第三十七話
闘矢は再び四之宮邸の内部を抜き足差し足の調子で進んでいった。その歩みに迷いは無い。一歩一歩、しっかりと踏みしめ進んでいく。
勇魚の号令で警備隊形を変更し、闘矢は意図的に作られたその穴を進むことで誰にも見つかることなく進むことができている。勇魚の指定した順路とタイミング。それにより、比較的危ない橋を渡ることなく進むことができた。
唯一の不確定要素である藤代については勇魚を信じるしかない。これについては闘矢が口を挟むことではなかった。
闘矢が気にしなければならないのは時間、勇魚が藤代を抑えていられる時間だ。約10分間、闘矢が会合の場に突撃し、やることを終えるにはその時間以内に済ませなければならない。
闘矢がやるべきこと、それは夏陽にこれまでの嘘を謝罪することだった。
バツゲームという不純な理由で告白し、そして好きであると偽って過ごした日々。確かに今現在の気持ちでは闘矢は夏陽の事が好きだ。それは揺るぎ無い。しかし所詮それは結果論でしかなく、闘矢は夏陽に負い目を感じているのはどうしようもない事実だった。
そして闘矢は夏陽が決めた覚悟を尊重することを選んだ。
四之宮の女児として生まれた夏陽の運命について思うところが無いといえば嘘になる。本音を言えばなんとかして十二宮家から夏陽を救いたいと思っている。
しかしそれを夏陽が拒否している。昼間の一件、あの時闘矢は夏陽の心の中にある確固たる覚悟に触れた。ごめんなさい、という言葉が闘矢の心の奥底に深く突き刺さったのだ。
だから闘矢は夏陽を救うことが出来ない。否―夏陽をこの場から連れ出すのは夏陽を救うことにはならない。そう感じていた。
このことを勇魚に伝えると、勇魚は多くの罵声と共に闘矢に殴りかかった。闘矢には殴られる覚悟があった。しかし、そこでも闘矢の身体は自然と回避行動をとってしまう。
「なんで、なんであんたらは二人揃ってそんなにも不器用なのよ!!」
叫ぶ勇魚にかける言葉が見当たらず、闘矢は静かに「すまない」とだけ口にした。
しばらく沈黙し、勇魚は口惜しそうに唇を噛み何かを堪えるような表情をした後、感情を感じさせない口調で闘矢に進入経路の情報を教えた。
勇魚も始めに闘矢に夏陽をきっぱりと諦めろと言ったこともあり、この状況がどうしようもないことであることを理解している。事実闘矢が夏陽を連れ出したとしても、十二宮家は必ず2人の後を追う。十二宮家の力を使えば主な日本を離れる手段は止められ、国内でじりじりと追い詰められてしまい、やがて捕まってしまう事が目に見えていた。
四之宮の娘であるという揺るぎ無い事実が覆ることは無い。これが四之宮の異能を継いだ者が決して逃れられる事ができない現実なのだ。
エントランスの階段を上がり上階にたどり着いた闘矢は曲がり角の手前で止まり、壁に寄り掛かり盗み見るように先に目を向ける。
視線の先、両開きの仰々しい木製の扉の前には二人の警備員がいた。よく見るとあの遊園地にいた大学生風の二人組みだった。扉の先は会合が行われている部屋に続く唯一の廊下であり、流石にそこまでの扉を守っている警備員は勇魚の指示で動かせるものではない。そして重要な場所だからこそ、気配の様子から他の警備員とは違ったものを感じられた。
目的の場所まであと一歩、もうここまで来れば騒ぎを起こさないように行動をする必要も無い。闘矢は拳を胸に軽く叩きつける。脈打つ自分の心臓、それははたして夏陽に会うことに緊張をしているのか、それともこれから起こるであろう御門悠師との対峙に対するものか。
時間にして僅か1秒、しかし深い思考と覚悟を持って闘矢は曲がり角を飛び出し、扉の前に躍り出る。
「いたぞ!」
警備員のロン毛の方が声を上げる。臆することはない、ここまで来たらもう突貫するのみと言い聞かせたとき、
「撃て」
2つの銃口が闘矢を睨んだ。放たれた銃弾は、当然認知できるものではない。そこからマシンガンのごとく放たれた銃弾の雨が闘矢を襲う。
そのすべてを、闘矢は無傷でやり過ごした。大げさに避けたわけではない。あくまで進行方向に直線的な歩み。ただ、銃弾が貫くはずの場所を最小限度の動きで回避、秒速400mはある豪雨を突破した。
「馬鹿な!何の異能だ!?」
驚愕する男たちの対応が鈍る。闘矢は最大限の速さで懐に飛び込み、右に立っている男の顎にアッパーを繰り出す。
「ぐあっ!?」
ダメージを負ったのは、闘矢の方だった。殴った右の拳に伝わってきたのはコンクリートを殴ったような感触。とても人の肌ではない。当然男たちにダメージはない。
知識として理解していた。これが異能、血鎧の力。体は鋼鉄に変える。
「我々に肉弾戦を挑むとは、身の程を教えてやる!」
振り下ろされた拳を避ける。その拳はそのまま床を砕いた。攻防一体の異能。純粋な硬さとは単純にたちが悪い。これで動きが遅くなってくれでもすればいいのだが、不幸にも男の動きは愚鈍ではない。
「あの時は手加減してやったが、ここではもう規律なんて関係ない。思うままに潰してやるよ」
襲い掛かる男の動きに、闘矢は逃げるだけで精いっぱいだった。もともと攻める技術は会得していない。逃げるだけ、闘矢が身に付けた力はそれしかない。というか闘矢には殴る蹴る以外の攻めがない。かくなる上は。意を決して男の懐に飛び込み、拳銃を強奪。触ったことのない硬さ、重さ。人を殺せる凶器。倫理観など度外視し、闘矢はの指はやけにあっさりと引き金を引いた。
放たれた銃弾は、男の皮膚にいともたやすくはじかれた。まるで壁に当たったように、甲高い音を響かせ、男は当たった頬をかゆがるようにこするだけだった。
と、同時に扉が開く音が闘矢の聴覚を刺激した。男たちは背後の扉が開く音に驚きながら振り返る。
扉から出てきたのは1人の男だった。短い髪の下の相貌は鋭く、口の端を僅かに緩め、微笑をもらしながら闘矢を見据えている。妙に似合っているスーツはまさに若手実業家とでも形容できる風貌であり、スーツの下からでも分かる長身のがっちりとした体格はそれだけで何か威嚇されたかのように重圧を感じる。
闘矢は急に体が重くなった感覚に襲われる。しかし闘矢はこの重圧が何も外見や雰囲気だけから来るものでは無いことに気付いていた。
御門気功術―獅帝鳴
人間の本能に直接気をぶつけ、精神的な重圧を課す異能である。精神的な重圧はそのまま肉体にも反映され、耐性を持たない人間は息苦しさなどを覚え擬似的に重力が増加する錯覚に襲われ膝をつく。知らず知らずのうちに御門の人間に頭を垂れる。
このある種のカリスマとも言うべきオーラによって御門家は古くから日本の政治面を先導し、意のままに日本を動かしているのだ。
問わずとも闘矢には察する事ができた。この男こそ、闘矢の超えなければならない相手、御門悠師本人であると。




