことなく平然とした様子で、踵を返す。誰もその後を追わない、追えない。目の前で人が消えた。そんな異様な現象、それを可能にする異能を見させられた時点で、誰が今の闘矢を止められるか。
その時だ。部屋を去ろうとした闘矢が途中で足を止め、背後を振り返る。何かを感じ取った様子だったが、何も無いことを確認し、再び体の向きを変えようとした。
そしてそれは起こった。
「闘矢君!!」
何も無い空間から夏陽が出現した。夏陽は飛び込むように闘矢にあっさりと抱きつきながら、そのまま闘矢と唇を重ねる。
夏陽が現れた事態に何かアクションを取ろうとした闘矢の体は―しかし動くことは無かった。そして逆に力が抜けたように飛び込んできた夏陽の勢いのままいとも簡単に倒れこむ。
その時の衝撃か、はたまた別の理由があったのか。闘矢は先ほどまでの圧倒的な存在感が嘘のように、安らかに気を失ってしまった。




