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第四十三話

 夏陽は唖然としていた。夏陽の目の前には父である御門康成に抱えられている悠獅の姿があった。その姿はまさに満身創痍、衣服はボロボロに破れ気を失っている。砕けたのか、右の拳が痛々しく変貌していた。


 四之宮と御門の会合が行われていたこの場で、唐突に悠獅が席を立ったのはほんの10分ほど前だった。康成が声をかけるも不敵に笑いだけを返し、部屋を退出した。


 夏陽はその悠獅の笑みが嫌いだった。何もかも手に入れられると確信している傲慢とした態度。ナルシストとも表現できるものだ。


 そんな悠獅がこれまた突然、部屋に舞い戻ってきた。それも扉を突き破る形で派手に。ダイナミックな入室であった。数瞬の沈黙の後、会合の場は騒然とした。誰もが、この僅かな時間で何があったのかと疑問に思った。


 そんな中、夏陽はやけに冷静だった。予想だにしない事態。否―その前兆はあった。


 約1時間前、四之宮邸に何かが投げ込まれた。ガラスの割れる音がし、何事かと夏陽がその場である応接室に向かうが、寸前のところで使用人によって止められてしまう。


 入室は出来なかったものの、夏陽は一瞬だけ確認する事ができた。使用人が手に持っているもの、それは何の変哲もない唯の野球ボールだった。しかしその野球ボールは夏陽にとってはどこにでもある野球ボールではなかった。それが夏陽に1つの可能性を提示した。


 そして今、夏陽の予想を正しかったことを示すように事態が動き出す。


 悠獅が突き破ってきた扉、そこから1人の少年が姿を現す。ぱっとした特徴も見られない普通の少年。しかし夏陽の恋焦がれた少年、そして夏陽がもう二度と会う事が無いと覚悟した少年だった。


「闘矢……君?」


 自然と言葉が口をついた。そして感情が湧き上がって来た。それがどんなものかは夏陽には説明が出来なかった。闘矢に再び会えた事への喜び、何故ここに闘矢がいるのかという疑問、そして関わりを無くさせようとした闘矢が自分に会いに来たという怒り。


 複雑すぎる思いが渦巻いた。


 闘矢と夏陽の視線が交差した。そして闘矢が何かを口にしようとしたその時、夏陽と闘矢の間に何者かが立ち塞がった。袴姿の初老の男。夏陽の父にして四之宮家当主、四之宮慧刻その人だ。険しい顔つきで闘矢を見据えている。


「君が桐崎闘矢君かな?」


 風貌は厳格な男性、しかしその口調はとても穏やかなものだった。闘矢に敵意を向けていない、そう感じられた。


 そんな慧刻に対し、闘矢は首肯を返す。


「貴様!悠獅に一体何をした!?」


「待て御門ッ!!」


 そこで康成が声を上げる。そして慧刻の静止を無視し、闘矢に向かって獅帝鳴を放つ。いや、それは最早全方位で放たれ闘矢と真逆にいる夏陽にも、有無を言わせぬ重圧が襲った。


 しかし風船が破裂するような音が響いたかと思うと、それは直ぐに消え去ってしまう。


「何!?」


「悪いが、時間が無いんだ。少し“黙れ”」


 闘矢は康成に向かって静かに呟く。すると康成は焦った様に喉を押さえ始める。そして口をパクパクと動かすものの何も言葉を発さなかった、発せなかった。


神楽坂気功術―真言。


 発した言葉に気を乗せる異能であり、闘矢は康成の言語器官を麻痺させたのだ。


 夏陽は十二宮家の異能にそこまで通じているわけではないため、事態を飲み込む事ができなかった。 しかし当主である慧刻は違った。本来その家系の者しか扱うことが出来ない異能、それを十二宮家に属してもいない闘矢が2つも扱ったことによる衝撃は大きい。虚を突かれたとでもいうように、驚きの表情で闘矢を見据えている。


「御門の獅帝鳴だけでなく……神楽坂の真言までも……君はまさか……」


 しかし闘矢はそれには答えずゆっくりと夏陽の元へと歩き出す。


「待つんだ!」


 覇気のこもった慧刻の声、しかし闘矢は無視する。その歩みには微塵の迷いも感じられない。確固たる意思、それしか見えない。


「君が夏陽と懇意の仲にあることは知っている。だがしかし!これは十二宮家の問題であり、夏陽も了承していることだ!もし君がここで夏陽を連れ出したとしても、必ず十二宮家は君の後を追う。その未来は決して幸せには―」


 その時、慧刻の言葉は途切れた。唖然とした表情で口を開け、闘矢を見ている。真言で言葉を止められたのではない、慧刻の意志で止められた。止めざるを得なかった。


 慧刻の目の前にいる闘矢は笑っていた。しかしそれは楽しい時の笑みのような陽のものではない。陰の笑み、闘矢は力なく悲しそうな風情で笑っていたのだ。


「あなたは嘘つきですね」


 そして表情と同じように力ない言葉を吐く。


「今のあなたは、夏陽を十二宮家から連れ出してほしいって、本当はそう思ってますね」


「えっ!?」


 驚きの声を上げたのは夏陽だった。そして不安げな表情で父である慧刻を見る。


 慧刻は口をきつく結び、険しい表情をする。何も答えはない。しかし、この場合沈黙が示す事が肯定と否定、どちらであるかは明白であった。


―だが、


「申し訳ありませんが、俺にはその期待に応える意思はありません」


 そして頭を振った後、闘矢は呆然と立ち尽くす慧刻の横を通り抜ける。

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