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第四十話

 身体を走る久しく感じることの無かった痛みに、まるで電撃が走ったかのように怯む。更に脳を支配する何かがここに来て肥大したかのように、思考を支配する。心と体、その両方が言うことを聞かない。


 そしてその一瞬の隙を突かれ、頭部に手刀の一撃が打ち込まれる。脳みそを無理矢理シェイクされる不快感と、さらに物理的な衝撃が襲い掛かる。荒波にもまれるようにぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感覚を覚える。


 たちまちバランスを崩し、殴られた勢いのまま床を転がり壁に激突する。その時背中を打ったため呼吸が停止、直ぐに回復はしたものの依然闘矢の呼吸は乱れたままだった。


 闘矢の眼前には右の拳を握り締めながら恍惚とした表情を浮かべる悠獅の姿があった。一撃が闘矢に叩き込まれた。決して触られることの無かった闘矢に、決定的な一撃が入った。


「ようやく当てる事が出来た。いや、よく今まで避け続けたと言うべきか。今のは武家六家、五後胤家無刀技―双斬突。実戦でも使用されたことのある生きた暗殺拳だ。もっとも、外気功を主とする俺の御門の気質では内気功を用いるこの技はそこまでの殺傷能力はない。本来なら手刀は切り裂くことに昇華するようだが、俺では殴打が限界だ」


 本当ならすでに死んでいた、闘矢にそう告げるように悠獅は饒舌に語る。その闘矢は未だ立ち上がることもせず力なく床に手を突き、顔を伏せていた。


 悠獅は足を肩幅の広さまで開き、脱力した姿勢を取る。


「立ち上がる気力すらないか。一撃入れられただけで折れるとは意外にも脆いものだな。いや、唯一の自慢だった逃げることも出来なくなったが故に全てを諦めたか」


 そして嘲笑を漏らす。


「確かに中々面倒ではあったが、所詮はこの程度。十二宮家に牙を立てるにはあまりにも弱すぎる。逃げるだけでは戦いに勝つことは出来ない。四之宮夏陽を救い出すなど、到底無理なことだ」


 闘矢は壁に寄り掛かりながら立ち上がる。その姿は覇気どころか生気すら感じられるか怪しいほど弱弱しいものだった。


 触られた、触られてしまった。その事実が闘矢の心に深い傷を作る。


 それは恐怖、自身の身が傷つくことを恐れる生物的本能。


 それは絶望、自分には悠獅を倒すほどの力が無いことを悟ってしまった。


 悠獅の言うとおり、逃げることでは相手を倒すことは出来ない。相手を倒すことが出来なければ、その先に進むことは出来ない。逃げることは、前進にはなりえない。それは状況を打開する術ではない。夏陽に再び会うことなど無理なことだったのだ。


 闘矢はここに来て自身の心が揺れている事に気付いた。夏陽に会うために十二宮家に反抗することにためらいは無かった。異能があろうがなかろうが、夏陽に会うために全てを犠牲にする覚悟で挑んだ。 その覚悟に偽りは無い。


 しかし、結果闘矢は膝をついた。御門悠獅という存在を前にし、自身の無力を知った。どうにもならない現実を知った。やる気の有る無しの話ではない。やるやらないの葛藤ではない。そもそも無理な行いだったのだ。


 それは闘矢に、この場から逃げるという選択肢を提示した。夏陽に会うことを諦め、自身の身を守るという今の闘矢にはとても甘く、そして慈愛に満ちた天の声とも言うべき選択肢だ。



―それで、いいのか?


 闘矢の思考に、何かが語りかけた。


―本当に逃げてしまってもいいのか?


―御門を倒すのは俺には無理だ。俺には逃げることしか出来ない。


―お前から動き、相手を倒せばいいだろう?


―無理だ、俺には逃げることしか、避け続けることしか俺には出来ない。


 それに闘矢は反論する。闘矢にとって戦いとは逃げることだ。そう教わってきた。否―そうとしか教わっていない。祖父から受け継いだ戦い、桐崎の戦いとは常に逃げることだった。そんな自分が今更相手を倒そうと戦ったとしても、所詮付け焼刃になるだけだ。


―本当に逃げることだけだったか?


 しかしそれはなおも闘矢に問いかける。


―それがお前の本当の戦い方だったか?


―本当も何も、俺にはそれしかッ!


―いや、お前は知っているはずだ。後天的な桐崎の異能ではなく、先天的な異能を、祖父の修練により上書きされてしまったお前本来の異能を、お前は俺を知っているはずだ!



「――ッ!!」


 その時、頭部の悠獅の手刀が叩き込まれた部分に痛みが走る。正確には外傷ではなくその内部、脳自体がズキンッと痛んだ。脳が熱い何かに焼かれるように痛んだ。まるで脳の中身を無理矢理変えられるような感覚。


―さぁ再びこの力を存分に奮うがいい!そして戦え!十二宮家を滅ぼせ!戦う事、十二宮家と合間見える事こそがお前の存在意義であり、宿命。本当のお前を解放しろ!!

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