第三十話
闘矢はベッドから体を起こす。僅かの間寝てしまったのか、ほんの少し虚脱感があった。時間を確認すると30分ほどのようだった。
夢を見た。過去の夏陽との出会い。
山田……夏陽。それがあの少女の名前。苗字は変われど、名前は変わらない。もし、名前を覚えていたらどうなっていただろう。果たして自分は過去の少女と夏陽を重ねる事が出来ただろうか。自分のために、生まれ変わろうとした1人の少女の事を。
それはこの先ずっと、永遠に分かることはない。
「……」
勇魚は自分の話が終わった後、急ぎ早に姿を消した。守り目として、極力夏陽の傍を離れないようしなくてはいけないらしく、今回の会合はかなりの無理を言って実現したものらしい。来る時に乗ってきた黒塗りの車の運転手を、顎で使うようにして帰っていった。
宗司も時を同じくして帰宅した。特に闘矢に声はかけることはなかった。
「それじゃ」という言葉と共に、去っていった。
素っ気無い態度だが闘矢は別にそれが冷たいことだとは思わなかった。
「あら、どこかに出かけるの?」
部屋を出て階段を下りている最中、声をかけられた。
一階には闘矢の母親―桐崎小雪が立っており、闘矢を見上げている。時間的に店の片づけを終えたばかりで、まだコックコートを着ている。
全く癖のないショートカットの髪に小柄な身長。容姿は端整、性格も世間的には良くて近所ではそこそこ評判である。買い物に行くとおまけがくっついてくることがあるのを闘矢は経験で知っている。
故に息子である闘矢すら、母親を綺麗な女性であると認識しているほどだ。40目前でありながら、15年ほど前と殆ど容姿に変化が無い、ある意味恐ろしい人物だ。
「あぁ、ちょっとね」
答えた闘矢は小雪を通り過ぎようとする。
「さっき凄い車が来たのだけれど、闘矢のお友達の車?」
恐らく勇魚が乗ってきた黒塗りの車だろう。これぞお金持ちと言った風貌の外車だった。
「そうだけど」
当たり障りの無い返答をする。
「そう。帰りは遅くなりそう?」
問われ、一瞬考えたが答えはすんなり出てきた。
「多分遅くなる。帰ってこなかったら宗司に連絡入れて」
「宗司君のところに行くの?」
「まぁ……そんなところ」
「そう、気をつけてね」
小雪はそう言って微笑んだ。
普段小雪は放任主義であり、闘矢のことに口を出すことは殆ど無い。闘矢の体質についても十分すぎるほどの理解があり、闘矢は幼い頃から危険だからダメ、と言われた経験があまり無い。その小雪が心配をしている。
夜中の外出など出かける挨拶だけで済んでいたのだが。そのことに微かな疑問を感じたが、特に気にも留めなかった。そんな時もあるだろう。
「それじゃ」
闘矢は靴を履き、玄関を開けた。
「闘矢」
出ようとしたところで、声をかけられ振り向く。
「ちゃんと帰ってきなさい」
「…………あぁ」
笑顔で送り出す小雪に目配せし、闘矢は家を出た。
夜の外は微かに肌寒かった。道路は妙に静まり返っており、キーンという独特の静寂音が響く。そこには闘矢以外誰もいない。静寂と孤独に包まれた暗闇の空間だった。
店の駐車場を通り抜け、裏路地に出る。
「お客さん、どちらに行かれるんですか?」
その瞬間、声をかけられる。
「宗司か」
裏路地に入るとそこには宗司が缶コーヒーを片手に、塀に寄り掛かりながら立っていた。
「あんま驚かないのな。俺がここにいることに」
「お前の行動にいちいち驚いてたらツッコミが追いつかない。それに、俺が黙っている様な人間じゃないとお前が分かっているってことを、俺は知っている。だろ?」
「ハハッ。もっともだ」
宗司は軽快に笑った。
「全く、俺の理解を超えられるのはお前ぐらいだ。んで、行くのか?勇魚ちゃんの話を信じてないわけじゃないだろ?」
「そういう訳じゃない。十二宮家って言うのが凄い家なのは分かっているつもりだ。でも、それは行かない理由にはならない」
「権力者に喧嘩売りに行くってのはそれだけで命の危険を考えなくちゃいけないもんだろ。それが理由にならないってか?」
闘矢は頭を振った。
「俺は死なない。そう育てられたし、死ぬつもりも無い。異能だろうがなんだろうが、止まるつもりは毛頭ない。そんな俺を、お前は馬鹿だと思うか?」
「それを含めてお前ってのはとっくの昔に知ってるよ。逆にそうじゃなきゃお前じゃねえ」
納得し、ケラケラ笑う宗司に対し、闘矢は嫌な気持ちにはならなかった。
自分たちの関係はこれが一番しっくりくる事が分かっていた。詳しい説明は要らない。闘矢がやると言った無茶に宗司が乗っかる。いつものスタイルだ。
「それじゃ馬鹿一名。ご案内します」




