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第四十四話

 慧刻だけではない、夏陽も呆然としていた。慧刻の期待、それは夏陽をこの場から連れ去ることだ。しかし闘矢はその意思はないとはっきり言い切った。すると、夏陽を連れ出すわけでもない闘矢が何故この場にいるのか。そう疑問が湧くのは至極当然のことだった。


「……夏陽」


 闘矢は夏陽の目の前で立ち止まる。その表情は悲壮感を嫌でも感じさせるものだった。


「俺はお前に謝らなくちゃならない。そのために俺は来た」


「あや……まる?」


 思考がろくに回らない状態ながら、夏陽はこの言葉に疑問を感じた。謝るなら別れを一方的に告げた自分の方だ。そう認識していたからだ。


「まず1つ。7年前、あの時あいまいな返事をしてごめん」


「それは―ッ!?」


 夏陽は息を呑む。夏陽にとって、闘矢はそのことを覚えていないと思っていたからだ。


「そしてもう1つ。その時のことを今まで忘れててごめん」


 夏陽の言葉を待たずに、闘矢は言葉を続ける。


「そんな!それを謝る必要なんて―」


 ありません。そう言おうとした夏陽の言葉を闘矢が遮った。



「最後に1つ。夏陽に好きだと嘘をついた。ごめん」



 夏陽はしばらく何の反応も示さなかった。驚きの声を漏らすことも無かった。


「今……なんて……言いまし……た……?」


 今にも崩れそうな不安定な口調で夏陽は尋ねる。


 闘矢はしばらく沈黙し、観念したように口を開く。


「俺はお前を愛してない」


 そして最後の最後に嘘を混ぜた。


「嘘……ですよね?」


 零れたように呟く。


「嘘じゃない」


「それではあの屋上でのことは?」


「あれは宗司とのバツゲームだ。負けた方がお前に告白する。そういうゲームだったんだ」


 今度は本当のことを告げた。しかし、後半部分が夏陽に届いていたかは怪しかった。


 夏陽は途中で膝を折り、床に座り込んでいた。その頬には両目から零れた大粒の涙が伝っている。口は何かを発しようとしているのか震えるように動くが、言葉は音となって出ることはなかった。


「俺はこれを伝えるためにここに来た。今までついた嘘を告白する、それが俺のけじめだ。ごめん」


 闘矢は頭を下げる。深く、言葉だけでなく、態度で示す。やがて顔を上げた闘矢は夏陽を見ることなく踵を返す。振り向き様、慧刻と目が合った。


「十二宮家は総力を上げて君を殺しに行くだろう」


 抑揚のない言葉で告げる。それに対し、闘矢は慧刻の横を通り過ぎるところで呟く。


「今なら喜んで殺されますよ」


 この言葉に慧刻がどんな表情をしたか、しかし闘矢がそれを確認することはなかった。もう用はないというように、顔を伏せながら出口である扉へと足を動かす。

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