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第二話

「悩むも何もやることは決定してるんだからさっさと行って来ちまえよ」


「いきなりやれって言われて出来るわけ無いだろ!コクるんだぞ!」


 事が事だけに、小声で訴える。


「俺は別にやぶさかでもないがな」


 宗司は胸を張るが、言っている言葉はかなり軽い。告白すると言う事に関して一切動じてはいない。闘矢と宗司の付き合いは長い。小学校を入る少し前から高校までほぼつるんでいる。故にお互い人柄というものをほぼ知り尽くしていた。


「お前はそろそろ長期間同じ人と付き合えよ。月が変わる毎に別の女子連れて。自分が軽いって分かんないのか?」


「んなこと交際経験0の奴にとやかく言われる筋合いはないな。それに俺は自分から振ったりしてるわけじゃない。寄ってくる女性全てをあるがまま受け入れているだけだ」


 それで付き合って直ぐに振られたら意味がない、と言っても全くの無駄なのは長年の経験から闘矢は理解している。


 出来ること、今自分がすべきことはどうにかして話題を摩り替えると言う事なのだが、この友人は全くその気はないようである。


 勝負ごとに関してはうるさいのは分かっていただけに、どうしてこうなってしまったのか後悔が襲ってくる。同時に何で負けたら告白と言うゲームに賛同したのか理解に苦しむ。


 そして、好きでもないのに告白される四之宮夏陽に申し訳ない気持ちがこみ上げて来る。


「別に心の準備するって言っても成功すると思ってんのか?あっちはもう今月だけで5人は軽くフッてる猛者だぞ。今まで成功者なしの鉄壁だぞ?対してお前は何だ?ミトコンドリアを取り込んだ何かに毛が生えた程度の生物が、あの学校の女子の頂点……いや、会長も含めたらトップ2に入る存在。もはや猛者を通り越してつまり神!太刀打ちできるわけが無いだろ!」


 途中から説教くさく言葉を並べた宗司は威圧する様に闘矢を見る。ようは早く行って撃沈して来いという事だ。後で指差して大爆笑してやるからってことだ。


――ハハハハ、んなもん願い下げた。

 

 だが宗司の言っていることも一部分を除き闘矢も理解しており、反論は無い。ミトコンドリアがどうとかはさておいて四之宮夏陽を語った部分は事実である。成功するか、と言われてもはっきり0%と断言しても良い。なんせ闘矢は告白相手の四之宮夏陽と会話したことが殆ど無い。


 一、二年とも別のクラスで、お互い一緒の委員会に入っているわけでも、同じ種の部活に入っているわけでもない。選択授業が同じなわけでも、登校経路が一緒なわけでもない。つまり二人には全くと言って良いほど共通点が存在しない。それ故かかわりなどこれまで持ったことが殆ど無い。


 だがそれは夏陽だけと言うわけでなく、部活をしている生徒が多い学校で、数少ない帰宅部の闘矢にとって見れば、学校一の人脈を持っている宗司を通じての知り合いは多いが、その他の個人的な付き合いと言うものは殆ど無い。故に特に珍しいわけでもない。


 この学校のほんのモブキャラにしか過ぎず、これまでこれといった業績も残していない闘矢が成功するなど、学校の誰一人――闘矢を含めて――思っていないのが現状。


 成功すなわち人生の奇跡を全て使っても叶うかどうか、それほど。そこまで考えて闘矢は自分がいかに無謀な事を行わなければならないかを再確認した。


 昼食の時間が終わり、5限が開始される。国語の中でも最悪な古典。学校側は確実に生徒側を殺しに来ている。

 

そんな中、闘矢は昼のことを考えていた。何故告白する相手を四之宮夏陽にしたのか。宗司が言った通り四之宮夏陽は学内でかなりの人気を誇っている女子生徒だ。

闘矢と同級の2年であるが、その上下の学年にまで名前が広がっているほどである。


 まず頭脳明晰。


 学年では常にトップの学力。正に学生の鏡だ。


 次にスポーツ万能。


 部活である陸上部では短距離で全国大会にも出たことがあるほどだ。


 そして容姿端麗。


 ロングストレートの僅かに赤みがかった黒髪、絹のような肌、丸くクリッとした目と長い睫毛に抜群のスタイル。モデルにスカウトされた事があるとか無いとか。


 部活の時には髪をアップにまとめポニーテールでいることさえ、無頓着な闘矢の耳にまで入ってきている。ここまできたら有名にならないほうがおかしいというものだ。


 そんな女子だから闘矢は告白の相手に指名したのか―――否、そうではない。


 確かに今闘矢の中で四之宮夏陽はかわいい部類に入るし、大勢の男子が恋心を抱く理由も良く分かる。別に性格を議論しようとしているわけではない。悪い噂も流れているのかもしれないが、闘矢はそれを聞いたことが無い。


 闘矢も遠巻きに四之宮夏陽を見たことがあるが、友人も多く良く話し声を聞いたりする普通の女子高生だ。ただその纏っている雰囲気が少し他の女子とは一線を介しているだけだ。


 宗司が言ったトップ2とは冗談でもなんでもなく学校では生徒会長と二人で有名である。二人とも陸上部であるから陸上部男子は眼福だと言われている程。


 そこまで言われているが、闘矢自身は決してそれらを理由に選んだとは思っていない。もっと別の、自分の中にある何かが四之宮夏陽を選んだのだと闘矢は信じている。


 言いたいのは決して外見がかわいいから選んだとかではないと言う事だ。告白するなら四之宮夏陽だ、そう思えるものが闘矢の中にあった。


 だがその思いがあるからといって直ぐに実行できるわけでもないのが現実である。午後の授業を受けているものも、このことばかり考えてしまって全く集中出来ない。


 集中するつもりは元々無いが、いつもと違うのは呆然とするのではなく1つの物事に頭を使っていると言う事。それが何かいつもと違っている。


 一度、教科書を顔の前に持ってきて欠伸をする。ジメっとしてほんのり暖かい空気も手伝って段々眠くなってくる。昼食後だからなおさらだ。


 最後の止めは現国の授業だからか。闘矢の意識は次第に薄れていった。

  †

 それから午後の授業を事務的にこなし、学業の日程は全て終了した。何をしたかも殆ど覚えていないから殆ど無意識だったと言う事だ。

 

 後は帰るだけ、帰りの支度をしながら早々に部活へと走り去っていく級友を見送る。下校は宗司と一緒に帰り、途中ぶらついていくのが通常だが今日は用事があるとかで一足早く宗司が帰ってしまった。

 

 それに付き合って早めに出る選択肢もあったが、早めに帰っても良い事などあまりないので別々で帰ることにした。バッグには殆ど教科書は入れない、置き勉がデフォだ。


 成績は決して良いとは言えないが、赤点範囲と言うわけでもなく中の下くらいである。別に学業に専念したいから高校に通っていると言うわけでもないため家に帰って勉強しようとは思わない。弁当とその他少々が入ったバックを手に、闘矢はまだ教室にも残っていた級友に別れを告げて出て行った。


 2階にある教室から螺旋階段を下りて1階に着く。昇降口は左から三、一、二年となっている。この変則は、入学した時から下駄箱の配置が換わってないからであり、新一年と卒業生が入れ替わりに入るためだ。


 闘矢の下駄箱は一番端にある。昇降口の出入り口から一番近い場所。そこに行こうとした時、二列手前の下駄箱で闘矢は一度立ち止まった。それは闘矢の前に1人の少女が飛び出してきたからだ。


 陸上部仕様のエナメルバックを肩にかけ、高校の制服に身を纏っている少女。姿勢は真っ直ぐ伸び、飛び出してきた体の後を追うように長い髪が揺れる。こう見ただけでもその黒髪がサラッとしているのが分かる。そこにいるだけで絵になっていると言っても良い。先ほどのこともあり、闘矢の思考は一旦停止する。


 そんな少女、四之宮夏陽は闘矢を見て目を見開いている。不覚にも、と言えば良いのかその表情がなんともかわいいと感じることしか闘矢の思考は働かなかった。


「あ~そのなんだ」


 目を背けながら言葉を捜す。冷静に考えればごめんの一言で良いのだが上手く言葉に出せない。十秒にも満たないが、確かに二人の間には僅かな間があった。


 目を背けている闘矢には夏陽の表情を見ることが出来ない。


「悪かっ」


「し……失礼します」


 夏陽は突然動き出したかと思うと身を縮め、肩にかけているエナメルバックをギュッと握りながら俯き加減に闘矢の横を走り去っていった。出した声を途中で遮られた闘矢にはそれを見送るしかなく、ただ呆然と立ち尽くした。


 数秒後、何とか思考を開始した闘矢は、もう今日はさっさと帰ろうと決意した。

寄り道なんてしない、帰って事務的に家の仕事を手伝おう。そうすればこんな風に色々考える必要なんて無い。


 下駄箱から自分の靴を取り出し地面に落とす。つま先で地面を蹴り、しっかりと履く。気持ちを切り替えた闘矢だが、その時背中に何かを感じて一度振り向く。


 目の前にあるのは――――昇降口に続く廊下だけ。


 気のせいか。気を取り直し、闘矢はそれからは振り返ることも無く岐路に着いた。煮え切らない悶々とした感情を振り払うかのように、何にも目をくれずに黙々と歩いていった。

 



 この時、数秒間立ち尽くしていたのは自分だけでなかったという事実に、闘矢は気付くことが出来なかった。

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