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第三話

 次の日も晴れ晴れとした良い天気だった。運動日和という感じで透き通った風が吹き心地良い。昨日のような湿度が高いジメッとした感じではないのが嬉しい点だ。そんな天気だからこそ宗司が昼休みになった途端に闘矢の席まで来た。


 そして取り出したばかりの闘矢の弁当箱をひょいと拾い上げる。


「こんな天気が良いんだ、屋上で食わないか?」


 確かにこの天気、晴れ晴れとした所で昼飯を食べたくなる。一年のころは教室が1階にあり、窓の直ぐ傍の縁石に座って昼飯を食べるのが習慣だった。だが流石に2年になりベランダで食うわけにも行かなくなってしまった。


 一応外にベンチは何個か設置されているが、狙って取ろうと思わなければ取れるものではない。この天気となればなおさらだろう。


 故の屋上―――なのだが、屋上は校則で立ち入りが禁止されている。何年か前に生徒が転落したとかで入ることが出来ない。そもそも屋上に通じているドアの鍵が職員室にある時点で普通に考えて進入は不可能なのだが、闘矢たちは違った。


「まぁ別に良いけど」


 宗司の提案がほぼ予想通りであったため闘矢は何事も無く返す。闘矢と宗司は屋上の合鍵をそれぞれ所持していた。生徒会の卒業アルバムの写真取りの手伝いをした時、屋上から撮影する機会があったので、その時に形を取っていた。後は宗司の人脈を使ってちょいと作って完成である。


 屋上の鍵を取り出し、席を立つ。


「誘っといて悪いんだが、先行っててくれ。ちょっと野暮用がある」


「了解」


 宗司から弁当の包みを受け取った闘矢は頷く。実際屋上に行くのに二人では何かと目立ってしまうため、一人のほうが返って楽だ。


 教室を出て三階に上がる。そして廊下の状況を確認する。3階は主に3年生の階なのだが、さすが高校三年生、昼休みも勉強しているのかとても静かである。


 これなら余裕だ、念のためもう一度辺りを警戒して闘矢は屋上へ続くドアを開け放つ。素早く開けて素早く閉める。最早慣れた手つきだ。始めの頃は校則に違反している罪悪感から来る緊張があったが、既にそんなもの一切感じない。


 外付けの階段を上り屋上へ。この時に外から階段を上っているのがばれたら一貫の終わり。姿勢を低くして万全の対応をする。


 屋上にはやや強い風が吹いていた。今日の気候を合わせるとそれが逆に気持ちいい。若干髪が流れる程度の強さだからちょうど良いのかもしれない。学校の巨大時計が掲げられている裏側の壁が良い段差になっているのでそこに腰掛けた。ここなら他の校舎からも目撃されずに済むのは実証済みである。


 さて弁当でも食べるか、と闘矢は弁当を包んでいた布を剥ぎ取る。同時に何かが宙を待った。


「おっと」


 反射的に飛ばされたものをキャッチする。何やら細長いチラシのようなものだ。真っ白で何も書いてない。違った。闘矢が見ている面は裏面、引っくり返して確認する。


 それは近所の遊園地の一日フリーパス。一枚二名限りの利用可能期間は今週の日曜日まで。何でこんなものが弁当の中にあるんだ?闘矢には理解が出来なかった。

 

 弁当を作ったのは闘矢自身であり、今朝こんなものを入れた覚えはないし、そもそも遊園地の一日フリーパスなど手に入れた覚えなどない。それにこの遊園地の一日フリーパスはかなりのレアな品である。それこそ懸賞とか福引の一等とかに当選しないと手に入れることは出来ない。


 もちろん闘矢にその類のものを最近やった覚えは無い。記憶の奥に昨日百貨店で福引があったなぁと思うが、そんなまさかと鼻で笑う。第一これがその当選品であると仮定して、どうしてここにあるんだ。


 その時、ドアが開く音がした。特に危ない気配は感じなかった。宗司が来たか、闘矢はこの謎の一日フリーパスについて自慢しようか悩むが、本当に鼻で笑われそうなので本当の事を話そうと決めた。盗んだ覚えも無いのに自慢などしたら、疑われても仕方が無くなってしまう。


 足音が傍まで聞こえる。闘矢は宗司を見ずにフリーパスを指で挟んで見せる。


「弁当の中にこんなものが入ってたんだ。笑えるだろ?」


 闘矢の言葉に対し、僅かな沈黙が流れる。宗司は返事をしなかった。


 何だ、と思った闘矢の耳に予想外の声が聞こえた。


「は、はい。そうですね……」


 鈴を転がしたような透き通った美声。闘矢は一瞬で体が強張った。宗司のものではない。明らかな女の声。それも今恐らく一番聞き分けが出来るであろう声だ。


 嘘だろ、闘矢は声の主を確かめるようにゆっくり首を回す。


 そこにいたのは紛れも無い。やや強い風に煽られて暴れる髪を押さえ、可憐ないでたちを見せる女子。ブラウスの上からでも分かるすらっとした体型に、スカートの下には健康そうな脚線美があった。そして髪を押さえているのと逆の手は弁当らしきものを持っている。


 四之宮夏陽に他ならない。


 まず取った行動はフリーパスをしまうこと。何をかっこつけた風に見せ付けてるんだと焦りながらしまう。だがそこから先、何もすることが無くなった。


 質問をしろよと命令は出ているのだが、いかんせん何から聞けば良いのか分からない。何でここにいるのか。どうやって入ってきたのか。というか何でしっかり弁当持参なのか。


「え、あ~その~」


 言いたいことがまとまらない。じれったすぎるのが自分でも分かる。パニックに陥りすぎだろ、と言う自分に対する突っ込みだけは冷静だ。


 対する四之宮夏陽もどうして良いのか分からない様な表情を見せる。目線を下に動かし、ろくに焦点が定まっていない。前髪越しに見る俯き加減が何とも言えない。先客がいた事に戸惑っているのか。それは闘矢にしても同じで、宗司ではなく四之宮夏陽が来たことは完全に想定の範囲外であった。


 風で流れる黒髪が太陽光を反射し、輝いて見える。もうこれだけで一枚の絵画になっている。この瞬間を写真で取れば売れるだろうな、という思考が一瞬過ぎったがかき消した。


「と、隣……座っても良いですか?」


 やっと搾り出した風情の言葉で四之宮夏陽は告げる。対する闘矢は拒む理由など一切存在しない。いや、隣に座ることで更に状況が混乱するが別に悪い気がするわけでもない。それに屋上に二人だけの状況で断れるわけが無い。


「あぁ……どうぞ」


 自分の左隣を指しながら気持ち体を右に動かす。

 

 ぺこっと軽くお辞儀をし、四之宮夏陽はスカートを抑えながらゆっくりと近づいてくる。見たいかと言われたら見たいと答えるかもしれないスカートの中だが、ここは紳士に徹するしかないだろう。凝視するのも悪いと思い、顔を正面に持ってくる。隣で座る気配、誰かが直ぐ傍にいる気配がする。どうする、どうする、どうする。


 まさか…………コクるのか!?


「偶然ですね。ところで僕あなたの事好きなんですよ、ハハハ」


――無理無理無理!!


 いやいや、そんな馬鹿な行動が取れるわけがない。正解の行動がなんなのか分からず困惑。脳内では頭を抱えて悶えている。


 ギャルゲの主人公は選択肢が出てきてセーブも出来て凄いなと痛感する。特にセーブ、今最もセーブが欲しい。それでもってロードもぜひ欲しい。頼むからこの瞬間を永久保存させてくれ。クイックでも良いから。


「あ、あの」


「ん?」


 四之宮夏陽の声に出来る限り普通に返事をする。実際は心臓が激しく脈打っている。何とか声が裏返らないように気をつける。


「ここには1人で?」


「いや、一応連れが1人いるはずなんだけど、遅れるって言ってたから待ってたんだ」


 闘矢は宗司を思い出す。宗司が来ればこの場は何とかなる。


 あのくそ野郎早く来いよ!と苛立つが、それはこの空気の破壊と同じだ。


「まさか彼女さんとかですか」


「ブッ」


 問いに対して闘矢は思わず噴出してしまう。連れと言う言葉に御幣が合ったらしい。偶然だとしてもピンポイント過ぎる言葉だ。


「違う、ただの男友達だ」


「そ、そうですか」


 頷きながら四之宮夏陽は答える。その安心したような顔はなんなのだろう。


 いや、余計なことは考えないほうが良いと判断する。


「四之宮さんはどうしてここに?」


「えっと、私も友達に屋上にって言われて」


「屋上にはよく来るの?」


「いえ、今日が初めてです」


 闘矢は首を傾げる。四之宮夏陽の表情に嘘は見られない。


 だが何故友達に屋上に行くように言われたのか。


「話があるとかで。誰かに聞かれてはいけないらしいので」


 疑問を感じ取ってか四之宮夏陽が答える。


 確かに屋上ならばその条件に最も適している。誰か来る確率など皆無に等しい。だがそう思っただけでは屋上に入ることは出来ない。


「鍵は?かかってたと思うんだけど」


「私もそう思ったんですが、何故か開いていて。桐崎さんが開けたんですよね?」


 闘矢はまたも考え込んだ。確かに鍵を閉めた。それは絶対に確認しているし、ゆるぎないものだと思っている。だが実際鍵を持っていない四之宮夏陽が入ることが出来たのは、鍵が開いていたと言う事実に他ならない。何やら作為的なものを感じた闘矢だが、そこでふと気が付いた。


「あれ、俺名前言ったっけ?」


 確かに四之宮夏陽は闘矢の苗字である桐崎という名前を発した。だが闘矢にはこれまで名乗った覚えは一切無い。同じクラスにもなったこともなく、これまでまったく交流を持っていなかっただけに、名前を知られていることに驚く。


「いえ、前から知っていました。桐崎闘矢さん」


 四之宮夏陽は弁当を広げる。栄養バランスの取れたおかずが並んでいる。


「桐崎さんは良く屋上に来られるんですか?」


「まぁそこそこかな」


「ドアは合鍵ですか?」


「そう……だね」


「お弁当は手作りですか?」


「あぁ、一応」


「毎朝?」


「毎朝」


「朝早く起きてお弁当を?」


「まぁ店の手伝いとかで朝は早いから」


「お店とは?」


「俺の家ケーキ屋なんだ」


「それって図書館の近くの?」


「そうそこ」


「本当ですか!私も食べたことあります」


「はぁ。お買い上げありがとうございます」


「チーズケーキがとっても美味しくて。あとクリームの甘さがしつこく無くて好きです」


「ありがとうございます」


「もしかしてケーキを作ったりしてるんですか?」


「まぁ、はい。一応」


「凄いです!今度私に教えてください」


「機会があれば良いですよ」


「本当ですか?ありがとうございます!」


…………何だこの怒涛のような質問は。


 始めもそうだが、特にケーキ談義から一気にヒートアップし始めた。というかどさくさ紛れにケーキの作り方教える約束をしてしまったがこれは果たして公式か、公式なのか?


 しかし、何故こうもテンションが高い。女子は甘いものでこうも変わるのか。店番をしている時の客の様子を観察している時になんとなく感じてはいたが、前面に押し出されると何か圧倒されるものを感じた。


 流石に戸惑いを隠せない。質問する隙が無い。次から次へと飛んでくる質問に、えぇいままよ、と闘矢はやけくそになりながら答えていく。

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