第三十一話
宗司は塀から体を離し、歩き出す。ここにおいても何の説明も要らない。宗司が来いと言ったから、闘矢は行く。ただそれだけだ。
着いた先は、近所の公園だった。ブランコや滑り台などの定番の遊具から、木で出来たアスレチックのようなものまであり、昼間は子供連れの主婦がいる姿を良く見る。
そんな空間に今、50人に迫るほどの人間が集まっていた。それだけでも驚いたが、更にその集団から話し声が全く聞こえなかった。誰一人喋ることなくその場に立っていたのだ。その雰囲気は、不良の集会場と言っても良いほど、ぴりぴりと張り詰めていた。
これには流石に闘矢も疑問を持たざるを得なかったが、そんな闘矢を知ってか知らずか、宗司は臆することなくその集団へと近づいていく。後ろを付いていく闘矢は少し集団に近づいたところで気付いた。集まっていたのは全部男、しかも闘矢とそう変わらない年齢に見えた。
集団が闘矢たちの存在に気付く。そしてその中から闘矢も見覚えのある人物が歩み出る。
「来たようだな。桐崎」
倉田―SF四天王の中心的存在で、元剣道部主将その人だった。
「えっ、なん……で?」
これには闘矢も開いた口が塞がらなかった。思えば倉田の後ろに残りの四天王、遠藤、佐伯、木村の姿もあった。
「お前が危機的状況に陥ったと風間から聞いてな。俺たちSFはお前の力になることを決めたんだ」
倉田の言葉に、後ろに控えていたSFの面々が頷いた。刺す様な視線が、闘矢に注がれる。
だが、闘矢はそれに怯む事は無かった。それより、別の気持ちが大きかった。
「そんな、危険です!これからどんな場所に行くか分かってるんですか!?」
「危険なことは風間から聞いている。だからこそ今ここにいる面子は任意でここにいる。危険を承知の上で、お前を助けようとしてここにいる」
「そんな……どうして……?」
闘矢の行いは成功するにしろ失敗するにしろ、将来に大きな痛手を残すのは分かっていた。宗司が危惧したように、日本を代表する権力者に殴りこんでその後平和に生きていけるわけが無い。
その分には何の問題も無い。自分が勝手にやって、勝手に自滅しただけなのだから。
しかしそんな闘矢を助ければ、助けた人間にもその被害は及ぶ。だからこそ彼等のやっていることは、他人である闘矢のために人生を棒に振っていることに他ならない。それはやるべき事をやって罪を犯す闘矢より、惨めで哀れな行いだ。何の見返りも無い、自殺となんら変わらない。
「分からないか。そうだろうな。お前には俺たちの気持ちは理解できないだろう。それほどまでにお前と俺たちとでは大きな、決定的な意識の違いがある」
倉田は半身の体勢になり、闘矢とそして後ろに控えるSFの面々に顔を向けた。
「俺たちは四ノ宮さんのためにあらゆることに手を染めた。その中には犯罪と訴えられても仕方が無いことがあっただろう。だがそこにはいつでも、四ノ宮さんを思う気持ちがあった。だからこそ、俺たちは四ノ宮さんに気付かれないように暗躍する必要があった。彼女の考えを第一に、彼女が悲しまないよう、笑って過ごせるようにすることが俺たちの役目だからだ。だが」
倉田の言葉の途中で、SFの面々が急に表情を曇らせる。
「お前が現れた。お前は俺たちが影でやっていた事を表で、しかも正当な方法で四ノ宮さんを守っていた。恋人として、お前は四ノ宮さんを守っていた」
倉田も、顔を下げ悲しみの表情を浮かべる。
「正直に言おう。俺はお前が憎たらしくて妬ましかった。はっきり言ってボコボコに殴り倒して全裸で外に放り出したいくらいだ。だけど」
あざ笑うかのように息を吐いた。
「先週、四之宮さんはいつもの5割増の笑顔で過ごしていた。お前と付き合い始めた時だ。それを理解した時、俺は自分の器の小ささを感じた。結局俺は四ノ宮さんの幸せを考えていたんじゃなくて、四宮さんと付き合いたかったんだ。他のメンバーには色々偉そうに言っておいて、結局俺はお前になりたかったんだよ。最低な人間だと笑ってくれ」
闘矢には、倉田がまるで全てを悟ったような微笑ましい表情をしている様に見えた。
「そんなことは無いです」と言おうと闘矢が口を開けた瞬間、それをかき消すほど大きな声が響いた。
「お、俺も同じです!!」
声を上げたのはSFの中の1人だった。やや小柄な、恐らく一年生。両目に一杯の涙をためながら、酷く崩れた形相で倉田を見た。
「俺も、そいつが嫌いでした。死んでくれとも思いました。だから俺も倉田さんと同じです。倉田さんだけじゃないんです」
その訴えが、張り詰めた空気を崩壊させた。
「俺もだ!!」「それを言うなら俺もだ!!」「あんただけじゃねーぞ!倉田さん」
続々と名乗り出る者、その一人一人が涙ながらに訴えている。
「お前等……」
それに感化されてか、倉田の目にも涙が溜まっていた。
「ったく、俺もお前等も本当に最低なクソ野郎だな!!」
「うおぉぉぉぉ倉田さぁぁぁん!!!」
SFの全員が号泣すると共に、倉田の周りに集まった。
「…………」
その光景を唖然と見ていた闘矢は、頬を引きつらせながら、前に出していた右手を引っ込めた。
「ま、まだ時間はあるから、ちょっと待ってやろうじゃねえか」
これには流石の宗司も、苦笑いを漏らさずにはいられなかったようだった。事態が収束するまで、10分弱の時間を要した。
「と言う事で、俺たちも協力させてもらう」
闘矢は「どう言う事ですか?」という質問をグッと堪えた。
「本当に、良いんですか?」
「お前は確かに憎い。だが、四之宮さんはお前と一緒の時、とても幸せそうだった。これも事実だ。今四之宮さんはきっと幸せではないと思う。だからこそ、俺たちも立ち上がらなければならない」
「先……輩」
「それにこれが成功しなければ、四之宮さんは学校に戻って来てはくれない」
「それが本音かい」
SFの面々から当然だ、という野次が飛ぶ。
「理由はどうあれ、協力するんだ。感謝しろよ」
倉田は先ほどとは変わって、急に張り切った言葉で言う。
「はぁ……」
なんとなく力が抜けてしまい、気の抜けた返事をしてしまう。隣に立つ宗司を見る。
「……本題へと入ろうか」
宗司はまるで今まで何て無かったかのように華麗に流す。
「おお!!四ノ宮さんを救い出すため、全力を尽くそう!!」
「うっす!!!」
倉田の掛け声と共に、SFが体育会系のノリで答える。時間は夜中の11時。傍から見たら、通報されても可笑しくない集団だった。だがその面々が、闘矢には十分に心強かった。理由はどうであれ、自分のために行動してくれる人間がいる事が嬉しかった。
同時に闘矢は彼等に1つの罪悪感を抱えた。
それは、彼等の勘違いを正そうとしなかった事。
闘矢自身に四之宮夏陽を救う気は無い事を伝えなかったことだ。




