第三十八話
「御門様!お戻りください、ここは―ッ!!ぐっ……はっ……」
警備員は侵入者である闘矢の前に進もうとする悠師を止めようとするが、その言葉は途中で途絶えてしまう。そして2人の警備員は苦しそうに喉を押さえたかと思うと、そのまま糸が切れたかのようにストンと倒れ込んでしまった。
紛れも無い、獅帝鳴を直接喰らってしまい意識を刈り取られたのだ。突然、圧倒的な気を当てられたがために精神がパンクし、機能停止という最終手段で身を守った。
「さて、これで邪魔をする者はいなくなった」
倒れている警備員を足で脇に寄せると、悠獅は闘矢に向き直った。堂々たる風貌にお似合いの低い声音。何気ない言葉の中にも闘矢は尋常ではない重圧を感じた。
「初めましてと挨拶しておこうか。俺は御門悠師、四之宮夏陽を嫁に貰う男だ」
「桐崎……闘矢だ」
「知っている、この前まで夏陽がお世話になっていたようだな。ご苦労だった」
今はもう貴様には関係ないがな、とでも言われたように闘矢には聞こえた。
「まぁ俺としては夏陽の身体が綺麗なままでいれば何をしようと構いはしないんだがな。それも含め、お前は十分な働きをしてくれたと思うよ。お前のおかげで夏陽は過去のお前とも決別する事が出来たようだからね」
悠師は軽く拍手を交える。何の感情もこもっていない、形だけの賞賛。そんな余裕の風情の悠獅に対して、闘矢は激しく動揺していた。過去の闘矢と夏陽、それは紛れもなくあの時の告白のことに他ならないからだ。
「何でお前がそれを!?」
「十二宮家には情報を生業としている家があってね、少々根ははるが確実な情報を提供してくれるんだよ。夏陽との婚約が決まって以来、俺は何度か夏陽と会う機会があったが、夏陽は常にどこか別の場所を見ているような雰囲気をかもし出していた。だから調べた、四之宮夏陽、いや山田夏陽の過去を全て。そしてこの情報を聞いた俺は1つ、良いことを思いついたんだよ。そこまで好いているというのなら、完膚なきまでに、すっぱりと諦められるような未練を残さない状況を、あえて作ってやればいいとな」
悠獅は嘲笑とも言える笑みを浮かべる。その姿に闘矢は意図せず後ずさりしてしまう。
「何が……言いたい?」
「夏陽に最後の情けとしてお前が入学するであろう高校に入ることを勧めたのは俺だということだ!傑作だ、滑稽だったよ!無理だと分かっていながら、陰で見ていることしか出来ないと分かっていながらも、お前に再会できると喜んでいた四之宮夏陽がな!」
そこで悠獅は頭に手の当てながら、声を大にして笑い出した。その悠獅の笑い声が、長い廊下を響き、闘矢の耳に耳障りな音を運ぶ。
「始めは堪えていたようだが、先週お前と夏陽が付き合ったと聞いた時には俺は思わず腹を抱えて笑ってしまった。それもお前から告白したらしいじゃないか!必死にお前への気持ちを隠していた夏陽にとって、お前はとても酷な事をしたんだよ!」
わざと闘矢の神経を逆なでするように、芝居がかった口調で悠獅は闘矢の痛い場所を的確についてきた。
夏陽と過ごした日々は闘矢にとってかけがえの無いものだった。それは覆ることはなく、闘矢の中でとても大切な思い出として一生心に残る。
それがたとえ、すべてこの男の策略だったとしてもだ。夏陽を闘矢とわざと引き合わせ、未練がなくなるように共に同じ時間を過ごさせ、そして引き剥がす。全てがこの男の思い通りに事が運んでいた。
言われてみればそうだった。新参者とはいえ、四之宮の娘を情けで一般の高校に通わせるほど十二宮家は慈悲に満ちた組織だったか?唯でさえ危うい立場の夏陽にそこまでしてくれるほど、優しい組織だったか?
考え、出た答えはノーだ。
「確かに俺のシナリオ通りに物事は進んでいたんだがここで問題が起きた。俺のシナリオならばお前はここの門の前で跪き、どうにもなら無い現実に悲痛にも泣き叫んでいたはずだった。だが今のお前はここにいる。四之宮邸の、それもこの俺の目前にだ」
笑い終え、一度咳払いを交えてから悠獅は再びもとの微笑を浮かべた表情に戻る。
「当然俺はお前の過去についても調べた。5歳以前の記録が存在しないまでも、俺の記憶が正しければお前の身辺には十二宮家の警備網を突破できるような強力な駒は存在しなかったはずだ。俺はそれが不思議でならなかった。都市の外れにあるしがいない道場の子供。たったそれだけのお前1人に、何故こうも十二宮家が翻弄されているのか?」
疑問に闘矢は答えを返さなかった。
悠獅が言った闘矢の身辺は紛れも無い事実であることは認めざるを得ない。十二宮家にとって見れば、闘矢など日本の人口が1増えるだけのちっぽけな存在なのだ。
闘矢がこの場にいるのはSFの協力、そして宗司というブレイン、さらに勇魚という裏切りがあったからこそ成り立っている。しかし勇魚の裏切りは闘矢が四之宮邸に進入した後の話であり合図が送られてきていない今、まだ発覚していないはずである。
悠獅が今問いだしているのは四之宮邸に侵入したことだ。情報を生業としている家を使っているとなれば、闘矢に力を貸すであろうSFと宗司の存在は確認していた可能性がある。その二つが予想以上の働きを見せたのか、もしくはこの二つ以外に別の協力を得ていたのか。はたまたこれとは別の何かがあったのか。悠獅はそれを問おうとしているのだ。
「だが、それもお前に会った途端どうでもよくなった」




